第三十九話
「つ、次は燃〇るブイを手に取ったっス! って、アレがバシュムさんスか」
『誰だよ、人が買ってくマンガを大声でチェックしてるヤツ』
「失礼しましたっス。私は夜摩篷碧、仙丈応雷・ウシュムガルの内縁の妻っス」
『え? ムシュフシュ、こいつホントに?』
『ああ、まあ概その通りだ』
『へえ、あのウシュムガルがねえ。じゃあ、ラハムふられたの?』
「私とラハムと応雷・ウシュムガルの三人で」
『うわ、すげえな、アンタ』
栗色の髪をしたショートヘアの、中学生くらいに見える少女。白皙の肌に気の強そうな顔つきで、猫のような眼をしている。
よく見れば本当に、猫目の様に縦に開いた瞳孔をしていた。
所々跳ねたフカフカの短髪に、健康に伸びた細身の手足から、活発そうな印象と、やや気怠そうな冷めた釣り目と口元の、相反する雰囲気を両立させてた少女。
毒蛇と言うより、猫に近い。
『ウシュムガルとラハムに同行して地獄に行き、私たちのmeを解封してくれたのが、この碧だ』
『じゃあ、恩人だ』
「迷惑じゃ無かったっスか。それなら私たちに協力して欲しいっス」
『いきなり皆にmeがもどったから、神々の下から皆で脱走したけど、今ってどういう状況なの』
「ウシュムガル、今は仙丈応雷って名乗ってるっスけど、彼とラハムは他の魔神達を集めて神々に対抗し、天命を覆そうとしてるっス」
『そして私と碧は応雷とは別の動きを取って、私たちに協力してもらえる魔神を集め、神々と応雷たちの争いの影響が、この人類社会、今のこの世界に及ばないように暗躍するつもりだ』
『その、応雷、の味方をしないの?』
『神と魔神の戦いに、応雷達が勝ってほしいのは確かだ。ただその結果、全面戦争や天命の阻止が何をもたらすかは計り知れないだろう。私と碧はそれに備える活動を為そうとしている』
『天命が遂行されれば、人類が繁栄するんじゃ無いの』
「神々はその後で人類を隷属・支配しようと目論んでるっス。さらにその先に、神々は人類を滅ぼすことも出来るっス。人類に対する生殺与奪の権利を与える気は無いっス」
『つまり、私と碧の理想は、世の理から神を排除し、かつ、今の世界の在り様を守ることにある』
『それ、応雷の考えとは違うの?』
「応雷には、思う存分、精一杯、戦ってもらって、私たちは私たちの理想の為に、それを精一杯、影ながらサポートするっス」
『ふ~ん、応雷に味方するより、おもしろそうかも。いいよ。ウガルルムにも連絡とってみる』
「言い忘れたっスけど、今なら住む所と三食、提供できるっス。ムシュフシュさんと共同生活っスけど。共同生活が嫌で神の下から逃げて来たって言うなら、無理強いはしないっスけど」
『え、ホントに! お願いします。もう公園のベンチで寝るのはウンザリだ。屋根のある部屋で布団にくるまって寝たい』
「大丈夫っス。布団なら実家に幾らでも有るっス。すぐにマンションに運び込むっス。ウガルルムさんも早速誘いに行くっス」
『碧、本当に大丈夫か。最終的に何人に増えるか、分からんぞ』
「何とかしてみるっス、ムシュフシュさん」
その後、バシュムは支払いを済ませ、三人でウガルルムの行方を追う。
『確か、この辺りにウガルルム行きつけの古本屋が、あった、あの店だ』
カバーが日焼けした中古マンガ本が、店の中で山積みになった、小さな古書店だった。外からは見えない本棚と本棚の間に、その人物はいた。
真っ赤なボリュームのある髪を、風も無いのになびかせた、メリハリのあるホリの深い端整な面立ちの、迫力的な美人女性だ。
ゴージャスかつワイルドな印象を見る者に与える、大ガラな日本人離れした容姿。というより日本人に見えない。
「あの、ウガルルムさんっスか?」
『え、あ、はい。そうです。ごめんなさい』
「私は碧。ムシュフシュさん、バシュムさんの仲間っス。少し私たちの話を聞いて欲しいっス。いいっスか」
『そ、それは気に障りましたね、ごめんなさい。どうか許してください』
「いえ、そんなに怯えないで下さいっス。ただ、話しを聞いて納得してくれたら、私たちに協力して欲しいんス」
『すいません。は、話しを聞きますから、許してください』
「何をそんなに怯えてるんスか?」
『ひーーーっ』
『やっぱり、こうなったか』
「バシュムさん? この人って」
『ウガルルムは大体いつもこんな感じだから、碧が主人と認めさせて命令すれば、なんでも言いなりになるよ』
「どうやって主人と認めさせるかも疑問っスけど、何でも言いなりにしていいのかってとこも疑問っス」
『じゃあ、ウガルルム。この碧が君のこと大好きだってさ』
『――――‼ 本当ですか。私なんかのことが………』
「えぇ、まあ、大好きっス。一緒に暮らしてくださいっス」
『ぅ、ぅうれしい。ありがとうございます。あなたはわたしの魂の主です。どうか、何なりとご命令下さい。生涯の忠誠を誓います』
「(これ人としてどうなんスか?)」
『(この人はこれで、本当に幸せなんだよ。大事にしてあげて)』
「(でもこのウガルルムさん、この性格でなぜ、神々の言いなりにならなかったんスか)」
『(誰でもいい訳じゃ無いよ。ウガルルムは元々、碧みたいな子が理想だから)』
「(そういう事ならまあ、これで良かったような、良くない様なっスけど)」
こうして新たに二人の仲間、毒蛇バシュム、巨大獅子ウガルルムを同志に加えた碧、ムシュフシュは、その後、例のマンションでの共同生活の為、皆の日用品、生活品、着替え等を買いそろえに、ショッピングモールへと向かう。
ウガルルムから渡された預金通帳に記された預金残高は、この碧すら震え上がらせる程の金額だった。
「こんな大金、預かれないっスよ」
『すみません。お、お許しください、夜摩篷様。こんな預金通帳など今すぐ引き裂いて』
「うわーーっス」
これからは毎月、必要な金額だけ碧に渡すことで、話しが付く。
バシュムもムシュフシュも、ウガルルム同様、常識的な金銭感覚が分からず、またその自覚も問題意識も有していたので、金銭の管理はすべて碧に押し付けることにした。
バシュムはマンガ以外に欲しい物も特になく、ムシュフシュも無趣味、碧は生活習慣の中でこの者達に金の常識を身に着けさせようと考える。
買い物を終え、マンションへ向かう。以前、応雷とムシュフシュが闘った道をたどる。
『夜摩篷様、出来れば私、仕事に就いて働きたいのですが』
「分かったっス。祖父さんに相談してみるっス。皆のことも一度、家族に紹介してみるっス。皆、家族会議に参加してもらうっスよ」
『そうだな。私も天命を覆し得た後は、人の世で生き抜くことになろう。碧、私にも仕事の斡旋を頼む』
「応雷に初めて会った時、神の下で一般教養を習っていた、みたいなことを言ってたっスから、勉強の方は大丈夫っスね。バシュムさんは、しばらく気軽に遊んでていいっスよ」
『え、そう? 悪いね』
道々、そんな会話を交わしながら、四人の女性は高級マンションまでやって来た。