第二十七話 黄泉路の奥底で5
心象を表すように、よどみの無い足取りで堤下の大地に降り立つ応雷。
ネルガルと同じく、槍を構えて立つエラ。戦闘態勢もネルガルと同じく、一撃を以て勝負を決する必殺必死の形勢。
だが条件はあの時とは違っていた。既に応雷のmeはエラと同等の域に届いている。それでも応雷には以前と同じく、相討ちの覚悟が見て取れた。
応雷にとってその覚悟は、闘う上で当然のように覚悟すべき構えなのだろう。そしてエラの方も、ネルガル戦とこれもまた同じく、完全なる勝利を目指した構え。
だがそれは、敵に対して高位の実力があってこその構えだ。
応雷がもはや、並ぶ実力を備えた今においては、相討ちの構えの方が実現性が高く、完全勝利を目指したエラの方が無理を押している。
その条件により、エラより優位に立ったと確信した応雷は、場の気が高まり張り詰めたその瞬間、二挺の戦斧を振り上げた姿勢でエラに迫る。
しかし次の瞬間エラは、右手の槍を応雷に向け水平に構えつつ、左手で足下に倒れ伏していた切り刻まれた亡者の首に手を掛ける。
その意図は明白だった。
「人質かっ」
応雷が手向かえば、エラは亡者の首を握り千切るだろう。すでにエラの槍の間合いに足を踏み出していながらに、応雷は突進を諦め、立ち止まる。
醜い微笑を浮かべながら、エラは槍を応雷の肩口目指し、腕を断ち斬る狙いで突き出そうとする。
「今っス! ラハム。アイツの足を突き斬るっス」
堤を飛び出し、大重量のランスをかざしながら爆発的な瞬発力で、応雷を飛び越えエラに肉薄し、巨大な刺突兵器をエラの大腿部へと突き立て、そのまま突き裂く。
「碧っ、何考えてやがるっ。人質の亡者が!」
いや、エラは人質の首を引き千切ろうとはせず手放し、片足で地を蹴り、間合いを取った。
「なぜ、どういうことだよ。碧」
「無意味だからっスよ。この地の呪いは、どれだけ引き裂かれても、どんな怪我を負っても死なない呪いっス」
『貴様っ』
「切り刻まれても死なない亡者たちを見ていて、もしかしたらって思ってたっスけど、エラが致命傷になる応雷の胴部を狙わないで、腕を断ち斬って戦力を削ごうとしたんで、確信出来たっス」
「それならすでに傷が致命傷に達している亡者は、呪いが解けると同時に不死の効力を失って――――」
『そうだ、死に至る。ふっ、だが貴様らにこの地獄の呪いを解くことなど出来んよ。我ら神々ですらヤツからこの地の覇権を奪う事は敵わぬのだからな。況や貴様らをやでは、立ち向かうだけ無駄だ』
「負け犬だな、お前。諦めと無力感の腹いせに、亡者を虐げていたわけか」
『貴様らに何が分かるっ。幾十億年に及ぶ永劫の時を生き続ける我らの、生き続けるが故の苦痛が、甦っては一瞬の間に滅び去る貴様らに、分かるはずが無いのだ』
「俺は死ぬことを恐れて、永遠に生き続けることを欲して、天命に抗う訳じゃねえよ。俺は繰り返し甦らされることから解放されるため、永遠の眠り、生命達と同じ完全な死を求めてお前達、神々に挑むんだ」
陽の光に焦がれる、夜に咲く花の様な風情で、自身の夢を淡々と説く応雷。
「そこにいる碧と同じように齢を重ね、ともに老いてともに朽ちる、そんな風に限られた時間を、精一杯生きて行きたいだけだ。生からも死からも怯えて生きるお前達こそ、俺が分からないんじゃないのか」
『黙れーーーえッ。ウシュムガル、キサマ如きが俺を見下すななあ!』
「その足じゃあ、もう満足に亡者を虐げることも出来ないだろ。見逃してやるから、これからはおとなしくしてろよ」
『黙れっ黙れっ黙れぇっ」
「応雷、もういいっス。周りを見てみるっス」
碧に言われて周囲を見回す応雷とラハム。二人にも碧の言わんとするところが、すぐに理解できた。生きながらに心を失っていた亡者たちの顔色に、微かな生気が蘇えっていた。
片足を失ったエラの姿を見る亡者たちの目に浮かぶのは、怒りでも憎しみでも報復の喜びでも無く、憐れみと蔑みの色だった。
目の届く範囲内の、すべての亡者の眼差しが、その色を浮かべていた。
『あ~~~っがァ~~~』
奇声を放つエラの悲鳴は、心が折れる音であろうか。直ぐ先程までの亡者たちと同じ、生きながらに死んだ姿となって倒れ伏すエラ。彼に背を向け、応雷とラハムは堤の上へと跳び上がる。
「堤を下りて呪いを受けたら、もう再び堤の上には登れないのかも、って心配だったんスけど」
「ここにはそう言うルールは無かったんだな。試してみるまで分からなかったが」
「亡者が登ってこないのは、呪いが解けたら不死で無くなるから?」
「そうみたいっスね」
一旦、振り返り、エラと亡者を見比べた応雷は、再び前方を見据えたあと、二度と視線を逸らすことなく先へ進む。碧とラハムもそれに倣い、堤の上を行く。
第九嚢の果てに至り、ムシュフシュの亡骸を見つけた。
「ムシュフシュは敵だったっスけど、状況が変わった今では、どうなるか分からないっスね」
「また天命に従えとか言って来るかもな」
「結論は応雷とラハムに任せるっス。共に暮らした仲間っスから」
「碧ももう部外者じゃない」
「私もそのつもりっスけど、やっぱり二人の方が理解が深いっスよ」
「うん。今ならムシュフシュも説得に応じると思う」
「まあ、そもそも敵か味方かなんて関係ねえよな。この地獄から皆を解き放つ、その為に俺たちはここにいるんだからな」
かくして蠍尾炎竜ムシュフシュもまた解封され、応雷達はこの地から去った。
「結局、あのエラって人、何しに出て来たんスかね。応雷のmeが互角、それを上回るラハムまでいるのに、なんで私たちの前にやって来たのかっス」
「たぶん、アイツももう色々限界だったんだろ。不変たる神が、変革を欲したんだ。その糸口として俺たちの存在を知りケンカを吹っ掛けた。その結果が自己破滅だったってとこか」
「地獄の呪いをすべて解いたら、あの地の亡者たち、ほとんどが命を失うんスね」
「偽善を排して言わせてもらうが、それはしょうがない」
「偽善だとしても、私はそこまで割り切れないっス」
「碧はそれでいいと思うぜ。俺たちの意見が必ず一致しなければならないなんてこと、ねえもんな。俺たちが一緒にいて楽しいのも、異なる存在同士だからじゃねえの」
「オウライ、碧、私もいる」
「ウィッス」
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