第二十六話 黄泉路の奥底で4
「分かった、話しを聞こう。誤解って何だ」
『あの時、逃げだしたアンタを追跡に出た時、俺は神の言いなりになって天命に従わせようとアンタを捕らえに行った訳じゃ無い。そんな理由だったらそりゃ、殺されても文句は言えねえとこだしな。
俺はあの時アンタに、俺達みんなの下で神々に逆らい、天命を覆す為に協力し合おう、だから今は神の手元とは言え、皆の下にとどまるよう、言いに行ったんだ。俺はムシュフシュとは考え方が違ったんだが、誤解されてアンタに殺されちまった訳だ』
「悪いがそれ、誤解してなかったぜ、俺」
『は?』
「お前が神の言いなりになるようなヤツじゃ無いのは分かってたし、何か企てようと皆の中にとどまるよう、言いに来てたのは知ってた。ただそれでも俺は、もうお前たちの仲間では、いたくなかったんだ」
『ど、どういうこと?』
「今では俺が間違ってたと反省もしてるんだが、あの時点ではもう、俺はお前らの仲間でいるのが苦痛だったんだ。
お前達は何が楽しくて生きているんだか、理解できなくてな。俺は一人で自分の幸福を求めたくなったんだ。一人で生きて行きたくなったんだ。あの時、お前が俺を説得しようとした瞬間に、必殺の一撃を打ち込んだのは、そういう理由だ」
『ひっで~話だな、そりゃ。反省したって、今は違う考えなのか』
「ああ、今はもう一度、お前等とやり直したい。お前達にも、人間の社会で生きて行く人生を分かってもらいたい」
『人間の社会? それこそが天命遂行の最大の由来なのにか。天命を覆すなら人類社会は敵じゃ無いのか』
「そんなことないっス。人間だって神の言いなりになる気は無いっス。少なくとも私はそうっス」
ウリディンムの背中にまたがったままの碧。ラハムはとっくに降りている
「納得はしてくれるかな。ウリディンム」
『まあ、大体は』
「じゃあ、お前はひとまず先に地上世界へ行って、meを取り戻す魔神達をまとめて置いてくれ。知っていると思うがニンギルスがこっちに向かって来ている。meを探られないようにしてヤツとはすれ違ってくれ。俺たちはこのまま地獄の底を目指して、あの野郎と対決する」
『あの野郎って………、まさかアレとかっ!』
「ああ。ここにはまだ、いろいろと因縁がありそうなんだ。しばらくは戻れない」
『しばらくどころか、永遠に戻れなくなりかねないぜ』
「そうなんだけどな。この碧ってのと一緒だと、なんとかなりそうな気がするんだよな」
「どもっス」
「俺がmeを取り戻すまでは、ラハムに守ってもらえるし、そこから先は強さを取り戻した俺もいる。何とかなるさ」
『しっかたねえな、それと俺をぶっ殺してくれた件は、そういう事なら貸しだからな』
「ああ、じゃあな」
かくして応雷、碧、ラハムの三人は、ウリディンムと別れ、次の第八嚢へと進む。
第八圏・第八嚢
この地もまた、堤の上を行く。
ここでは、堤の下に広がる大地に異変は無い異変はそこに住まう、亡者たち自身の身の内にあった。
亡者たちは全身から、いや、その体内から炎を噴き上げていた。
炎は、亡者たちの皮膚にも肉にも決して損傷を加える事無く、内側も外側も問わず、あまねく総身の神経に、焼き付く熱感を突き刺している。
幾百年、幾千年、幾万年とこの責め苦に溺れ続けてきた亡者たちは、もはや苦痛を示すあらゆる表現を為さなくなっていた。
焼かれることを熱いと、痛みを苦しいと、訴える事も、のたうつ事すらも閉ざして、ただじっと炎の呪いに耐えている。
「第七圏・第三円の炎熱地獄が、ここでも繰り返されるんスか」
「黙って見守るしかないか………」
