第四十四話
『これで、八対五ですね』
碧にトドメを刺そうとする隙をクリールは見逃さない。しかも祝融は、碧を殺すことが出来ない。戦闘継続不能となる手傷を負わせ、異形の魔神達を倒した後で連れ去らねばならない。
その為にはどうしても、碧に手を下す瞬間の攻撃を、緩めなくてはならない。
まさにそこを狙って、クリールの抜刀突撃が放たれるのだ。祝融にとっては碧への攻撃手段を断たれたに等しい。
それでも未だ、碧たち前衛三人に対し祝融は八人、一人に二人以上で対応してもまだ余裕が出る。一対一でも神性力meでは祝融が勝るのだ。
長引けば長引くほど、いずれ碧たちは祝融に押し切られる。それを見越して、祝融は積極的な攻勢から 守勢へと切り替えた。
隙を作らず、碧たちに逃れる間も与えず、力尽きるまでジリジリと抑え続ける。祝融はそれが必勝の策と確信を固めた。だが、
『碧、そろそろ二十分経ったのではないか。何か策が有ったのだろう』
ムシュフシュが目の前の祝融の気を逸らすように、攻撃の手を緩めぬまま碧に語り掛けた。時刻はちょうど、八時半を迎えた様だ。
「そうっスね、ああ、アレっス。今入って来た貨物トラック、予定通り『扶桑器』が届いたっス。ただの罠にせよ、神々が饕餮さんを欺くためには、実際に神器を運び込まなければならなかったはずっスから。さあ、饕餮さん、お待たせっス。私達が祝融シャマシュを引き付けている間に、『扶桑器』を奪うっス」
『心得たのである』
饕餮を信用すればこそ、罠の可能性は疑う余地がない。ずっとこの機をうかがい、祝融に気取られる事無く饕餮に潜んでもらっていたのだ。
貨物トラックの運搬者は事情も知らず、神々とも関わりの無いただの一般人だった。自分たちが運んできた荷物も、唯の美術品としか思っていない。
実態を持たぬ幻獣饕餮は、荷台の鍵を解錠し人知れず『扶桑器』を盗み出す。祝融もそれを指をくわえて見逃すはずも無く、阻止すべく動くが、碧たちがそれを許さない。
今まさにこの時こそ、異形の魔神が神々の軛を打ち破る宿念の好機なのだ。絶対的支配者として君臨し続けた神への反逆、その成否が決まる瞬間。
碧たちも祝融も、この日の為に生まれて来たに等しい。
『ひぃ、ひぃ、ひぃ、もう許さん、もう許さんぞ、ひぃーー』
神器を罠に使ってまで碧を出し抜く必勝の策が、完全に裏目になったことで、自我が崩壊しかかっている祝融。八人全員が一斉に後退し、ついに自身に具わるすべてのme注ぎ込む禁断の神性術に手を掛ける。
『フレアバーストか⁉ 碧も道連れになるぞ』
『ヒーひっひっひー。全て消し潰してくれる、ヒーひっひっひー』
『やむを得んのである。王権神授の反逆者、その人の身の神格を『扶桑器』より授けるのである』
周囲一帯、全てのものが光を失い、暗闇に染まる中、太陽神の化身たる炎帝祝融シャマシュのみが眩い輝きに包まれる。
何者にも直視できない、圧倒的光量。その光がまき散らされれば、この街その物が消滅するだろう。それも八体の祝融全員の同時解放、もはや天命も何も無い。
『碧さま、この力をお受け取り下さい』
「饕餮さんっ」
そして閃光が弾けた。
パーキングエリアの目の前の高速道路を、何事も無かったかの様に乗用車や大型トラックが走り抜けて行く。
道の駅の売店も、そこそこの駐車率の駐車場も、そこを利用中の休憩者やドライバーたちも、何事も無かったような日常風景
山の中に切り拓かれたパーキングエリアも高速道路も、春風の突風に吹きさらされている。
『かつて一度に十の太陽が天空に現れ、大地が干上がり尽くされた時、夷王羿により九つの太陽が弓で射落され、天に二日なき世界が取り戻されたのである。
後に羿は神話時代から歴史時代にも表れ、天命王朝夏に反乱を起こし一時、王家に取って代わる。すなわち天命への反逆者たる英雄である」
「その羿さんの神格が『扶桑器』によって私に授けられ、太陽神祝融を倒せたんスね」
『あ、あの、夜摩篷様の今のmeは応雷より凄いことになってます』
『こんなことなら、応雷も碧に会いに来るかもね』
「ウガルルムさん、バシュムさん、悪いっスけど私いま、応雷に会いたい気分じゃないっス。もうちょっと状況が落ち着いてから会いたいっス」
『不思議なものですね。応雷と違い、碧とは立ち合いたい気が起こりません』
『碧にも神性術を身に着けさせるべきであろう』
「クリールさん、ムシュフシュさん、お手柔らかに頼むっス。それよりこの先もこの神器を狙って来る敵が現れそうっスネ」
『碧さまに英雄羿の功力を禅譲された以上、『扶桑器』を大陸に持ち帰る訳には行かないのである。『扶桑器』は最早碧さまご自身で保管されるべきです』
『シャマシュを倒した以上、次は碧と『扶桑器』を奪いに、アヌ、エンリル、エアのパンテオン三主神が現れかねん』
「あきらかにシャマシュより強そうっスね。やっぱりその人たちも『扶桑器』でより上位の神格を得られるんスか」
『天空神アヌ、大気神エンリル、知識と水の神エアは既にして最高の神格を有している。かつてエアは大洪水を興して全地上を海の底に沈め、世界を滅ぼしたことがある』
「今まで見たいなチャンバラとは戦い方の次元が違うんスね。どうすりゃいいんスか?」
『あ、あの、すいません。夜摩篷様の今のmeなら、祝融のフレアバーストに匹敵する神性術が使えて当然かと、い、いえ、ごめんなさい』
『碧、貴方のあのお祖父さまなら、最適な闘い方をご教授してもらえるのではないですか。むしろ私も習いたいです』
「祖父さんは巻き込みたくなかったっスけど、この際仕方ないっスね」
碧たちの目の前に、一人の人間が倒れ伏している。
碧と四人の異形の獣、それに幻獣饕餮に完全に無視され、まるで死んだように、実際一時的に死に付していたその人物は、急に息を吹き返す。
「あ、ホントに生き返ったっスね、どうっスか、人間に生まれ変わった気分は? シャマシュさん」
「え、あ、は? あ⁉」
『これが夷王羿の神性である。復活再生の矢、その効力を用いれば神を人間に転生させることも可能とするのである』
「一応、ムシュフシュさんとの約束があるっスから、神と言えど私は誰も殺せないんスけど、人間に生まれ変わらせるなら問題外っスね」
『完全に神性を失っている。ただの人間だ』
『この際だから今までの仕返ししていいかな』
『あ、あの、バシュム。もう、いじめでも何でもこの人シャマシュと関わり合いたく無いです』
『私もウガルルムと同意見です。このままここに放置して、以後、二度と関わらないのが、一番の報復ではないですか』
「クリールさん、ひどいっスね。それで行くっス。扶桑はじゃあ私達が預かるっス。実家の倉にしまって置くっスから悪いっスけど、饕餮さん、運んでくださいっス」
シャマシュは呆然自失に陥っている。もしかしたら残りの人生永遠に、その虚脱から抜け出すことは無いかも知れない。
そうして碧たちは、その場から立ち去って行く。
遅れてすみません。次は新章です。