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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第一章
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第三十二話 始まりの終わり1

「う………、ん。いい天気っスね」


 ふと、我に返り気がつくと、碧は富士の樹海にいた。


「さて、帰るっスか」


 樹海から幹線道路まで出て、最寄りの観光施設に向かい、バスに乗る。新富士駅まで行き、新幹線で故郷の県庁所在地の駅まで帰り、そこから在来線に乗り換え、無事、須弥山市にたどり着く。


 自宅に帰る前に一人、マンションの自室に戻る。何かを探すように、室内を見渡す。


「誰もいないっス………。そうっスよね。何スか、この感じ」


 リビングのソファーに腰掛け、テレビを眺める。


「ここ、こんなに何もない部屋だったっスか?」


 何者かに急かされるようにこの場に居たたまれれなくなり、しかしすぐにはこの部屋から抜け出せない、この場で何かを期待するように席を立てない碧。


 そう、この感覚は、この部屋にたどり着くまでも、ずっとつきまとう感覚だった。


 道路上に出るまで樹海の中を歩いている間も、

 道路上を進みながら少ない人出ながらも妙に賑わう観光施設に至る間も、

 そこからバスに乗り駅まで運ばれる間も、

 新幹線、在来線で車窓から景色を眺める間も、

 そこにとどまり何かを待っていたい期待感と、一刻も早くこの街に戻って何かを探し求めたい衝動に、

 絶えず急き立てられるのだった。


 期待して待つことで得られる何かと、この街に戻って探し求めたい何かは、恐らく同じ物なのだろう。


 だがそれは一体、


「何なんスか、これ」


 このまま待ち続けたい。早く探し求めたい。結局、両親と祖父母のいる自宅に帰ることにした。


 今の時間帯に帰宅しても、両親は不在である。それでなくても何故か今は、家族とは顔を合わせたくない気分でもある。


 そう思ってこっそり自室に戻ろうとしていた所を、あっさりと、縁側で日向ぼっこ中の祖父母に見つかってしまった。


「あ、碧だ。オーイ、碧ァ」


 反抗期を気どって、無視して通り過ぎてやろうか、などと意地悪を考えもしたが、何かが今の気持ちに引っかかって、祖父母の下へ向かう。


 何かを相談したいのだ。だが何を相談したいのだろうか。


「しばらく見かけなかったな。どこに行ってた?」


「お祖父さん、碧は富士の風穴を見に旅行に行くって、言ってたじゃないですか」


「なに! 俺は聞いてないぞ。富士の………、さては『地獄』地下世界か。そうか、つまりこれは地獄の忘却作用か。道理で俺以外、誰もあの青年のことを覚えていない訳だ」


「あの青年―――、あのどういう事っスか」


「まあ、あの青年もこれ以上、他人様の娘を危ない事に関わらせたくなくて、身を引いたんだな」


「あら、懐かしい。私が泰山府君にさらわれて冥府からお祖父さんに助け出された後も、そうだったわね。あの時は私がお祖父さんの記憶をなくしているのをいいことに、その間、ずい分よその娘とハネを伸ばしていらっしゃったわね、お祖父さん」


「ヒ~~~、もう時効だろ、許してくれ」


「なんスか、何なんスか、教えてっス、祖父さん」


「教えたところで、地獄の忘却作用は解けん。自力で思い出すしかない。今は疲れてるだろ。ゆっくり休んでから思い出せ」


「ッ――――」


 一刻も早く思い出したい。今すぐ祖父さんに問い詰めたい。


 結局、碧は自室に戻り、ベッドにひっくり返って横になる。




「神々との戦いは始まったばかりだ」


(あなたは誰っスか)


「木の枝を手折る者が王を弑せる。王を弑せる者が王になれる。


 王とは受肉した神の霊。


 全宇宙のすべての事象・現象は神の身にならう。


 宇宙の一切の運動が規則的に流れる為には、神人が完全に規則通りに生活しなくてはならない


 神人=王の生活は、習慣と観念により、徹底して縛られる。


 植物の盛衰と同じように、神もまた衰え、死に、甦る。


 逆に植物の盛衰は、神の盛衰の現れ。


 衰えた神の霊・受肉の王は、春分の日の祭祀に金枝を手折った者に殺され、それを成し遂げた者が次の王になる。


 それこそが神の死と再生、植物の盛衰と宇宙の循環の具現。


 次代の王は、先王の娘を娶り、王位は女系によって継承される。


 金枝を手折った者にその資格が与えられるのは、神が樹霊・植物神であるから」


(何の話っスか。何を言ってるんスか)


「太古の女王ティアマトとその王キングへの反乱、マルドゥークの勝利、それに続く神々の繁栄。


 それこそがこの宇宙の法則に基づく森羅万象の流れ。


 その規則に従い万物を流転させる為に、女王への反逆と女王に従う者達の抹殺は、最高の祭祀として、神々により幾十万度と再現されて来た。


 ティアマトとキング、十一柱の魔神は、一万年に一度復活し、また主神マルドゥークに倒される」


(魔神………、ウシュムガル………)


「俺は、十一柱の魔神の一人ウシュムガルは、この呪いの頸木くびきから逃れ、永劫に繰り返される祭祀を、今の自分の代で終わらせたい。それが俺、仙丈応雷の求めるものだ」


(仙丈、応雷)


「ティアマトとキング、十一柱の魔神の神性『me』は解封された。


 いずれマルドゥークは受肉し、世界の王となって現れる。


 他の十一柱の魔神にも各々異なった考えが有るようだが、それでも今度こそマルドゥークとの戦いに勝とうと本心より思っているはずだ」


(ラハム)


「異形の魔神達は今、バラバラに離れてしまった。でもまた十一体で集合し、マルドゥークに挑もう」


(私は、今のままの世界を続けたいっス。神々がもたらす災厄さえ防げればいいっス。人類を、神々と魔神の戦争に巻き込まないで欲しいっス)


「ああ、異論はねえよ」


「もちろん、そのつもり」


「取りあえず、他の魔神、異形の獣を捜し出そうぜ」




「思い出したっス、そうっス。何が探し出そうっスか。私だけ置き去りじゃ無いっスか」


 ベッドから跳ね起き、部屋の中を跳ね回る碧。


 思い出せたことが嬉しいのか、自分だけ置き去りにされたことが悔しいのか、早く見つけ出して今すぐ会いたいのがどうにもならず、とにかくジッとしてなどいられない。


「全てが片付いた後で私に会いに来るとか、考えてるっスね。もし敗北した時は、私を道連れにしないで済んだことが救いだとか思ってるんスね。


 私をそんなあまい女だと思ったのが、見込み違いっス。必ず私の方から見つけ出して見せるっスよ。


 仮にも太古の魔神、そう簡単に一度取り決めた約束は、反故ほごには出来ないはずっス。


 黙ってこの街を出て行かないって約束っス。私の覚悟が決まるまでは、この街から離れない約束っスから、まだこの街のどこかで暮らしてるっスね。


 この街の六十万人の中から、探し出すっスか。


 やるしかねえ」


 碧の決意は固まった。

明日は投稿、休みます。次話は明後日、投稿します。

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