第二十九話 地獄の覇者1
昼とも夜ともつかない荒野を、三人は進んだ。
すでに第八圏・最終嚢は越え、最終圏へとたどり着いたのか、その境界を知ることも無く道なき道を行く。
やがて前方におぼろな影が浮かんでくる。碧はそれを始めに、巨大な建造物かと思った。
ディーテ市の様に城壁に囲まれた都市では無く、ただ唐突に開かれた平野に建てられた、高層建築か巨塔のような物かと思ったのだ。
碧の生まれ住むあの街にも、突然そびえる高層建築は在った。だが、それは人が住み暮らす形跡と共に在った。
ここは最早、亡者すら棲息の痕跡の無い荒涼の地。彼の巨影は、異様かつ不吉の兆しと碧に見えた。
やがてその巨影の群れに近づくにつれ、碧は自分の目を疑った。それは人の為せる造形物には非ず、そして神の手の為す被造物ですら無かった。
「神々の誕生以前、世界の支配者として君臨していた、古代巨人族か」
そう。それは半身だけで五十メートルにも達する、巨人たちだった。上半身のみが地上に現れていて、下半身は大地に埋められている。その林立する巨人の群れに向け、応雷が問いかける。
「我が同胞、俺の亡骸はどこにあるっ」
『兄弟。おまえの骸はバベルの塔の王の住まうあの塔の中だ』
そこには半壊した本当の巨大建造物、ジグラットが築かれていた。巨大な筒状のその建造物は中腹から崩れ、内部が露呈されている。
「バベルの塔の王の住まい? この塔の主は今、どこにいる⁉」
『第九圏コキュートスだ』
「ここはまだ、第九圏じゃなかったのか」
『ここは第九圏へと繋ぐ底の井戸。第九圏は四つの円から成る。
第一円カイーナには我らと汝の同胞キングの亡骸が、
第二円アンテノーラには母なるティアマトの亡骸が、封じられている。
第三円トロメーアには、この地獄の女王イルカルラ、
最後の底ジュデッカにはバベルの塔の王、魔皇ディーテがいる』
「そいつだ。魔皇ディーテ、すべての呪いの元凶、神々と敵対し怖れられる、この地下世界の主。巨人族、俺がそいつを倒してやる」
『汝なら叶えられるか。ティアマトが神々を滅ぼす為に産み出した、最強の魔神ウシュムガル。汝の骸を汝に返そう』
ジグラットの崩れた壁面を登り、内部をうかがう応雷たち。そこには想像を絶するほど美しい竜の骸が置かれていた。
「これは………、言葉に出来ないっスね。これが応雷っスか」
「また会えるとは、思わなかった」
ラハムに至っては涙を流している。
「自分じゃどうとも思わねえけどな。それにどうせもう、こうする訳だしっ」
戦斧を振り上げ、竜の骸に叩き付ける。崩落していく骸から溢れ出る、圧倒的な光の乱舞。目をくらますことも、刺激することも無い、それでいて激しいまでの光量。
碧はそれを、飽く事無く眺め続けた。どれ程の時を経たか、やがて光が鎮まり、竜の骸も土塊へと還る。
そしてそれは、対決の瞬間。
「さあ、決着をつけようぜ、ニンギルス」
「ここで貴様は死ぬ。もう逃しはせんっ」
「(碧、ラハム、第九圏へ行け。キングとティアマトを解封してくれ。俺もコイツを倒し次第追う。そしてディーテと戦おう)」
「(はい、ラハム行くっス。ご武運を)」
「(碧は私が護る)」
「くたばれ、ニンギルス!」
「ここへ来るまで随分、亡者共を手懐けたじゃないか、手間取らせてくれたな」
「俺達に懐いた訳じゃねえよ。お前が嫌われてるだけだろ。いい加減、自覚しろよ」
「あんな家畜どもに、好かれたいなどとは思わんよ」
「嫌われ者って必ず相手を貶めるか、自分の方が嫌ってるとか言って誤魔化すよな」
