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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第一章
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第三十一話 地獄の覇者3

 最終圏・最終円


 そこは今まで地獄で吹きつけていた、どの風よりも強い嵐の渦が吹き荒れていた。


「碧、見て。ディーテがそこにいる」


「まだ来たばかりっスよ。どこっスか」


「あの大きさなら、このジュデッカのどこからでも見える」


 突風の中心、地平線上に浮かぶ、圧倒的に巨大な影。その大きさは、碧の身長と古代巨人族の比率より、巨人の全身長とディーテの腕との比率の方が大きい程だ。


 さらには、この吹き荒れる嵐風の正体は、ディーテの巨体から生える蝙蝠の翼に似た皮膜が羽ばたくことによって、引き起こされているのだった。


「想像以上に桁外れな相手っスか。向こうもこっちが見えてるんスよね。イルカルラさんの様にずっと私たちを捉えていたんスから。少なくともあの森の呪い以降は」


 その時、大地が巨大な振れ幅で震える。


「見てっ、ディーテが立ち上がる」


 底の井戸の巨人族同様、ディーテもまた半身が地中に埋まっていたのだ。


「あの大きさで、まだ半分だったんスか!」


 大地を引き裂きながら、地中に埋没した脚が引き抜かれる。火山の噴火を凌ぐ衝撃で、碧も思わず地に伏せる。


「これはひざを屈したって意味じゃ、無いっスからね」


「この状況でも意地を張れる碧の方がディーテより凄い」


 引き抜かれたディーテの片足が大地を踏みしめる。それを支えに、もう一方の脚も地中から引き抜かれる。


 大地の震動は数メートルもの振れ幅に達しているのではないか。伏せたまま激しくバウンドしながら、碧はそう思った。


 立ち上がる巨躯の挙げるきしめきは、さながら、第七圏と第八圏の境にあった血の河の瀑布の轟きの如く。


 その手足の筋繊維は荒縄の様によじった鋼鉄のワイヤーロープを幾万本と束ねたかのような鋼の筋肉。


 本来、物理的に在り得ないその巨大すぎる体躯を支えるに足る、強靭さと厚みを備えた全身の骨格、その骨格を完全に支配し運動を命じる神経網と、その命令を発する意志力。


 この地下世界で目の当たりにした全ての呪いが、その意志から生まれ、亡者たちを縛り付けていたことも、視覚的に認め得るに充分な姿だった。


 赤錆あかさびの浮いた鈍色にびいろの鉄骨のような肌が全身を被い、腰から生やした蝙蝠の翼のような皮膜が羽ばたき、嵐を起こす。


 顔貌は憎しみと怒りの感情を示した爬虫類のようであり、突き出た顎の上下に並ぶ凶悪な乱杭歯は、何者を咬み砕く為に在るのか、もはや計り知れない。


 頭部に具わる角は、この地獄の支配者たる象徴の宝冠か、その付け根の周りに茂る蓬髪は第八圏・第七嚢の蛇の群れに酷似こくじしている。


 完全直立した魔皇は一歩足を踏み出す。大地はかろうじて、その重圧に耐えた。地平線の彼方から、その巨神は、碧とラハムの方へ、圧倒的なスケールを以て迫りくる。


「まさか、これ程の相手だとは思って無かったっス」


「大丈夫、碧。今から私がmeを全力で発揮する。応雷が来る前に、決着を付けて見せる」


 ラハムがまばゆいオーラに包まれる。その光は輝きを増しながら、次第に広がってゆく。五十メートル四方に広がった辺りで光は収まり、実体が姿を現す。


 その姿はmeを宿していたラハムの亡骸と同じ、妖艶な半人半魚の少女の姿だ。ラハムは水の中を泳ぎ切る様に、大気中を滑らかに遊泳する。


 その手には縮尺をそのままに、人魚に変身したラハムの大きさに合わせて巨大化したランスが構えられていた。さらには流線型の装飾を施されたメタリックブルーの美麗な甲冑を身にまとっている。


「あれは泳いでいる…………、飛んでるっス。飛べたんスね」


 水中で水流を斬る様に、大気の中を突き抜けるラハム。


「―――綺麗っス」


 その動きに、状況も忘れ見惚れる碧。だがディーテは自身の存在が置き去りにされることを許さない。その巨体から、あり得ない程の速度でラハムに向け、巨腕が延ばされる。


 ラハムを一握りで捻りつぶす気だ。何を思うかラハムは、その突き出されたディーテの手の平に目掛け、自ら飛び込もうとする。そして間合いに入ったところで、その手が閉じる前に、宙を旋回して、拳から逃れる。


