三十五話 始まりの終わり4
かくして、反神・援応雷勢力『碧軍団』が発足した。
ムシュフシュと碧は、随時、連絡を取り合うことを決め、この日は解散した。そして碧は例のマンションにて、一人、状況を整理する。
応雷・ラハム勢力
神に抗う意志のある魔神を集結し、天命遂行を目論む神々と戦う。
完全に天命(細かく言えば天命の名のもとに自分たちが害される事)を阻止
するのが目的。
その目的達成の為に、最終的には神々の支配体制そのものを倒すつもり。
ただしその目的の為に、全ての神々を殺し尽くすとまでは、碧は聞いてい
ない。
神勢力
ティアマト・キング・応雷以下、十一柱の魔神を抹殺し、世界に繁栄をも
たらす。
その後、自分達の神性術を使い、自然環境を操作し人類の上に君臨する。
応雷の推測では、最後には人類を滅ぼす意思が有るかもしれない。
碧・ムシュフシュ勢力
碧の願望を叶えることを目的とする組織(ムシュフシュもそのつもりかど
うかは分からない)。
応雷と神々の戦いが、人類に迷惑を掛けるのを防いだり、存在そのものを
人類に知られないよう動く。
応雷に敵対する気は碧には無く、むしろ支援する気でいる。
神の支配体制が崩壊しても、その影響が人類社会に波及しないことを願
う。
余裕があれば、地下世界の繁栄に貢献したいとも思っている。(そこを自
分たちの基盤にしたい)
応雷達に先んじて仲間を増やしたい、それが当面の行動目標。
応雷勢力と戦闘を構える気は無いが、神勢力との戦闘は辞さない覚悟。
碧自身は今まで通りの普通の生活も続け、日常と非日常を両立させる。
「まあ、大体こんトコっスか」
元は、ただ碧は応雷と一緒に暮らして行きたかっただけだったはずが、ずい分遠回りをするハメになった物である。
「強くならなきゃ、追い掛けるだけじゃ応雷に振り向いてもらえないっスからね。この街で全てを手に入れるっス」
翌、ゴールデンウィーク二日目。
「こうなると逆に、応雷と街中で出会うのはまずいっスね」
『応雷は碧のmeに気づいている。気づいた上で避けているのであろう。問題無い』
「ムシュフシュさんは、他の異形の獣の居場所、分かるっスか?」
『皆、気配を断っている。人の多くいる場所に出向いて、手探りに探し出すという碧の方法しかあるまい』
「それじゃ今日は、どこを調べるっスか」
『住宅地方面を探るのが良かろう。本人はいなくとも、meの痕跡を見つけ出せるやも知れぬ』
「ウィッス。それと、私にもmeの使いかた、教えて欲しいっス」
碧とムシュフシュは、市内に数ある住宅街の中でも、最も新しい新興住宅地を見回ることにした。休日という事もあって、そこそこ人の気がある。
平日の昼間なら住宅地の中には専業主婦くらいしか居ないだろうし、住宅地の通りを出歩いている者の姿も見当たらないだろう。
と考えていたのだが、ゴールデンウィーク中故か何か、何度も人の姿を見かけた。それがさらに、フとしたタイミングで人の気配が絶える。
それを見越したように、その男は二人の前に、突然、現れた。
フードを目深に被っているが、その異様な気配を放つ眼光は、隠しおおせない。男の方から進んで来たのか、碧とムシュフシュが来るのを待ち伏せていたのか、碧にはそれすら判断できなかった。
その異様な気配、人ならぬ者にとり憑かれた様な気配さえ無ければ、容姿も背格好もありきたりで平凡な男なのだが。
碧は怯み、一歩後ずさる。あの、地獄の魔王にすら怖気づく事の無かった碧が。ムシュフシュが一歩前に出て、碧を背後に立たせかばう。
本来、常識で考えれば、いや、非常識に考えても、この不審者は通り魔か何かで、敢えて人間以外の存在などとは思わないだろう。
