第四十話
『うわーー、ホントにこんな所で暮らしていいの』
「あんな大金持ってたのに、どんな暮らししてたんスか? バシュムさん」
『わ、私なんかが、こんな素敵な部屋で暮らしていいんですかぁ、うぅぅ』
「本気で泣かなくても、大丈夫っスから。ウガルルムさん」
『ねえ、まずお風呂もらっていい?』
「昼食の支度して置くっスから、その間に順番にお風呂済ませるっス」
『昼食の支度、手伝わせてもらおう』
「ムシュフシュさん、料理できるんスか」
『食材に火を通すのだろう』
「取りあえず私が作ってるトコ、見てるっス。何か食べたいもの有るっスか」
『おいしーものぉ』
ダイニングのテーブルではイスが足りなかったので、リビングの円卓を四人で囲んで昼食をとった。
『わーい。テレビ見放題だァ』
「バシュムさん、それはいいんスけど、下着姿でうろつくのはダメっすよ。ちゃんと部屋着は着るっス」
『うぅぅ、すいません、夜摩篷様。お昼の片付けはお任せください』
「そうっスか。じゃあ頼むっス。ウガルルムさん」
『何やら急に騒がしい暮らしになった物だ。神々の下で暮らしていた頃は、息を詰めるような生活だったのだが』
「応雷とラハムが居た時より賑やかっスね、ムシュフシュさん。今から実家に行って祖父さんと祖母さんに事情を話してくるっス。両親には祖父さん達から伝えてもらって、夕飯を終えたら、皆も実家に来てもらって、夜摩篷家家族会議を再開するっス」
『何を話し合うの?』
「ムシュフシュさんとウガルルムさんの仕事について。バシュムさんも昼間、やる事を決めないと直ぐに退屈でつらくなるっスよ」
『応雷とラハムは何してたの』
「ここにいた頃は私が学校に行っている間、一週間、ニンギルスの偵察をしてたっス」
『や、夜摩篷様! ニンギルスと戦われたのですかっ』
「知らなかったっスか、あの男は地獄で悲惨な亡くなり方したっス。今はシャマシュと争ってるっスけど、果たして神々の命まで奪う事が正しい事なのか、まだ迷いはあるっス」
『殺らなきゃこっちが殺られるよ』
「そうなんス。でもその繰り返しが結局、天命の繰り返しなんス。その循環を断ち切ることが私たちの目的っスよ」
『何か考えが有るのか』
「それを考えるのが私の使命なんスね。ただ私、神については全く何も知らないんス。もうちょっとそいつ等と接触して、考える手掛かりが欲しいっス」
『私たち三人ならシャマシュ一人より強いよ』
『碧もmeを具えている』
「そうっス。私も戦えるようになりたいっス」
『夜摩篷様っ、それはわたしめに御命じ下されば、夜摩篷様が闘われなくても』
「そうは行かないっスよ。この話はコレくらいにして、ちょっと祖父さん達に事情を話してくるっス」
その夜。
「そうか、働きたいのか。こういう時は身内に雇われるより、よそ様の下で働いた方が社会勉強になる。近所の知り合いの農家に、ビニールハウス農園をやっているのがいるから、そこで働かせてもらうといい」
「こんなに若い女性さん達が、宿無しの行き倒れなんて、苦労なさったのね」
「バシュムさんは、どうするんだい?」
「バシュムさんはしばらくこの辺りを遊び歩いて、世の中のことを知っておいた方が良いと思うっス」
「僕は学校に通わせたほうが、良いと思うんだけど」
「俺も学校には通わなかったが、人生に何も支障は無かったぞ」
「父さんの頃とは事情が違うでしょう」
「私も義父さんに賛成よ。世間のことが何もわからずに学校に通っても、うまく溶け込めるはずないわ」
「じゃあ、バシュムさんの意志を尊重するっス。学校行きたいっスか? バシュムさん」
「う~ん。学校かあ、なんか怖い」
「決まりっスね。自信を身に着けてから行けばいいっス」
「しかし、神々と戦うとは思い切ったなあ。俺も若い頃は色々やったぞ」
「僕も中学、高校の頃は何度も世界を救ってたからなあ」
「懐かしいわね。私も義母さんも、何かって言うとよく連れ去られたものよ」
「今なら、この実家と例のマンションにいる限り、絶対に誰にも手出しできないから安心しろ」
『碧………』
「何すか? ムシュフシュさん」
『このお祖父さん、応雷より強いような………』
「世の中、いろんな人がいるもんスよ。それより祖父さん、家の農作業よりよその農園で働かせるのは、何か思惑を感じるっス」
「うむ、鋭い。実はそこにはイケメンの跡取り息子がいて、嫁を募集しているが出会いが無いそうだ。ムシュフシュさん、ウガルルムさん、気に入ったらどっちか考えといてくれ」
『も、申し訳ありません、お祖父さま。私の魂の主は碧さまだけです』
『私は気に入ったら、考えてみてもいい』
「私も早く応雷に再開したいっス」
こうして夜摩篷家の夜は更けて行った。
ゴールデンウィーク、四日目。
『シャマシュのmeを感知した。これは既に誰かと戦闘中だ。この相手はクリール』
「確かに、応雷とラハムの気配とは違うっスね」
『meが読み取れるのか、碧。それならmeの気配を消すことは出来るか』
『気付かれずに近づくの? meを使わずに走っていくには随分距離があるよ』
「神性を使って走る以上の交通手段を知らないんスね。自家用車やバス・タクシーって訳には行かないっスけど、あと一つ、方法があるっス」
五分後、
「祖父母と両親の自転車を借りたっス」
『スゲーえ。これ爽快!』
『夜摩篷様。こんな素晴らしい乗り物を、うぅ、あ、ありがとうございます』
「いきなり皆、乗りこなせるとは、正直、思わなかったっス。どういう運動神経っスか」
『急がねば、着いた頃には戦闘が終わりかねん』
「クリールさんスか。大丈夫っスかね。気懸りなことがあるっス。地獄にいた時、ニンギルスのmeが爆発的に高まったんスよ。ヤツラ何か奥の手を秘めてるっス」
『クリールなら心配いらぬ。アレにはmeの差は問題にならない。アレの才能はたゆまぬ努力にある』
『最強だよね』
『や、夜摩篷様の為に味方になってもらえるよう、せ、説得してみせます』
「ウガルルムさん、無理しないで。それは私がするっス」
『碧、二人の居場所をイメージできるか』
「この先は、田園地帯の休耕田のど真ん中っス。それより自転車で戦闘場面に駆け付けるヒーロー戦隊、テンション上がるっスね。なにしろママチャリじゃ無くてスポーツ自転車っスから」
『なにか、気配がおかしいよっ』
「来たっス! シャマシュがmeの本領発揮っス。そろそろ見えてくる距離っスね」
雑草がはびこり、一面の野原となった休耕田の中央に、槍と刀で対峙する二人の人影。一人は背広にネクタイ姿のシャマシュ。もう一人は剣道着にしか見えない和装の、長い黒髪の麗人。
はるかに間合いの長いシャマシュの槍の圏外で、居合い斬りの姿勢で構える黒髪の麗人。
もはや神性を隠す必要の無くなった碧たち四人が、両者の場の気に飛び込む勢いで、自転車を駆り立て駆けつける。