第四十七話
「ムシュマッヘ、その制服、どこの高校のものだ?」
リビングのソファにもたれながら、姜原くんにまとわりつくムシュマッヘに応雷が問いかける。
「これ? 女子高生のコスプレだけど?」
「偽学生ですか!」
この辺りでは見慣れない制服だと思ってはいたが、本物の女子高生では無かったことに、不安と呆れを同時に懐く耕田少年。
「あ、傷つくなあ。私だってそういう青春が欲しかったけど、生い立ちのせいで本当の女子高生に成れなかったんだぞ」
「うっ、それは、すみません」
「ウソだけど」
「ウソじゃないんですね……」
自分の不用意な発言が、本気で人を傷つける言葉になってしまったことに、痛烈な後悔の念を覚え、言われたムシュマッヘ以上に心を痛める耕田少年。
「ムフッ。もう、可愛いなあ、耕田君はァ」
そんな自分のことで傷ついてくれる耕田少年が見過ごせずに、その少年の背中に抱き着くムシュマッヘ。
「ムシュマッヘと姜原くん、仲良くなれて良かった」
「えぇ、ラハムさん、そんなぁ」
耕田少年のラハムへの想いは、実はこれが初めての恋だった。背中にしなだれかかるムシュマッヘを、振りほどこうともせずに肩を落とす、耕田少年。
微笑ましい光景を前に、一人、ニコニコと慈愛の笑みを浮かべ見守るクサリク。
「何でこんなことになったんですか。この先まだ増えるんですか、居候」
一体なぜ、こんな状況になったのか、理解が追い付かないのだろう少年は、そもそもの元凶、仙丈応雷に愚痴をこぼす。
「お金の心配なら、しなくていいよ。この通帳、使ってくれれば」
「そういう問題じゃなくてですね」
銀行の通帳をヒラヒラと振るムシュマッヘに、問題点は金銭的な事では無く、皆にもこの状況に疑問を懐いて欲しい事なのだと訴える。
「姜原くん、皆で暮らすの、楽しくない?」
「う、ラハムさん。そういう訳でもなくてですね。いえ、もういいです」
ラハムにだけは、現状について疑問視されたくない、複雑な心境でもあった。
「それよりお前ら、ウリディンム知らないか。地獄で会った時、お前らの事、まとめておいてくれって、頼んでおいたんだが」
「さあ、会わなかったね、クサリク」
「コク、コク」
どうやら、この人達は何らかの巨大組織からの逃亡者たちだと、何となく分かって来た。
昨晩はリビング全体に布団を敷き詰めて、その上に皆でごろ寝してもらい、耕田少年のみ自室で休ませてもらった。彼らは特にそれで不満は無い様だった。
中間試験に備えて、自室で勉強して来ると断り、耕田少年はこの場を後にする。リビングを出て廊下をまたぎ、階段を上り自室へと入った。
机に着き、教科書とノート、参考書と問題集を並べ、試験勉強に取り掛かる。その瞬間、猛烈な寒気と恐怖感に捕らわれ、全身に鳥肌が立つ。
皮膚の表面に電圧が走ったような感覚だ。思わず振り返り、窓の外に目を向けると、
「ぎゃあああああああ」
リビングで今後の方針について語り合っていた、応雷、ラハム、ムシュマッヘ、クサリクの四人は、二階の部屋から響く姜原くんの悲鳴を聞き、一斉に駆け出す。
「どうしたっ。何があった、姜原くん!」
姜原くんの部屋のドアを勢いよく開き、四人全員で室内に飛び込むと、
「ま、窓の外に、化物が」
『キシャシャシャシャシャ』
蒼白になり、手を震わせながら窓の向こうを指さす少年の目線の先には。
「なんだ、バズスじゃん。驚いて損した。大丈夫だよ、姜原くん。おねえさん、あれより強いから」
「何しに来やがったんだ、アイツ。まあいい、せっかく来てもらった以上、返り討ちにしてやらないと、失礼だろ」
「え?」
生まれて初めて、合理主義者というより科学主義者の姜原耕田は、自分の常識を疑った。それでもこの少年は、今まさにその超常現象の主人公になれるかも知れない可能性に高揚するような、幼い主役意識とは無縁だった。
「そういう事は、他所でやってください」
「「「「はい」」」」
応雷以下四人は、二階の窓の外を浮遊するバズスと戦うべく、窓を開け、そこから外に身を乗り出し、どこへともなく行ってしまった。
「ああいう怪物も、きっと科学で説明のつく、そういう何かなんだろうな。さあ、勉強、勉強」
一人残された自室で、試験対策に励む耕田少年だった。一時間後、彼らは出て行った時と同じく、窓から帰って来る。
「ねえ、おねえさん、七岐の蛇に変身できるんだ。見せてあげよっか」
「あの、怪物と戦って来たんですか」
いつになくオズオズとたずねる耕田少年。
「そういうの、興味ある?」
ラハムも細かい事を気にするように、オズオズと訊ね返す。
「そりゃあ、あるよねえ。なんたって中学生だし。そういうのに一番興味ある歳頃でしょ」
「いや、姜原くんは普通の中学生じゃねえ。この手の超常バトル展開に関心なんか無いだろ」
興味を持ってほしいムシュマッヘと関わって欲しくない応雷。彼らの間でも思惑が入り乱れている。
「でも、今なら私たちの事情、神と悪霊たちの争いについて話を聞かせても、信じてもらえそうなのかな」
ニコニコ、ニコニコと微笑みながら、初めてクサリクが意見を述べた。
「神と、悪霊」
日常生活で聞いたら、思わず恥ずかしくなってしまうフレーズだ。
「やっぱり、あの怪物は見間違いだったんじゃあ」
姜原くんは、時間が経過して来るにつれ、やはり否定したくなって来たようだ。
「姜原くん。お願い、ついて来て」
ラハムが真剣な顔で頼む。一介の中学生では歯向かえない程の真剣さだった。ラハムについて、階段を降り、廊下を進み、玄関を出る。
そのまま自宅の庭さきに姜原くんは連れられて来た。応雷、ムシュマッヘ、クサリクが見守る中、姜原くんとラハムは、距離を空けて向かい合う。
そしてラハムは眩い白光に包まれながら、異形の獣の正体、人魚の姿へと変身した。
「つまり、こういう事」
「う、美しい」
中学生の日常生活ではあまり使わない感嘆の賛辞をつぶやく少年。魂が抜けているのではないか、と言う程、呆然と見惚れている。
そしてラハムは耕田少年に、神々と自分達、異形の魔神の天命と世界の秘密について、淡々と説明した。
そして最後に、夜摩篷 碧と言う少女との冒険を語る。
それを聞いて耕田少年は、今の自分が正にその碧という少女と、同じ立場にいることを知る。
巻き込まれたい、一緒に冒険をしたい、今の平凡な生活から抜け出したい、その物語の主役の一人に自分も加わりたい。
目の前にその異形の獣が実際にいる。今の話を信じる根拠が目の前にある。ここであと一歩、足を踏み出すだけで、別世界への扉が開く。
「それで僕にどうしろと」
「協力して欲しい。一緒に考えて相談に乗って欲しい」
ラハムの提案は、理想その物だ。
「答えは保留させて下さい」
それでも少年は、足を踏み留めた。失うモノの大きさを、少年は知っていたのだ。
四日ぶりの投稿です。遅れてすみません。




