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ウシュムガル伝  作者: 雨白 滝春
第一章
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第十三話 ケイソツは力なり3

(何で逃げないんスか。応雷が逃げようとしないと、ラハムが助けに入るタイミングが)


 ニンギルスは、わざと応雷に戦斧を打ち込ませ、それを無造作に、払い、いなす。応雷に完全な敗北感、絶望を植え付けようと。


 それでも応雷はあきらめを見せない。それを見せればこの勝負は終わり、決着がついてしまう。


 この勝負を長引かせる為に、応雷は食い下がっている。碧にはこの一方的な闘いが、そう見えた。恐らく、当事者であるニンギルスは気づいていない。


応雷が食い下がるのを、ブザマだと侮っているからだ。応雷が諦めた時、絶望し、敗北に打ちのめされるその姿を見届けるまで、応雷の抵抗につき合うつもりだろう。


(そういうことっスか。どうせラハムが加わっても逃げ切れないから、今の内に私にラハムを連れて逃げろ、その為の時間稼ぎっスか)


 今さら逆転の策など、ひらめかない。ニンギルスが、応雷の手足を斬り落として連れ帰る、と言うのも脅しやハッタリではあるまい。


 急いで騒ぎを起こし、人の目を引き付けて逃れるという策も、衆目が集まる前に応雷がとどめを刺されかねない。


 完全な失策だった。


(私の責任っス。私が本気じゃ無かったから。私が本気で応雷とラハムの話を信じなかったから。私が真剣に二人の命が懸かってるって、思って無かったから。どこかあまく見積もってたからっス)


 だが、碧はこの期に及んでもまだ、考えがあまかった。今すぐ結論を出さなければ、ならなかったのだ。


「ラハム! 来るな、逃げろ」


 必死で足掻く応雷の元へ、ついにラハムが駆けつけてしまった。


 ラハムが手にする得物は、大重量の巨大な円錐形の鎗・ランス。馬上から敵を突くための物のはずだが、ラハムの手にあるそれは、本来の物よりはるかに太く巨大だ。


 先端まで十メートル以上はある。


 恐らくは、突くのではなく、その重量をもって敵を薙ぎ払うのだろう。ラハムは片手でそのランスを水平に構えながら、ニンギルスに向かって突き進む。


(こうなったら、やるしかねえ)


(何があっても、オウライと碧を逃げ延びさせる)


 互いの思惑は食い違っている。だがラハムにとって応雷の思惑は、想定内の判断だった。


「ふん」


 ニンギルスは、突き出されたランスの先端を造作もなく握り締め、ラハムの突進を食い止める。ランスは刺突武器であり、刃の無い槍だ。こうなれば攻撃方法を封じられたかに見える。


 しかし、


 しかしこれで、ニンギルスの片手もまた封じられた。すかさず応雷は、一方の斧を上空に向けて投擲し、もう一方の斧でニンギルスに斬りこむ。


 さすがにこの形勢は分が悪いと判断したか、ラハムのランスを突き放し、応雷の斬りこみもバックステップで逃れ、上空から落雷の様な勢いで打ち下ろされる戦斧を、何物かで払いのける。


 そのニンギルスの手には、棍棒が握られていた。


「我が戦棍シャルウルを引き出すとはな。おかげで予定より早く決着がつきそうだ」


 再び二挺斧を振りかざし、ニンギルスにラッシュの打ち込みを繰り出す応雷。今度はそれを戦棍シャルウルによって撃ち返すニンギルス。


 その応雷の作り出した一瞬の足止め、隙を突き、ラハムが再度突進を試みる。ニンギルスも今度はつかもうとはせず、応雷のラッシュの間隙に、戦棍でいなそうとするも、


「なに!」


 今度の突撃は、パワー・スピード共に最初の一撃の比では無かった。一度目の攻撃は油断を誘う為、わざと威力を控えていたのだ。


 そして本命の二撃目。


 目測を誤ったニンギルスのシャルウルは逆にランスに弾かれる。その瞬間を逃さなかったのは、ラハムだけではない。


 応雷の全身から、まばゆい光輝が発せられる。応雷が発揮する、可視化し得るまでに高まったmeが、身体力強化に注がれる。


 二挺の戦斧をニンギルスの左右の肩目掛け、袈裟斬に振り下ろす。さらに背後からは、三度みたび、ラハムの突進。


 だが、ニンギルスのmeはそれすらも凌いだ。


 まさしく天候すらも支配し得るそのmeを、間に合う限りの勢いで、身体力強化につぎ込んだニンギルス。


 水平に構えたシャルウルを、上体ごと百八十度旋回させる。それは敵対する者にとって、悪夢のような破壊力だった。


 ニンギルスの一閃により、大気が爆散する。この間、応雷も、そしてニンギルス自身もすぐには現状に対応出来ない。


 しかし、ラハムは違った。


 シャルウルの旋回により放たれた破壊力のほとんどを、そのランスと体で受け止め、応雷をかばったのだ。


「碧と一緒に逃げてっ、オウライ」


 応雷は迷わなかった。


 この場にとどまりラハムに手を差し伸べようとする心情に背き、応雷の数万回にも及ぶ神々との戦闘経験が、即座に逃走することを強行させた。


 当然、みすみすそれを許すニンギルスでは無い。


「ここまで来て、今さらその醜態か!」


 だが、それでもまだラハムがニンギルスの前に立ちはだかる。


 あるいは、碧と出会う前の応雷だったら、ここでラハムを見捨てる様な真似はしなかったろうか。応雷と神々の戦いは、すでに応雷一人の問題では無かった。


 応雷の内側には、ある一つの芽が、まだとても小さな芽だが、一つの志という大樹の苗が芽生えていた。


 それは、人類を神々から解放させるという苗、神々の意のままに人類の命運を操らせはしない、という意志だ。


 その意志は、応雷の戦いをこの場で潰えさせる訳には行かない、逃げろと命じた。応雷自身の体は、この場から逃れるべく走り出したその足は、この意志からの命令に逆らわなかった。


「碧っ」


「応雷っ、何が起こってるんスか⁉」


 公園内一帯は、今のニンギルスの一撃により、凄惨な光景になっていた。


 公園を囲むように植え込まれていた木々は、跡形もなく爆砕され、大量の土砂共々、空気中に巻き上げられ、視界をさえぎっている。


 依然その中では、応雷を追おうとするニンギルスを、ラハムが身をていして食い止めている。


 今のラハムの果たしている役割を、なぜ自分が担わなかったのか、激しい後悔の念が、応雷をさいなむ。


 だが、その念すら省みる事無く、碧を抱え上げこの場から走り去る応雷。残されたmeをその逃走に使い果たすべく駆け抜けた。

次の投稿も明後日になります。よろしくお願いします。

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