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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第二章
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第四十五話

「ちくしょう、またかよ」


 青年は背後の木にもたれかかりながら、脇腹を抑える。懐かしい絵面だ。


「死にたく、ねえ………。どうせ、また誰か通り掛かるんだろ。痛えから早くしてくれよ」


 青年は顔を歪ませる。深手から来る苦痛が故で無く、この先の展開が読めるからだ。木漏れ日の指す前回とは別の岡の上、ゴールデンウィーク明けに初夏の暖かな風の吹く、穏やかな風景。


(この際だから、今度はラハムでもいい。早く誰かやって来てくれ)


「あの大丈夫ですか」


 広場になった岡の上の公園、その入り口にたたずみ、こちらの様子をうかがう一人の少年。少年は、脇腹を抑えうめく青年のただならぬ様子に、警戒をあらわにしながらも近づいて来た。


 平凡な、取り立てて言えるような特徴の無い、普通の、としか形容しようの無い、中学生くらいの少年。


 それほど好奇心が強そうにも見受けられず、実際、その青年の様子をうかがう顔にも、好奇の色は浮いていない。


 今も何か特別な事件に巻き込まれる可能性に、憂いこそあれ、冒険心に駆られる気配は全くない。この少年はただ、苦しそうな青年への心配だけで、近づいて来たのだろう。


(碧とは、全く違うタイプだな。なんだってまた、こんな少年が………)


「え! 血だらけ⁉ うわっ、ひどい怪我してるじゃないですか。すみません、僕ケータイ持ってないんです。救急車までひとっ走り行って来るんで、待っててください」


 碧の時よりいっそう深い罪悪感にさいなまれ、運命の無情を呪う青年。


(先にラハムが駆けつけてくれれば、こんな事には為らなかったのに。ラハムを待ってる余裕はねえ。悪く思うなよ)


 青年は少年に向けて手を伸ばす。自身の血に染まった手を、少年が両手を差し伸べてしっかりと握る。その瞬間、


「ア~レェ~エ~」


 男にあるまじき悲鳴を挙げる少年。詳しい描写は避けるが、若干、嬉しそうだ。


「オウライ、大丈夫⁉」


 少年がひざを下ろしてその場にしゃがみ込むのと入れ違いに、もう一人、少女がこの岡の上の広場に駆け付ける。


「ああ、今何とかなった所だ。悪かったな、少年」


「ァ、あ、アナタ、僕に何をしたんで、す、……か」


 立ち上がり、少年を見下ろす青年に、思わず食って掛かるも、目線を巡らし今ここに駆け付けた少女の姿を捉えるや、


「君は――、だれ―――」


「?、私はラハム」


 その存在感が希薄で、儚く、光を透過するような真っ白な肌と髪をした、触れるだけでもろくも崩れてしまいそうな、目を逸らす間に光に融けて消えてしまいそうな、美し過ぎる少女。


「アナタがオウライを助けてくれた?」


「そうっ、そうです」


「改めて、ありがとな、少年。じゃあ行くか、ラハム」


「うん」


 背を向けると同時に振り返り、少年に向けてペコリと頭を下げ、立ち去ろうとする少女。


「え、あっ、あの」


「ラハム、今日もどこかで野宿だな。どこかに寝心地の良い野原でもあればなあ」


「うん、オウライと一緒なら、どこでもいい」


「ええええっ! ちょっと待って下さい、そこの二人‼」


 立ち去ろうとする青年と儚げな少女に、たまらず声を掛ける少年。少年はこの時もう、自分の気持ちを自覚していた。


 この二人、特に今まで脇腹を抑え、血を流していたはずの青年は深く関わってはならない存在だと。それでもこのまま、この少女と別れたくない。


 ここでこのまま見送れば、二度と再会する機会は無いだろうと。


 学業成績、運動神経、どちらも普通で、特別な趣味も取り得も無く、この後の人生も平凡なまま、ドラマらしいドラマも無い、平均的な人生を送るだろうことが決定している。


 それ以上、何も望む物の無い少年が、この瞬間に、絶対関わってはいけない少女に、電撃の恋へと落ちたことを、自覚してしまった。


「行く当てが無いなら、僕の家に来ませんか」


 自分でも何を言っているか分からない。でも、この機会を絶対に逃してはならない。住む所も無く、刺されでもしたような怪我をしていた上、こんな可憐な少女を連れまわしている青年。


 常識で考えても犯罪者か逃亡者。


 それを自分は、自宅にかくまおうとしている。


 のみならず、先程、少年の手を掴んだ際の、不可思議な感覚、恐らくそれによって治ったのであろう血塗ちまみれだった傷。


 やばい、これを冒険の始まりなどと浮かれるヤツの気が知れない。少年はそういうタイプでは無かった。それでも、それらすべてに優先するほど、少年の恋心は一途だった。


 そう、それは、ラハムと呼ばれたこの少女が、この危険な匂いしかしない青年を、慕っている事を分かった上でだ。




「え、おまえこの一軒家に独り暮らしなのか? 中学生、まだ義務教育なのにか? 保護者はどうなってんだ?」


「僕にも複雑な事情があるんです。あなた達の事情も聴かなかったんですから、そちらからも訊ねないでください」


「オウライ、めっ。ありがとう、何も訊かない」


 二人を横目に見つつ、うなずく青年。明らかに少年の少女に懐く気持ちに気づいている。そして、少女ラハムの青年応雷に懐く気持ちにも気づいている。


 にもかかわらず、素知らぬ顔でこの家で三人の共同生活を受け入れるつもりらしい。少年は思った。応雷は明らかに悪い人だ。


「聞き忘れてたけど、おまえ、何て名前だ?」


姜原きょうはら 耕田こうたです」


「とてもいい名前ね」


「あっ、ありがとうございます」


「それで耕田君。俺たち無職で一文無しなんだけど」


「分かってましたよ。お二人の生活費、僕が面倒見ます」


「後で請求しない?」


「ラハムさんの分は請求なんかしませんよ」


「え? 俺は? まあいいや。言いたかねえけど、ごまかしはもっと良くないと思うから言っておく。こんな生活はいつまでも続けていられない。俺はまた直ぐに、この街を出る」


「なに、立派な振りして、カッコつけてるんですか。ただで養いませんよ。炊事・洗濯・掃除、家事全般、全部やってもらいますから。住み込みの家政士として働いてくれるなら、衣食住、面倒見ます」


「オウライ、がんばって」


「器、でけえな、ラハム。まあ、今回はこれで退屈で死ぬ心配が無くなったか」


「以前にも誰かの世話になっていた事が有るんですか」


「それが、そこに居られなくなった事情があってな」


「ここではトラブルは勘弁してください」


「心掛けるよ」


「明日は朝から登校するんで、朝食もお願いします。今日の昼食、夕食も頼めますか。冷蔵庫の食材、足りなければ買い出しも頼めますか。そもそも料理、出来るんですよね」


「組織の下に居た頃、一通り習っている。ラハムにだけは好評だったぜ」


「大丈夫。オウライはやれば出来る子」


「ラハムさんは本当に優しいですね。組織って何ですか」


「おっと、お互い聞かない約束だろ」


「くれぐれも、僕を巻き込まないで下さいね」


「おや、ラハムを守るために戦わなくていいのか? 耕田少年」


(くっ、この人は本当に悪い人だ)


 こうして、仙丈応雷、ラハム、姜原耕田、三人の新しい生活が始まる。

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