第二十一話 黄泉路下り7
やがて、崖の麓の平地が見える辺りまで、到達する。
残りわずかな行程となった崖の途上から、下方に広がる大地を見渡すと、陸地部分はわずかに麓の先まで残るばかりで、その先の大部分は煮えたぎる血の河が占めている。
陸地をうかがうと、獣とも人ともつかない不思議な形態をした者達が、駆け回っていた。その者達も、崖から降って来る応雷と碧、および亡者の一団に気がついたようだ。
碧は応雷に、彼らは何者と尋ねようかとも思ったが、いずれ降りて行けば分かるとも思い、敢えて尋ねなかった。
何より応雷が、彼らを懐かしそうに、信頼する旧友か何かにでも出会ったかの様に、頼もしいような笑みを浮かべていたので、わざわざ尋ねる気が削がれたのだ。
その、地を駆けまわる者達の、顔が見分けられるほどに近づいた辺りで、応雷が声を掛ける。
「ケイローン、俺が分かるか」
『まさか、ウシュムガルか! 久しいな』
彼らは、碧も知識としてだけは知っている種族だった。半人半馬の幻獣、ケンタウロス。
『君がここに来たという事は、本気で神々に抗う決意に至ったのだな』
「ああ。今もニンギルスが地上世界から俺を追って、すぐ近くにまで迫っていやがる」
『我が一族は、神々との争いの矢面には立てない。すまん』
「いや、いいさ。なるべく無関係な者は巻き込みたくねえしな」
『では、彼らは?』
「俺の相棒が責任取るって言うんで、連れて来た」
「えっ、私っスか」
『おお、地上の精霊か』
「いえ、ただの人間っス。ケイローンさんっスね。よろしくっス」
『この先にある煮えたぎる血の河、フレジェトンタを渡るには、我らが背負い行くしかない。それぐらいは助力しよう。我が一族の者より多い故、何度か行き交うことになるが』
「馬の背中に乗せてもらえるんスか! やったっス!」
「嬉しいのかよ」
「そりゃそうっスよ。じゃあ、あの亡者達に大人しく乗せてもらっておくように言ってくるっス」
かくして応雷達一行は、フレジェトンタを無事に渡る。ケンタウロスの背から運ばれる間、終始、碧はご機嫌好さげだ。
煮えたぎる血の河は、まさにこの先の禍々しさを告げる血の池地獄といった有り様だった。
「ここが第七圏の第一円、第七圏は三つの円からなるその一歩目だ。ケイローン、この先がどうなっているか分かるか」
応雷を背負う一族の長ケイローン。
『君同様、第二円・第三円、第八圏、第九圏が現在どのような様相になっているか、我らも知る術は無い。だが第九圏に封じられているあの方を解放できれば、あるいは神々に打ち勝つことが敵うかも知れん』
「意外にもここまでは、それほど厳しい困難には遭わなかったな。むしろいよいよこれからって気分だ」
「言われてみたら、そうっスね。これからっスか」
全員が渡り終えるのを待って、応雷と碧は、第二円へと歩みを進めた。
応雷と碧、亡者の一団は、ケンタウロスに別れを告げ、第七圏・第二円を行く。
景色は、鬱蒼とした毒々しい森の中となる。豊かな清浄な緑などでは無く、陰鬱で暗く陰った薄気味の悪い森だった。
敵意を懐く鳥の攻撃的な威嚇とも、女性の悲鳴ともとれる、神経に触る鳴き声が、木々のざわめきに混じりつつ響く。
獣道すら見当たらない、明らかに人跡未踏の森の中を、応雷、碧が先頭に立って、亡者の集団を率いて行く。
「いやな密林っスね。どこまでこれが続くんスか」
「俺もここは知らない。この第二円以降は、俺も来たことが無い」
「じゃあ、応雷の封印されている強さっていうのは」
「初めて俺が誕生し、倒された時の亡骸だ。その骸に今も失われている俺の真のmeが封じられているはず。そいつは恐らくこの先のどこか、第八圏か第九圏に在る。他の十一体の異形の魔神の亡骸も一緒にな。
そいつがそこに持ち込まれた時、俺は既に息絶え、意識は無かった。ただそこに在るというmeの波動だけは感じ取れるんだ」
「じゃあ、そこに行けばラハムの強さも取り戻せるかもっスね」
「その可能性もある。早く助け出してやらねえとな」
(初めて殺された時の遺体はそこまで運ばれ、以降一万年おきに地上で復活させられてきた際に、ケンタウロス達の所までは来たことがあるってことっスか。天命の為にもう、何万回も復活させられてはまた殺されているって話だったっスね。応雷、つらかっただろうな)
やがて異変が起こり出す。
亡者の一団の中から、立ち止まり、動けなくなる者達が出始めた。苦痛は無いようだが、足の先から動かせなくなり、手先や首、表情まで強張り始める。
「どうしたんスか、何が起こってるんスか」
「神々の呪いか、あるいは………。アイツの術かっ」
異変はむしろそこから始まった。亡者たちの体が木質化し始めたのだ。表面の皮膚だけでなく内部に至るも、周囲に生える奇怪な木々と同質化しているようだった。
「なんでっ、こんな。応雷、助けられないっスか!」
全身が木質化した亡者は、ついに姿形までも変形しはじめ、完全な樹木に変わる。恐怖に駆られるも、逃げ出すことも抵抗することも出来ず、次々と姿を変えていく亡者たち。
応雷と碧だけが取り残される。
「急いでこの森を離れよう」
「この人たちを見捨てて行くっスか!」
「この呪いを仕組んだヤツが、この地獄の最後に待ち受けている。そいつを倒せばきっと」
「きっとっスね、きっと絶対助けるっス」
応雷と碧は、また二人だけになり、森を離れた。
明日も投稿します。よろしくお願いします。