第二十二話 黄泉路下り8
第七圏・第三円、そこは灼熱の砂漠だった。
それは地上世界にも見えるような、炎天下の熱砂と言うにとどまらない。炎の雨の降り注ぐ、まさに炎熱地獄と言うに足る地である。
生身の人間に過ぎない碧では、この地に足を踏み入れることは、免れ得ぬ死に直面することを意味していただろう。
だがこの地にも、唯一の活路があった。
砂漠の中にただ一つ、清浄な水からなる細流が真っ直ぐに伸びていた。そのわずかな水路の上をたどって進む限り、地獄の火炎を逃れることが敵うようだ。
「こんな所にも、亡者たちがいるんスね」
周囲には確かに、亡者・悪霊・異能の輩・古の世の魔神たちの姿があった。しかし彼らは、火刑の軛から逃れることが敵わないらしい。
そしてこの地に住まう彼等には、ここに来る以前の如何なる地獄で見た亡者、悪霊たちより、強大な力を具えていることが碧にも分かる。
「こっちに襲い掛かってこないっスか」
「この水には近づけないみたいだな。それと、今の俺ならアイツ等から碧を護れる」
「その時はあんまりあの子達を、ひどい目に合わせないようにして欲しいっス。応雷にばかり負担掛けて悪いっスけど」
「いや、むしろ、そう言ってくれないとな。やっと持ち直したな。第二円のこと、ずっと引きずっているみたいだったが」
「進むことで助け出せるなら、ためらわず進むだけっス」
二人は迷いなく、炎熱地獄を踏破した。
第七圏の果て。
そこは再び断崖だった。二人が通り道に使った細流とは別の場所から、滝の音が轟いている。
「今度の崖は、歩いて降りれそうに無いっスね」
「この下に何かいるな。離れろっ、来るぞ」
崖下の薄暗闇の中から、巨大かつ奇怪な怪物が、応雷と碧めがけ飛行して来る。その姿は、高貴な人間の顔・蛇の体・蠍の尾からなる、三位一体の怪物だった。
『俺はお前を知っているぞ、ウシュムガル』
「俺は知らないけどな。誰だ、お前」
『お前をこの崖から突き落としたとて、傷一つ負うまい。だがそっちの地上の精霊のようなヤツ。お前はこの先までたどり着くに値するか、ここで試してみるか』
「割に合わない計算っスよ、それ」
『なに』
「ここまでたどり着くのにも相応しくない私の命と引き換えに、応雷の怒りを買って貴方が殺されたんじゃ、そっちの大損っスよ。黙って私たちを運んでくれれば、お互い損は無しで事なきを得るっス」
『そうは行かんよ。ニンギルスがここに迫っている。黙っているだけならともかく、運んでやる世話までは出来んな』
「ニンギルスは、ここで私たちに追い着かなくてはならないんス。貴方にかまっている暇は無いっス。その後は、私達が勝つか、ニンギルスが勝つか、貴方の見込み次第っス。でもここで私たちを通さないって言うなら、応雷、無事には済まさないっスよね」
(飛行能力があっても、応雷の斧を操る技なら、撃ち落とせるっス)
『ふむ、勝手な計算だが、間違ってはいない。ふん、運んでやろう』
応雷と碧は、怪物の背に乗り、崖下まで運んでもらう。途中で怪物が悪気を起こし、蠍の尾を使わないかと警戒しながらの移動だ。
怪物は大きく旋回しながら、下降して行く。
崖の中腹で、轟轟たる大瀑布を見た。真っ赤な血の色からなる瀑布で、恐らく第七圏・第一円のフレジェタントの流れと思われる。
怪物は、二人を奈落の底に降ろすと、どこへともなく飛んで行き、姿を消した。
今回、構成の都合で少ないです。申し訳ありません。明日、次話、頑張ります。