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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第一章
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第四十一話

「居合いの構えっスか。居合い斬りは本来、不意打ちを喰らった時なんかに、とっさに対処するための技で、必殺技の類では無いそうっスけど。まともに正面から相対するなら、最初から刀を抜いて構えた方が、居合い斬りより強いらしいっス」


『大丈夫。言ったでしょ、クリールが最強だって』


「居合いってことは待つ構えっスか。先にシャマシュの槍による刺突を迎えて後の先を取り、返す刀で居合い斬り」


 だが、この場での展開は碧の予想を覆した。シャマシュの気が充ちるのを待たず、クリールと言う黒髪の麗人がシャマシュに向け飛び込む。


 瞬間、シャマシュが槍を大きく横に振りかぶる。


 槍車だ。


 爆発的に高められたmeの全てを身体強化、筋肉瞬発力と意思の神経伝達加速に注ぎ込んだと思われる、神の時間領域。


 地殻を揺るがし、天候をも操るその神力を、全身の反応速度の加速に施した、物理限界を超える領域。


 そこに飛び込んだクリールは、しかしその身からmeのオーラを読み取ることが碧には出来なかった。


「meを使っていないっス! じゃあ、あの速度は何なんスか」


 碧がその驚愕を語り終える前に、その戦闘の帰趨は決していた。たった一歩の踏み込みでシャマシュの眼前に迫り、さらにそこからスピードを超えて抜刀、居合い斬り。


 だが彼女が斬り落としたモノは、眼前の敵には及ばず、その者の手にある槍の柄だった。


『まだ続けますか。諦めていただけるまで、何度でも立ち会いますが』


『私達もいるぞ、シャマシュ。もっとも、加勢は無用な様子だが』


「こうなると最早、シャマシュさんも手強い敵でも何でもないっスね。ただの当て馬っス」


「その高言、覚えていろ。必ず後悔させるからなっ」


『私たちがmeを取り戻す数日前まで、こんな感じの人じゃ無かったのにね』


『こ、これも全て夜摩篷様のおかげです。ごめんなさい』


「ひきーーーーいっ」


 意味の分からない絶叫と共に、シャマシュはこの場から姿を消した。


「クリールさんっスね。まずは今の状況と、ウシュムガル達と私達の立場について、解説を聞いて欲しいっス」


『まずは自己紹介からにしましょう。私は人外の獣クリール。貴女は?』



 五月初めとは言え、気候は既に晩春すら飛び越して、初夏とも思える陽射しが注がれる、野原の真っ只中。


 綿毛の去ったノゲシの群れや、ブタクサの繁茂するその野原の周りには、しっかりと耕作が行われた水田も少なくは無い。


 が、完全に耕作の放棄されたその休耕田では、地面も固まり雨水や用水の侵食も無く、足元が泥にまみれる懸念も無い。


 懸念と言うなら、草藪に触れて衣服に草種が引っ付く心配だけだが、それも特定の草藪を避けて歩けば回避できる。


 クリールが流れるような動作で抜身の刀を鞘に納めると、刀具一式が宙に消えていく。陽光の明るさに耐えかねるように、目を細めてたたずむ、それでも秀麗な容貌のその女性に、碧は相対する。


