第三十八話
ゴールデンウィーク、三日目。
『碧はウシュムガル、いや、仙丈応雷のことが、ダメ人間だから放っておけぬのか』
「う~ん、それもそうっスけど、それ以外に、それより好い所も、無い訳でも無いと思うっス」
『つまり、有るのか、無いのか』
「有るっス。欲も野心も無いのに、目指す所があって上昇志向。虚栄心でも自己顕示欲でも無く、名声にも権勢にも人望にも興味が無いのに、常に自己の向上を意識していられる所が、たまらないっス」
『そ、そんなに立派な人物だったか⁉ 私にはグ~タラなダメ人間のイメージしか無かったのだが、私の目に誤りがあったのか?』
「まず、あの上昇志向って、具体的な活動や地位や肩書きじゃなくて、日頃の生活習慣の中での挙措や態度に有るんス。
一見すると、ただテレビを見ながら寝っ転がるだけの時にも、姿勢、居住まい、たたずまいの中に、常に気をつけて正しく在ろうとする、自律心、向上心がうかがえるっス」
『それは他に頑張ることが無い故、退屈しのぎに背筋を伸ばしてみたり、癖をつけて暇を潰しているだけなのでは?』
「それでも、良い方向に向けて、絶える事無く続ける意思が有るなら、それは努力っス。社会的に認められるような活動や功績を目指して努力・行動する人より、そういう誰の為にも成らない様な、生活姿勢を努力する人の方が、私は好みって話っスよ」
『戦国武将山内一豊は、ハシの使い方だけは上手かった。例の糟糠の妻はそれが好かった。という話しの類か? 私からすると、何も無くても、何もしない人でも、誉め様は有る、と言っているだけに聞こえるのだが』
そんな事で、あの応雷と言う男の為に、命の危険にまで踏み込む碧が、ムシュフシュには少し怖かった。
『まあ、そういう理由ならば、むしろそれで良いのか。神々と戦うという特殊な条件下にある男性だから、魅力的に見えてしまうと言う錯覚だったら、一言云っておこうと思ったのだ。それは逃れられない生い立ちから来ているもので、その宿命を背負っているから立派な人物という訳ではない。悲劇的では確かにあるが、それが無かったら何でもないつまらぬ男だぞ、あれは』
「ムシュフシュさん、応雷のだらしない所が目に余ってるんスね。分からないでも無いっスけど。神の手先になって応雷を連れ戻しに来たのも、しっかりして欲しかったからって理由だったスか」
ゴールデンウィーク中の新古書店、周りには誰もいない。
この街に散らばっていると思われる、異形の魔神探しの為、朝の十時から碧とムシュフシュは市内の新古書店巡りをしていた。
『そうだな。しっかりできない人に、だらしないのを何とかしろと強制しても、無理なのは知ってるはずなのだが』
「ふ~ん、それって………、まあいいっス」
古書コーナーにホコリを被って置かれていた、『楚辞』を手に取り、状態を確認。状態良好なのを確認するや、レジへと向かう。支払いを済ませると、もとより古本に興味の無いムシュフシュと、店外に出た。
「十一体の魔神の中に新古書店好きなのがいるって情報は、どこまで行きわたってるっスか」
『応雷もラハムも、神々にも知る者はいない。知っているのは私だけだ』
「ウガルルムとバシュムの二人っスね」
『ああ。………、その本、面白いのか?』
「楚辞、知らないっスか。そうっスね、魔神達が天命で抹殺されるのって一万年間隔っスから、二千数百年前に書かれた文献を知ってるはずも無いっスか」
『碧はそれに書かれている事が分かるのか?』
「中国の神話に、あなた達に似た話があるっスよ。ただ、体系化されてないんで、辻褄が全然、合わないんスけど」
『ほう、それは興味深い』
「多分、女媧・伏羲ってのが、ティアマトさんとキングさんっス。この二神は南方の少数民族、苗族が先史時代に崇めていた神っス。
そして西方の羌族、これがシュメール族から文化の伝播を受けてマルドゥーク、即ち共工を崇めていたと思われるっス。
始めに共工が天下を支配し、治めていたっスけど、治水に失敗し、大洪水を興し天地を傾けたっス。
つまり天変地異を起こし、世界を破滅させた神々の事績を伝えているっス。
対して女媧は五行石を用い、天地を補修し、治水に成功したっス。
神々に抗い、世界の滅亡を、天命を覆そうとした伝説が、形を変えて伝えられているっス。
先史時代の中国は、西戎の羌族。南蛮の苗族。北方民族の北狄、夏王朝。東方、殷王朝商民族。
さらに東南の楚、後にはこれが苗族を追い、南蛮になるっス。
夏王朝の創始者・禹、その父・鯀は人面魚身で鯀が失敗した治水を禹が成功させたと伝えられ、これが中華の祖になるっス。
女媧・伏羲、共工のどちらも竜形の神とされているっス。
そして応竜、翼の生えた竜の神話、これはウシュムガルその物っスね」
『その神話だとジョカ・フッキが勝利した事になっているのか』
「羌族と争っていた苗族の側から見た神話の伝承っスから、そこはご都合主義っス」
『私たちの争いが人類の伝承の中にな。そこに何か、この天命を解決する糸口が見いだせればいいのだが。……それより碧、今はお前のmeを鍛えねばならぬ。次の古書店まで神性を用いて走るぞ』
「ラジャーっス」
車の通りの絶えぬ、そこそこ人の賑わいの残る、いかにも地方都市のメインストリートと言った田舎道路を、碧とムシュフシュは人外の脚力を駆使して、走り抜ける。
走りながら、特に周囲の目を警戒するでもなく、気楽に話し合う両名。
「ムシュフシュさん、今どこで生活してるっスか」
『寝床なら公園のベンチだ。安心しろ、金銭なら困らぬくらいは所持している』
「やはりそうっスか。他の異形の獣たちも、神々の下から去って散らばって行ったのなら、皆、そういう身の上のはずっスよね」
『人間、至る処、青山在り、だな』
「意味わからねっス。応雷とラハムをかくまってたマンションの部屋、空いてるっスから、今日からそこで暮らすっス」
『うむ、助かる』
「他の魔神達も、探し出すなら、夜、公園のベンチを見回るのが、一番確実な方法かも知れないっスね」
『それは最後の手段であろう。夜の公園は危険がイッパイだ』
「そこで寝て過ごしてたんスよね」
やがて二人は、全国に展開している大手大型新古書店にまで走りつく。今度は二人とも、真っ直ぐにマンガコーナーへ進む。
(ここには希少な古書は置いてないっスから、安い昔のマンガでも見ておくっス)
『なっ⁉ あれは』
「ん? どうしたっスか。あっ、あの人が立ち読みしているマンガ! ボ〇ウズ戦隊ジュゲ〇じゃないっスかっ」
『いや、そうではない‼』
「え? ホ、ホントっス! あの人が買い物カゴに入れているマンガ、アテ〇イⅡ世っス」
『だから、そうではなくっ』
「ま、マジっス⁉ 買い物カゴの底には要塞〇園全巻がァ‼」
『あれはバシュムだ』
これからは不定期投稿になります。申し訳ありません。がんばります。