第三十六話 始まりの終わり5
バズスが手を振り薙ぐ。灼熱の暴風が、ムシュフシュと碧に襲い掛かる。
『火神ギビル、我が檻となり、彼の敵より妨げよ』
灼熱の盾が灼熱の風の前に立ちふさがる。
『疫霊よ、災禍の造形を成せ』
ムシュフシュが呼び出した、鋸歯を具えた両刃の大剣は、バズスが浴びせる熱風を切り裂きながら、バズスの肩に突き立った。
バズスの肩肉が弾け、腕が一本ちぎれ飛ぶ。が、しかし引き千切れた腕も、弾けた肩も、映像を巻き戻したかの如く復元される。
ムシュフシュの背後で呆気に取られる碧。バズスの背から蝙蝠の様な皮膜の翼が生え、上空に舞い上がる。
『火神ギビル、我が鎚となり、我が敵を焼け』
ムシュフシュは滞空するバズス目掛け、熱塊を撃ち放つ。バズスの飛行能力では、ムシュフシュの灼光弾を回避できないかに見えたが、バズスは自らの前面に渦巻く熱風の壁を造り出し、直撃を免れる。
『キッ』
と、猿の様な声を上げ周囲に毒々しい瘴気を吐き出すバズス。その瘴気の中から真黒な無数の矢玉が生まれ、ムシュフシュを狙い射込ませた。
碧に向けて射掛けられた矢玉は、灼熱の盾により食い止められ、ムシュフシュ自身に射掛けられた矢は、両刃の大剣によって、全て打ち払われる。
遠距離攻撃の応射ではらちが明かないと見て取ったムシュフシュは、大剣を振りかざしたまま、バズスを目指し跳躍。
異形の獣の姿を取らなければ、飛行能力は使えないらしいが、その跳躍術の速度はあるいは飛行速度を超えるものだ。
対してバズスも、瘴気を練り込め得物を産み出す。
ムシュフシュの大剣に匹敵する大きさの、巨大な鉈だ。
バズスを超える高度まで飛び上がり、直上から大剣を振り下ろすムシュフシュと、全身を回転させ横薙ぎの一撃で、その大剣を払いのけるバズス。
その一撃と落下速度が拮抗し、空中で一瞬静止、その間に二撃目の打撃を再度繰り出すムシュフシュ。
飛行能力を持ちながら、身体の地力の差で撥ね退けられるバズス。
静止状態から解かれ、落下し始めたムシュフシュは、上空で態勢を崩したバズスにまたも両刃の大剣を投擲。
完全な隙を生み出してしまったバズスはこの一撃を避けきれず、まともに腹部を貫かれ、胴体を断ち斬られる。
両断されたバズスの体は、しかしこれも即座に復元されてしまう。限が無い。だがムシュフシュに焦りは無い。むしろ余裕を誇った顔で呟く。
『そろそろ終わりが見えたのではないか、バズス』
むしろ焦りは、バズスの方にあった。
『復元ゲージはあとどれだけ残っているのだ?』
再び地上に降り立ったムシュフシュ。
その時!
『グッ――――』
ムシュフシュの脇腹を、背後から投擲されたと思しき槍が貫いていた。
「な、誰っスか」
負傷したムシュフシュに目を奪われる事無く、すかさず背後を顧みる碧。
「すみませんね。バズスごとき下等霊に手こずっておられるようでしたので」
「だったら、バズス狙えよっ」
シャマシュだった。
バズスとの戦闘に気を取られている隙に、人気の絶えた住宅街の路地裏から、碧とムシュフシュの背後に現れたのだ。その口ぶりからは、シャマシュとバズスも敵対関係にあることがうかがえた。
「戻れ、天槍」
ムシュフシュを貫いた槍は引き戻され、シャマシュの手元へと飛び返る。
「ムシュフシュさん!」
碧は動揺を抑えつつ、ムシュフシュの下へ駆けつけた。
『(案ずるな、お前ひとりを逃がす程度には、まだ戦える)』
「そんな………」
『(聞け。この先お前には、次々と敵が現れるだろう。だが、お前は臆せず進め。人類の為に道を切り拓け)』
「私はいったい、何者なんスか!」
「貴女は金枝を手折り、神に選ばれた王権神授者と、王冠を奪い合うべく闘うことを定められた人物。神の選定では無く、人類の内より推戴されし王。
主神マルドゥークの受肉たる王権神授者・神より下賜されし王と、金枝を手折りし者として、主権を奪りあう定めの者」
何かに酔いしれるように、大げさな身振り手振りを交えて語るシャマシュ。
「おとなしく従って頂けないとあらば、多少の手荒い真似も覚悟しておいてもらいますよ」
依然、空中から形勢をうかがうバズスは、恐らくシャマシュとムシュフシュの決着を見極めてから、漁夫の利で碧をかっさらう気だろう。
(あのバズスって悪霊の狙いも、始めから私だったってことっスか。シャマシュの言ってることはよく分からないっスけど、とにかく今捕まる訳にはいかないっス。
その為の方法はただ一つ、私がムシュフシュさんの代わりに、今度は私がムシュフシュさんを守りながら戦うっス)
『(止せ、お前ではまだ勝機は無い)』
碧の横顔を見つめながら、その目に決意の色が浮かんだことを知り、碧を諫めるムシュフシュ。
「(ムシュフシュさん、例えばこんな事って出来ないっスか)」
シャマシュやバズスに気取られないように、ムシュフシュに問いかける碧。
「ふふ、全てはわたくし達の思惑通り。所詮だれも天命には抗えないのですよ。まずは手始めにそこの死にぞこないを誅殺して差し上げましょう」
腰を落とし両手で槍を構え、meの光に被われるシャマシュ。
「太陽神たるこのシャマシュが天槍の、一撃を以て始末します」
距離にしてわずか三十メートル足らず。
その間合いをたった一歩の踏み込みで詰め切り、脇腹の傷を堪えながら大剣を握り待ち構えるムシュフシュへと、シャマシュが迫る。
その瞬間、強烈な閃光が炸裂し、周囲一帯が光に包まれる。その力はシャマシュが放ったものでは無かった。
「何が起こったと言うのです⁉ ぐぅほぁっ」
光が治まった後、そこには碧が握る長剣により、体の中心を貫かれたシャマシュがいた。
「ムシュフシュさんに、meを貸してもらったっス」
傷を負ってまともに戦えなくなったムシュフシュから、その膨大なmeを碧の身に注いでもらったのだ。
その瞬間、碧の手にその長剣が生じ、本来であれば決して見切ることの出来ないシャマシュの速度に、余裕をもって応じることが出来た。
「おのれっ、ぐぁは」
シャマシュの体から剣を引き抜く。
次話は明日、投稿します。