「私は夜摩篷やまとま はなたっス。もとはウシュムガルの相棒っスよ」


 そこから碧は応雷との出会いから、自分たちがこれまで何をして来たか、一連の経緯を詳細に語った。


『なるほどですね。今、そういう状況になっていたのですか』


「どうするっス? 応雷に協力するか、私たちに着くか、それとも単独行動? まさか神々に味方するって選択肢は無いっスよね、シャマシュと立ち会ったばかりっスから」


『そうですね、応雷? に味方しても、貴女に味方しても、私のすることにそれほど違いは無いと思いますが、決定的な条件が一つ有るのです』


「それは何っスか」


『わたし、一度ウシュムガル、仙丈応雷と勝負してみたいのです。命の奪い合いでは無く試合でいいので、戦わせてもらえるなら応雷陣営では無く貴女に味方します』


「うん? それなら応雷陣営に与して、仲間になってから試合させてもらえばいいんじゃないっスか」


『味方として立ち会うより、敵として立ち会う方が、私の本望なのです』


「そうっスか。私たちの立場的に、すぐに戦える状況じゃ無いっスけど、いつかはその条件をかなえてあげるっス。じゃあ、これからよろしくっス」


『話は付いたようだな。では、マンションまで戻るか。クリールは誰かの自転車に二人乗りで』


「いや、ムシュフシュさん、このお日柄っス。今日はこの後、この田園地帯をサイクリングとかどうっスか」


『さんせーえい』


『あ、あの、ムシュフシュ。私もバシュムと同意見です。許してください』


『うむ、ならそうしよう』


『その乗り物、私も使わせて欲しいですね』


「じゃあ、私がクリールさんに相乗りさせてもらうっスから、クリールさんが自転車を漕ぐっス」


 初夏の陽射しに、夏草の茂り出す田園風景の只中で、唯、風のみが春風の匂いの名残を留め、吹き渡る。


 水田の苗の波打つ姿から、風の通りを視覚的に楽しみながら、五人は農道を自転車で駆けて行く。この日はまだ、これだけでは終わらないと、予感しながら。




『私は明日からビニールハウスの中で農作業となろう。こうして遊び出掛けられるのも、今日までだ』


「私も明日はゴールデンウィークの中日で、学校に登校するっス。ムシュフシュさん、ウガルルムさん、すぐに仕事に慣れるといいっスね」


『ううぅ、夜摩篷様と一日離れ離れになるなんてぇ。すみません』


『二人は働いているのですか。バシュムはどうですか』


『私はまだ、遊んでていいって。一人でもサイクリングぐらい出来るかな』


「クリールさんは、今日から私たちと一緒に暮らしてもらえるっスか?」


『ええ、こちらからお願いします。しかし、そうですね。昼間はずっと刀術の鍛錬をして過ごしたいのですが』


「あの抜刀術は、修練の賜物たまものっスか。meを使わずにあの速度、私にも少し剣術の手ほどきをお願いしたいっス」


『ふふ、私は厳しいですよ』


「ゴクッ、お手柔らかにお願いするっス」


『そろそろ、お昼だね』


「その先に見えるコンビニで済ませていいっスか。この田園地帯のど真ん中では、他に食料を調達する手段は無さそうっス」


『ああ、畦道に腰を下ろして、野原を眺めながらコンビニ飯というのも洒落しゃれている』


『じゃあ私、ハムカツサンドとコロッケコッペパンと炭酸飲料~』


「バシュムさんらしいメニューっスね。バシュムさん、パン派っスか」


『す、すみません。私はおにぎり派です、夜摩篷様。あとお茶』


「ムシュフシュさんとクリールさんは何派っスか」


『私はコンビニ弁当だな』


『そうですね、私もです。幕の内弁当が理想です。碧さんはいかがでしょうか』


「私はお好み焼き派っス。それと缶コーヒーが有ればっス」


 コンビニで買い物を済ませた五人は、自転車をその駐車場に置いたまま農道を渡り、耕作放棄地の畔に用意周到のビニールシートを敷き、昼食を広げながら歓談を始めた。


 田植えを済ませたばかりの水田の畔に腰を下ろしたら、農家さんに叱られるのも仕方が無いが、すでに何事にも使われていない休耕田にシートを引いて座るなら、用水路に触れない限り、問題はあるまい。


 陽射しは暖かさを増して行くが、水を張った田を渡って来る風は快く冷やされている。


 都会人から見れば実にのどかに映るだろうが、当の地元民から見ると、なかなか風変わりな、妙な行動を取っている五人であった。

八日ぶりの投稿です。遅れてすみません。次はもう少し早くなるよう頑張ります。

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