第二十話 黄泉路下り6
歓迎の声に包まれながら、城内のディーテ市へ乗り込む応雷と碧。
そこは獣の如き姿に堕ちた、悪霊・亡者・異能者、そしてこの地に追放された神人、太古の魔神たちの住まう、焼き尽くされた灰都。
墓とも住居とも見分けのつかぬ、荒廃した墓地の様な街並みの広がる、嘆きの都市だった。
「応雷、これはホントにさっきの演説内容、実行しなければならないっスよ」
「俺、そんな心得、無いぞ」
「植林と農耕、その為の地質改良と治水。これだけ人手が余っていれば、不可能ではないっス。あとはそれを実現できる学者と指導者。この地獄にそういう人を招ける金目の物は無いっスか」
「実は地獄の界隈って、どこ掘っても金銀宝石が湧いて出る、欲望の地だったんだが、最近はそういう話、聞かなくなったな(時間経過一万年単位)」
「在るとこには有るんスね。この人達見てると、本気で何とかしてあげたくなるっス」
(今まで俺にしてくれていた様にか。俺と同じで襲い掛かって来る敵だとなれば、容赦も慈悲も無いが、敵意を向けて来ない相手には親切にしてやれるんだよな、碧って)
相手の態度次第で、自分たちの態度も合わせる、相互主義というやつだ。応雷と碧がディーテ市内を進んでいくと、後ろからゾロゾロと彼らがついて来た。
一見して野性の獣の様な風袋だが、彼らのその目には、ハッキリと知性と人格が具わっている事がうかがえる。
市内を通り過ぎ、城外へ抜け出ても、彼等、地獄に住まう者達は応雷と碧の後ろについて来る。碧は少し彼の者達を気に留めたが、応雷は顧みる事無く歩み続ける。
荒廃した大地に真っ直ぐに引かれた小径の上で、碧は彼らの為にこの風景を豊かな緑野へと変える方法について模索する。
(やり方次第では、地上世界にも影響が出るっス。いい影響を及ぼすなら、天命の遂行なんかより、大きな繁栄をもたらすんじゃないっスか)
「碧、俺達の目的は第一に、ラハムを救い出すための強さを得ること。第二に俺たちがずっと一緒にいられるために、天命を覆すってことだろ。それ以上手を広げない方がいいと思う」
「それ、応雷からの初めての告白っスよ。そうっスね、その二つの目的に彼らの協力があったらどうっスか」
「それはアイツらの目的じゃない。俺たちの理由に巻き込んで、アイツらの中から犠牲者を出すのは、止した方がいいだろ」
「うん、そうっスね」
応雷の意見に納得はしたが、結局二人とも、この亡者たちの追随を拒まなかった。やがて小径は、荒れ果てた巨石の並ぶ崖によって遮られる。
「この崖の下からが、下部地獄、第七圏暴力者の檻。いよいよ本当の魔界だ」
「この崖を降って行くんスか」
「ああ。だがこの崖の途中には、ミノタウロスが棲みついていたはずだ。あの亡者たちを連れて行けば、理性を持たないミノタウロスが、何もしないで見過ごすかどうか」
「応雷が先に倒しておく訳にはいかないんスか」
「碧、ミノタウロスについて、どこまで知っている?」
「ギリシャ神話に出て来て、頭が牛で体が人間。迷宮に棲んでいて、どこかの英雄に倒された。それくらいしか知らないっス」
「意外と知らないんだな。ミノタウロスはミノスの子だ。血の繋がりこそ無いんだが、無闇に傷つけたくない」
「そうだったんスね。じゃあ応雷がミノタウロスさんを防いでいる間に、あの亡者さん達に通過してもらえばいいんス。今の応雷って、それくらい出来るっスよね」
「本当に連れて行く気か。それをすればもう、責任を負うことになるぞ」
「あの人たちも、覚悟も無しに着いて来ているはず無いっス。責任はフィフティ=フィフティっスよ。あの人達が、命と引き換えにしてもいい希望を私達に見出したって、目を見れば分かるっス。行き先が地獄の底でも、連れて行ってあげたいっス」
(そうやって俺も碧に救われたんだったな。次は俺が果たす番か)
「分かった。ミノタウロスは俺が食い止める。あの連中の誘導は碧に頼む」
「ウィッス、引き受けまっス」
一団は応雷と碧を先頭に、崖を降っていく。瓦礫に足を取られつつ、落石を起こさないよう慎重に進む。
やはり短時間、ゆっくりと歩んだだけで、地上世界ではありえない距離を踏破できる。崖の中腹に差し掛かった頃、獣の遠吠えが彼方から響く。
あるいはそれは、牛の咆哮であったかもしれないが、牛の鳴き声など聞いたことの無い碧には、分かるはずがない。
猛り立つ気配を響かせながら、その気配の主はこの一団に近づいてくる。
碧の知る範囲では、ミノタウロスという神話の怪物は、生身の人間によって倒されている。この地が死者の世界ではないにせよ、人間に敗れたことがあるのは確かだろう。
この一団の悪霊・亡者の中には、ミノタウロスより強い者もいることだろう。要は理性を失い凶暴化したその怪物に、自滅の道を塞いでやるのだ。
碧はそう思っていたが、実際に姿を現したその怪物は、自分に続く亡者たちの誰よりも、巨大な体躯を具えていた。
応雷の頭ぐらい、握り潰せそうな迫力である。
だがその牛頭人身の怪物に臨んだ一団の、ある意味では同族である悪霊亡者、異能者魔神たちも怯みも臆しもせず、威嚇の気配で応じる。
ミノタウロスとの巨体差など、まずもってこの一団の頭数の前では問題にならない。
碧は大雑把なところ、この一団をざっと千人と根拠もなく見積もっていたが、実数、それを遥かに上回っていた。組織化すればちょっとした戦争が出来そうである。
ミノタウロスも一瞬、わずかに怯んだ。それを逃さず捉えた碧は、この怪物も一緒に連れて行けないかと思う。
それを逃さず捉えた応雷は、すかさず戦斧を大地に叩き付け威嚇する。
「応雷、この子も一緒に連れて」
「ダメだ。理性を持たないコイツ自身が、哀れになるだけだ」
「そうっスか………。うん、そうっスね………。私の自己満足で、傷つくのはこの子自身っスもんね」
結局、雄牛の怪物は、手出しする事無くこの一団を見送った。
明日、次話、投稿します。時獄編はあと十二話くらい続きます。よろしくお願いします。