だが碧にはこの男が、人外の悪霊に憑りつかれている、人の形をとどめた異種族の様に思えた。
(ま、昨日のシャマシュの方が断然、ヤバい相手だったはずっスけど)
一瞬とは言え怯まされた碧だが、すでに立ち直っている。目前の異常な雰囲気の男は、どこから出した物か、ナイフを右手に握り締めていた。
包丁より刃渡りの長い、コンバットナイフだ。正気を失っている様にすら見えるその男は、腰を引いた前屈みの姿勢で右手のナイフだけを突き出す。
それに対しムシュフシュは、特に身構えた態勢を取ろうとはしなかった。男は怯むような覚束ない足取りで、フラフラと近寄って来る。
その動きは弱弱しく、だが逆にその男の狂気を示しているようだ。そしてムシュフシュまであと五、六歩の距離に迫った所で、突然、怪鳥音を発しながらもがく様に走り出す。
男の右手がムシュフシュに突き立ったのを、ムシュフシュの背後にかばわれた碧は捉えた。男は自らの勢いに負け、つんのめりながらムシュフシュに全身をぶつける。
さらに甲高い悲鳴を叫びながら、一旦ムシュフシュから身を離し、再び右手ごと体当たり。狂気に駆られた男の右手には、ナイフが握られていたことを、碧の意識は否定できなかった
『くっ――――」
「ムシュフシュさん‼」
背後からムシュフシュの背に臨む碧には、ムシュフシュが血に染まったとはうかがえなかった。だが状況は明らかに、ムシュフシュの体は何度もナイフでめった刺しにされているはずだ。
ムシュフシュは男の首を掴みながら手を掲げ、そのまま持ち上げる。男は首を絞められながら、宙吊りにされる。
男は力の抜けた体のまま、なおもナイフを握った手を構え、今度は自分の首を掴むムシュフシュの腕に斬りつけようとする。
『くどいぞ、バズス! すでに正体は見破られているっ。出て来るがいい』
ムシュフシュが宙吊りの男に向かって叫ぶと、男の体が震えだす。そして男は口を真上に突き出し、その口の中から奇怪な物が生え伸びる。
その奇怪な物が何なのか、始め、碧には正しく認識できなかった。
(三本指の、鳥の脚に似た、鱗の生えた、悪霊の腕……)
碧はその見た事の無い奇怪な物の正体を、この時、正確につきとめていた。何故ならそれは、それ以外の何物にも見えないのだから
男の口内から伸びた腕は、さらに引き出され、やがて悪霊の肩が生え、頭が生え、首が生え、胸が生える。
その悪霊のそれらの幅は、その男の口唇より遥かに大きく、いや、そもそもその悪霊の全体は、この男の体内に収まるような大きさでは無い
その悪霊は腰まで吐き出された時点で、一気に抜け出し、宙吊りにされた男から完全に引き離された。ムシュフシュは悪霊と向き合うや、男を路上の端に放り捨てる。
『今さらオマエごときが、何しに現れおった、バズスよ』
バズスと呼ばれた悪霊が嗤う。その狒狒の様な、たてがみの無い獅子の様な、獰猛な猿の様な顔で。
トカゲか蛇と同じ、鱗に被われた外皮に、巨大な猿に似たフォルムの肢体。その体には異形の獣たちのような美しさは無く、ぬめる様な体表は気味の悪さだけが浮かんでいる。
「ムシュフシュさん、怪我は⁉」
異形の魔神と言えど、負傷すれば命にかかわる。初めて応雷と出会った時から、そのことは碧も知っている。
『案ずるな。あの程度の刃物なら私の体には徹らない。バズスの狙いは私を挑発することだ』
『キシャシャ、一万年前の我らが恨み、忘れた訳ではあるまいな』
バズスと呼ばれた悪霊は、碧には聴いたことの無い言語で、ムシュフシュに語った。だがその言葉の意味が、何故か碧には分かる気がした。
(ゲ、ゲンぺートーマデン⁉)
明日もがんばって投稿します。よろしくお願いします。