「うるせー、バァカ、キサマも友達いねーだろ」
「図星刺されて、キャラ崩壊⁉」
遠退きながら聞こえる二人の超人の切な過ぎる会話を聞き流して、第九圏へと降りて行く碧とラハム。応雷とニンギルスの声が届かなくなるや響く、新たな爆音を背に先を急ぐ。
一瞬、碧は、あるいはラハムも同時に、この超越者同士の剣戟の正体を見届けたい誘惑に駆られるも、今しがたの低次元な会話を想い、その気を無くす。
やがてたどり着く第九圏コキュートス・第一円カイーナ。その大地は、広がる限りの一面すべて、氷で出来ていた。大地が氷に覆われているのでは無い。大地その物が全て氷その物なのだ。
「ただの水が凍った物では、無さそうっスね」
その凍土は果たしてどれ程の厚さ、深さがあるのか、見立ても立たない。ガラス以上の透明度で、果てしなく光を通しながら、底が見えない。
「碧、キングが封じられているのは、多分この氷の中………」
「げっ、マジっスか。どうすりゃいいんスかね」
「私には氷の中をすり抜けられる術がある。ただしその術は自分自身には掛けられない」
「私が行ってキングさんとやらの亡骸を叩き壊せればいいんスけど」
「碧の腕力じゃ、とても難しいと思う」
「その透り抜ける術で氷の中に潜った後、術を解いて実体化した場合、その場所の氷ってどうなるんスか」
「その実体の硬度に関わらず、その場の氷を押し退ける」
「ってことはっス、この巨大な氷の中でそれをやったら、この大地に亀裂が走ることも」
「うん、あり得る。でもその後、その実体は氷塊の重さの圧力で、押し潰される」
「でも、亀裂がキングさんの所まで届けば、ラハムのランスでこじ開けることも出来るっスね」
「碧。碧を使ってそんなマネは絶対させない。それをするくらいなら、真面目にランスで氷に穴を掘る」
「まあ、待つっス。私だってそんな死に方はしたくないっス。例えばこの氷の大地をえぐって、私と同じ大きさ位、もっとでっかくてもいいんスけど、そんな氷の欠片を削り出すとするっス。
その氷の欠片に氷を透り抜ける術を掛けて、キングさんの真上から氷塊の中を滑り降ろした後、術を解いて実体化させたら解決ってならないっスか」
「それは出来そう。うん、やってみる」
碧とラハムはしばらく進み、この地の半ば、つまりカイーナの中心辺りにたどり着く。その場で足下に目を凝らせば、遥か深くに古代巨人族と並ぶほど巨大な、魔神の姿を見ることが出来た。
比較対象になる目印や深さが不明なため、おおよその大きさしか分からないが、この地下世界に来てから恐らく最大の大きさを誇る個体であろう。
その形状は正しくこれこそ、異形の獣と言える。
ラハムはランスを氷の大地に突き立て、抉り、直径二メートル程の氷の欠片を取り出す。その欠片に向かいmeの光をかざしたところ、静かに氷の大地の中へと落ち沈んで行く。
やがて氷の欠片は、キングの頭上まで沈みきると、そこで止まる。そこでラハムの神性術が解かれるや、一発の轟音と共に、そこを境に大地に亀裂が走る。
しかし亀裂は地表までは達しなかった。
「もう二、三回、繰り返せば、届きそうっスね」
結局、氷の大きさと落下点の深さを変えて、四度繰り返したところで、ラハムが渾身の力を揮い、ランスを亀裂に突き入れ、その衝撃波によりキングの亡骸を破壊、meを解封した。
「次で、封じられている仲間は全員救い出せるっスか」
「うん、急ごう、碧。オウライとニンギルスの決着を見届けたいから」
「そうっスね、そこまで行ったら一度、応雷のとこまで戻るっス」
明日も投稿します。よろしくお願いします。