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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第一章
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第三話 よくある出会い3

「なんだ………。このファンシーな部屋は?」


「ふっふーん。オーライ、オーライ、オーラ~イ♪」


(何でこうなった―――)


「ハッシャー、オーラ~イ♪ バックー、オーラ~イ♪」


 少女は応雷おうらいに、夜摩篷やまとま はなたと名乗った。そのまま碧に連れられて、やって来たのがここ、高級高層マンションの一室だった。


「碧、これどうなってんだ?」


「さっき私の身の上、話したじゃないっスか。祖父さんが売った農地の後にこのマンションが建ったんスけど、その時試しに一部屋分譲で買い取ったんスよ。でも両親も祖母さんもそのこと知らないし、祖父さんもほとんど忘れてるんス。それで私が勝手に好きに使わせてもらってるんス」


「世の中にはそんなに恵まれてるヤツもいるのかよ。お前ひどい目に遭うといいな」


「ひどい目っスか。応雷が少し魔の差したことしても、許してあげるっス」


「本当にお前、何考えてんだ」


「それを私から言わせるんスか。魔が差した行為とはそれすなわち」


「そうじゃなくて、俺達さっき出会ったばかりだろ。お前、俺の事何も知らないし」


「出会ってからの時間の長さが、相手への理解の深さに比例するとは限らないっスよ。応雷の過去の具体的な経歴なんか知らなくても、大体どうゆう人か、もう分かったっスから」


「俺をどういうヤツだと思ってんだ」


「すっごいひどい目に遭って生きて来た人だと思うっス。少しくらい好い目みないと、神様に罰が当たるっス」


「お前にあまえる気なんか、ねえよ」


「私が応雷にここにいて欲しいんス。ここを出ても、行く当て無いんスよね」


「お前、本気でここで俺を養う気か」


「晩ごはん、何食べたいっスか」


「ほうれん草の白和えとアジの干物」


「っス。ちょうど材料、冷蔵庫にそろってるっス」


「そんな、馬鹿な!」


 応雷が何に驚いているのか少し気になったが、気の毒な理由だったら聞くのが可哀そうなので、碧は敢えて無視する。


「今支度するからしばらく待つっス。そうっスね、待ってる間にお風呂すませて来るっス」


 これって何なんだ、とは思いつつも一宿一飯の誘惑には抗えず、流されるまま言いなりになる応雷。


 浴場で体を洗い流している間中、妙な視線は無いか警戒しつつ、この先どうなるのか試案を続けたものの、なんの解答も得られなかった。


 着替えはどうしようも無いので、脱いだ物を再び着る。ダイニングに戻ると夕食の支度は済んでいた。


 当然、碧と応雷の二人分。


「じゃあ明日、放課後、応雷の着る物と日用品、一通りそろえに行くっスね」


「碧、夕飯の件、家に連絡入れなくていいのか」


「明日、朝早めに帰って、公園のベンチで一晩過ごしたって言っとけば、十分っスよ」


「一晩過ごす? って、ここで一緒に泊まるのか⁉」


「ふふふ、なにを想像しているっスか。寝る場所はもちろん別っスよ。応雷にはリビングのソファーで寝てもらうっス。寂しくなったら私の部屋まで来てもいいっス」


「意地汚いこと聞くようだが、ここいくらしたんだ?」


「さあ? 聞いたこと無いっス」




 翌日。


 碧が帰って来るまで、リビングのソファーに寝そべりながらつけっぱなしのテレビを眺めている応雷。


 モーレツに襲い掛かって来る「自分がダメになった感」との戦いは、どちら側に転んでも、勝ったとは呼べない状態であった。


 午後四時近くになった頃、碧が息を切らせて帰って来る


 実は学校に通った事の無い応雷だったが、そんな彼のイメージでも始業式翌日の放課後と言えば、出来たばかりのクラスメートと「キャッキャ」「ウフフ」と言いながら遊びにつき合うモノではなかろうか?


 と思うのだが、どうやらここにまっしぐらに帰ってきた様子だ。


(一体この碧という女子高生は、何故こんなに俺の世話にかまけるのだ?)


 今まで幾度となく死の恐怖に直面して来た応雷だが、今、この状況はその都度覚えた恐怖とはある種異なる恐ろしさを懐かせ始めていた。


 それは自分の中に芽生えた、恐怖と相反する不思議な感情が損なわれてしまう予感に対し湧き起る恐れだった。


 応雷の今までの人生はと言えば、その新たに芽生えた死への恐怖と相反する心地よい感情が、すぐに失われてしまう予感ばかりを引き起こさせる人生だったのだ。


 もし碧の帰宅がもう少しでも遅れていたら、応雷の懊悩おうのうはひどく深刻な物になっていたかもしれない。


 碧が目の前にいる時、その新たな恐れは不思議と鎮まるのだった。


「さあ、買い物行くっスよ。軍資金は祖父さんに『男に貢ぐため』ってウソついて貰って来たから大丈夫っス」


 その後二人は地元の大型ショッピングモールに向かい、一通りの物を買いそろえた。


 それまでの応雷の服装は、血に染まり脇腹の辺りで切り裂けた黒いシャツからも分かる通り、なかなか如何なモノかな代物だったが、買った先からその場で着こみ、今では真っ当な格好になっている。


 出発が四時過ぎだった事もあり、買い物を終えた頃には日も沈み、幾分暗くなっていた。


「晩ごはん、今日は何にするっスか。帰ったらすぐに作るっス」


「二日続けて家に帰らなくて、本当に困らないのか?」


「さすがに親も心配するっスかね」


「言いたかねえけど、ごまかしはもっと良くないと思うから言っておく。こんな生活はいつまでも続けていられない。俺はまたすぐに、この街を出る」


「一つ約束して欲しいっス。ある日突然、何も告げずにいなくなるのは無しにして欲しいっス。私の中でちゃんと結論が出るまでは、一緒に居て欲しいっス」


「結論?」


「覚悟っス。応雷がこの街を出て行くのを、きちんと見送れる覚悟っス」


「分かった。黙って出て行ったりはしねえよ」


「ウィッス」


 このショッピングモールは街の郊外に建てられており、市の外れ側にある碧の実家やそのそばのマンションには、人気の無い田舎道を通って帰ることが出来る。


 街灯の明かりはあっても人気は無い、逢魔が時の深まった時刻に帰路をたどる碧と応雷。


「――――――――っ⁉」


「どうしたっスか?」


「ヤツラだ。異形の獣が近くに来ている」

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