(何故だろう、何故こんなに辛いんだろう。碧に会う前なら、この者達を見ても何とも思わなかったはず。オウライは碧と会う前からこんな気持ちになったのかも知れない。だから私はオウライだけ、特別な者だと思っていた。
ムシュフシュは、天命は人間の為だと言いながら、人間の心配なんかしてなかった。他の皆もそう。私もそうだったはずなのに、碧に会ってから、私も変わってしまった)
(む、ラハムのあの表情。王道少年漫画のヒロインの様な心境に陥ってるっスね。その座は譲れないっスよ)
(む、碧のあの表情。せっかくの雰囲気、ぶち壊すようなこと考えてやがるな。その座は譲れねえよ)
(オウライと碧は本当にいいひと)
艶やかな光沢が波打つ黄金色の体毛を具えた、巨大かつ雄々しき獅子の亡骸。
巨大な獅子・ウガルルム、解封。
第八圏・第九嚢。
応雷、碧、ラハムの前に、またしても凄惨な光景が広がっていた。
手や足、削ぎ落された体の一部、切り刻まれた亡者たちの四肢。そして辛うじて命を留める、亡者の本体。
「どういう事っスか、これ………」
「どういう事かって、この通りのことだろ。死なないギリギリまで、亡者を切り裂いている野郎がいるんだろ」
「人間の常識だったらこれ、確実に致命傷っス」
「さすが、ここまで来ると亡者の方も伊達じゃないんだろうな」
「そんな亡者を一方的に切り裂くほどのヤツ。オウライ、碧も気をつけて」
三人とも余りの惨さに亡者への同情を、思わず忘れた。亡者たちの方も、目が虚ろだ。生きて活動するという意志が完全に消失している。
生きながらに、心が死んでいる。
まるで命を持たないただのモノと化したような亡者に、憐れみという感情を喚起されないのだ。
反対に、亡者たちにこの仕打ちを施したその相手に対しては、沸々と怒りの感情がこみ上がって来た。
それでも碧は、始めは怒りの感情であるにせよ、一旦、情動の働きが起こればそれは、亡者たちの境遇を救いたいという、情けの念へとつながる。
そんな碧の目を見て応雷もようやく、らしさを取り戻す。
「この現象はまだ終わっていない。そいつはまだこれ以上、この亡者たちを斬り苛み続ける。そして最後には、亡者たちの命を絶つだろうな。今ここでそれを止めさせなけりゃならねえ」
「オウライ、そいつは私がやる。まかせて」
「二つ、meを捉えた。一つはムシュフシュの亡骸、この堤を真っ直ぐ行った先だ。もう一つは変質したme。こいつが多分、元凶の悪鬼だ」
「この堤の下に、どんな呪いが施されているか分からない。降りて悪鬼の下に行くのは危険」
「だからって素通りって訳にはいかねえだろ。いや、向こうからこっちに近づいて来ている。好都合だ」
やがて堤の下に姿を現したのは――――
(あれは………、ネルガルさんっスか)
「エラっ! お前がこの亡者たちを切り刻んだのか」
(エラ? でもあれ、ネルガルさんと全く同じ容姿っスよ。でも左手が繋がってるっス?)
「(ラハム、どういう事っスか)」
「(ネルガルとエラは全く同じ姿をしている。神性質も同じでmeも区別がつかない。二人がどういう関係か、私も知らない)」
『どうだっていい事さ。この連中を切り刻むのにも厭きて来たしな。次はウシュムガル、お前を切り裂かせてもらえるのか』
(同じ容姿でも完全に別人っスね。特にあの腐った目つきは)
「待ってろ。ラハム、やはりこいつは俺が倒す」
「応雷、一まず待つっス。堤を下りて行ったら、どんな呪いが罹るか、分からないっスよ」
「こういう時、後先省みる奴は好漢じゃねえ」
「この気難しい単細胞が、応雷の魅力っスか。いいよ、行ってくるっス」
「(ラハム、いつでもフォローの用意を)」
「(分かった。碧には何か考えがある)」
「(ウィッス)」
あと六話くらいで地獄編、終わります。その後も続きます。よろしくお願いします。