 さらにそのまま、ディーテの腕に巻き付くような軌道で空を飛び泳ぎ、巨人に迫る。遂にはディーテに払いのける間も避ける間も与えず、眼前に突き進み、魔皇の眉間にランスを撃ち立てる。


 激しい勢いで突き立てられたラハムのランスは、柄の部分を残すのみに至るまで、ディーテの眉間に突き刺さる。


 それだけにとどまらず、ラハムはmeの光をランスに注ぎ、その力は巨神の頭部を貫き、後頭部をも突破した。


 ディーテは地下世界全土を震わす程の、巨大な叫びを上げ、ラハムを打ち払おうとするが、ラハムはいち早くランスを引き抜き、巨人の魔手から逃れる。


 貫かれたディーテの頭部は、無残な傷跡を残しながらも、すぐに塞がってしまう。


 彼方からラハムと魔皇の闘いを見守る碧。


「あれでも死なないんスか、あの怪物は。どこかにクリティカルになるような、ウィークポイントでもあればいいんスけど」


 だが、ラハムは手応えを感じていた。


 手傷を負わせることで、たとえ回復されたとしても、確実にディーテの魔性の力を削ぐことが出来ると捉えたのだ。


 このまま手傷を負わせ続ければ、ラハムのmeの消耗より早く、ディーテの生命力を費やし尽くせると見取った。


 その時、


「え?………… 何スか」


 巨人が口の端を吊り上げ、一瞬笑ったように碧には見えた。巨人の翼が光を放つ。そのオーラは今まで碧が目の当たりにして来た、meの輝きと同じものに思われた。


「まさか⁉」


 その輝く皮膜を広げると同時に、魔皇の両足は大地から離れ、全身も宙に浮かび上がる。


「浮いてる………。ディーテも神性が、meが使えるんスか」


 あわてて後退し、距離を取るラハムに対して、飛行能力を得たディーテが迫る。莫大な質量体であるディーテが、ラハムを上回る飛行速度を発揮、碧の目には悪夢にしか見えない。


 ラハムの方が小回りが利くはずと思いたいが、ディーテの精密な動作は、ラハムの小刻みな遊泳飛行に、追いつきつつあった。


 魔皇ディーテにとって、その莫大な質量を動かしえること自体が、圧倒的な破壊力を示している。ラハムと言えど、その威力を前にしては、叩かれただけで潰されてしまうだろう。


 そしてまさにそれを証明すべくかの様に、後退飛行を続けるラハムを狙い、その巨腕の拳をもって、薙ぎ払わんとするディーテ。


「ラハムっっっ」


 避けきれない!


「間に合ったァー」


「おのれっ、ウシュムガルゥ」


 異形の獣の姿となっているラハムを押し退かし、魔王の殴打めがけ、ニンギルスを叩きつける応雷。


 魔皇の拳に打ち砕かれ、爆散するニンギルス。


 嫌った相手ではあったものの、余りにも無残すぎる最期を遂げたニンギルスに、さすがに動揺と気後れを感じる碧。


「ヤベ、やり過ぎた」


 それは、実行に及んだ応雷自身も、そう思う所だったようだ。


「オウライッ、今は反省してる余裕ない。ディーテを倒して」


「おう、任せとけ。天星より来たれ、ネビルの怒霊。我が其に請うは裁きの雷電。汝の汝たるかを示せ」


 天地の間に炸裂する、絶対的な破壊をもたらす雷鳴と電光。


 その威力は、ディーテの全身をも被い尽くす。


 ディーテの巨体が、電光の炸裂に伴って、各所で爆ぜる。


 皮膜の翼も破れ、ついに巨人は片膝を屈した。


「お前が何を思って、この地下世界の亡者たちを呪い、虐げて来たのか、一度聞いておきたかったが、語る気は無さそうだな。

 お前があの亡者たちに苦しみしか与えなかったにせよ、この地に幾百万年、幾億年の秩序をもたらしたことも事実だ。


 それがお前の目的だったかどうか知らないが、それももう終わらせてもらう。最後に敬意をもって答えてやるよ」


 応雷の左手が激しい火花を散らす。


 その左手がmeの光に包まれる。


 光のオーラには今までのモノとは違う、実体感が具わっていた。


 左手を包むその光が六方向に伸びて、成長、神化して行く。


 六方向に伸びた光は、それぞれが真紅の竜の頭首の形をとる。


「トメガテリオンッ――――」


 六頭の竜がアギトを広げ、眩い閃光を吐き出す。


 閃光を浴びた魔皇の巨躯が、一瞬にして消滅する。


「お、応雷スゲーーーッ。これでもう終わったんスか」


 一瞬の強烈な閃光の後、始めから何物も無かったかの様な静寂に、呆然とする碧。


「ああ、さようなら、碧」

これからも続きます。次話、明日投稿します。

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