第十二話 ケイソツは力なり2
会議は踊る。
「そのニンギルスって神様、ふだん何してるんスか」
(まさか、サラリーマンの格好だけして、タワービルの中をフラフラしてるとも思えないんスけど)
「喰って、寝て、働く」
「は?」
「だから、普通の会社に就職して、働いて、生活費稼いで、家帰ったあと飯作って食って、寝て、起きて、また会社行く」
「神様が就職できるんスか!」
「ヤツラなら経歴詐称するくらい余裕だろう。始めから金を持ってるからな」
(じゃあ、何のために働くんスか)
危うく声に出す前に止まった。応雷だって働いた方がいいには違いない。
「ってことはっス。ニンギルスは生活習慣上、一定の時刻にタワービルから出て来て、単独行動をとる訳っスね」
「相手が出て来るのを待たなくても、俺とラハムのmeを読み取れば、出て来るんじゃねえの」
「それじゃ向こうのペースっス。こっちから不意を突く形を取れば、主導権を握れるっス」
「それは分かるけど、相手の行動範囲内で不意を衝くより、俺たちのフィールドに誘き出す方が、先手は取られても行く行くは有利に運べるんじゃないか」
「もともと、応雷とラハムの二人掛かりで闘っても、勝ち目は薄いって話っスよね。だからこれ以上不利になる前に、いっそ仕掛けるかって言う」
「ああ、どこまで作戦練って下準備しても、最初からその条件は変わらない」
「向こうとこっちで共通の条件は、一般人の目に曝されたくない、それも一人や二人で無く、ごまかせないくらいの衆目には、っスね」
「だから、俺達がそういう条件の陣地を用意して、負けそうになったら人の目に紛れて逃れるって寸法でいいんじゃねえか」
「いやいや。ニンギルスの行動範囲内で、そういう条件の場所を探して、そこで不意打ちの方が理想っス。出来ればその初撃一発で、決定的なダメージを与えて、すかさず離脱。それを有効な限り繰り返して、勝率を上げて行くしかないっス。
応雷が負傷しても、応雷の特殊能力、『他者から生命力を吸い取って回復』を使える以上、一撃離脱戦法を繰り返すのが上策っス。ラハムはその支援っス」
「そんなに上手く行くかどうかは、やって見なけりゃ分からねえか。他に方法が無いのも確かだしな」
「実行日は今度の日曜っス。それまでは今日の様な尾行追跡で、具体的に仕掛ける場所を選定するっス」
「了解、軍師殿」
碧はこの期に及んでも迷っていた。場所は駅前の区画整理で出来た公園。日曜にも平日同様、人の流れの完全な死角になっている、四辺が金網と植樹林で囲まれた、何も無い広場だ。
ニンギルスへの尾行追跡は平日にしか行っていない為、休日の今日、彼がここを訪れるという保証は無い。
碧はその公園の外の歩道で、中の様子をうかがっている。
碧の迷いは、一般的な市民の感覚として、まあ仕方のないものだろう。ニンギルスの姿は、長身で端整なのは措いて置くとしても、生身の人間としか思えない容姿である。
応雷とラハムはあくまで、「神だ」「人間じゃ無い」と言い張るが、生物学的に人間とは違っても、人間と同じように生活し、人生を生きているなら、それは人種差別の拡大解釈と大差あるまい。
その前に、碧には人間と神様の違いがそもそも判らない。
それをこれから応雷が、二挺斧で一発かましに行くのだから、今さらながら出来ればやめさせたいのが本音だ。
だが、応雷達の話を信じるならば(それを信じたいのも碧の本音だ)、これは人類の存亡すら懸かった一撃らしい。
応雷とラハムの言い分では、相手はその一撃のみで倒せる手合いでは無いそうなので、その一撃でどうにかなった時は、手遅れでも取りあえず救急車、それを凌ぎ切る相手だったらそのまま離脱、展開次第では話し合いという手段も考えている。
応雷たちは、話し合って通じる相手では無いと、頑強に主張したが、碧はせめて自分自身で一度、どうしてもその方法を試してみたいと思っていた。
良心の言い訳といえばその通りだが、一度でもそれを試みておくことで、その後、良心の呵責なくこの戦いに参加できるならば、やっておく必要はあるだろう。
「っ! 来たっス」
日曜にもかかわらず、スーツ姿で平日同様の時刻に予定通り、この公園を訪れた。
(もしかして、これがブラック企業ってヤツっスか。油断ならない敵っスね)
meを察知されない状態で、どこか近くに伏せている応雷とラハム。前哨戦という位置づけの先制攻撃が、その瞬間に始まる。
「相変わらずバカのままだな、ウシュムガル」
「くっ!」
「逃走したお前が、生き延びるために俺に襲い掛かることなど、予測済みだ。そいつがいつになるかと油断していた矢先、ラハムも連れて数日前に姿を現した。今日あたり来るんじゃないかと待ち構えていた所だったさ」
(そりゃ、そうっスよね。すまないっス、応雷)
公園内に入ったニンギルスの背後へ向け応雷は、碧には目視出来ない程の速さで迫り、頭部目掛け斧を振り下ろそうとした。
だがその打撃が決まるかに見えた直前、ニンギルスは後ろ回し蹴りで難なく応雷を撥ね飛ばしたのだ。
距離を置いて対峙する両者。
「どうせ、逃げ出した後、誰か人間の世話になっていたのだろう。恩返しのつもりで天命に従ったらどうだ。お前らの抹殺で人類は更なる繁栄に浴することがかなうのだぞ」
「お前らの奴隷として飼いならされて、安住しているほど根性無しでもねえよ、人類は。俺がやらなきゃ、いずれ代わりに人類がお前らを打倒する」
「人類の話は措くとして、お前をどうしたモノかな、ウシュムガル。天命の定まる時までは活かしておかねばならんしな。どれ、両腕、両足でも切り離してやるか」
「ヤレルもんならヤッテみろ」
応雷は一気に間合いを詰め、二挺斧をラッシュでニンギルスに叩き付け続ける。だが信じがたいことに、ニンギルスは素手で応雷の戦斧を払いのける。
「俺とお前のmeの差が分からんのか。精々、その斧を操る程度のmeしか持たないキサマと、この力を操る俺との差が!」
応雷が繰り出す左右の斧のその隙間に、無造作に掌底を撃ち放つニンギルス。
「がはっ」
ニンギルスの放った掌底波は、応雷の体を撃ち抜いて、背後の植樹をへし折り、金網のフェンスを圧し破り、路上駐車していた自動車までも、スクラップに変えた挙句、反対車線にまで弾き飛ばした。
「恐怖しろ。天候すら支配し得る我らのmeを、身体力の強化に転じれば、どれ程の物理効果になるか。少しでも考えれば分かるだろう」
(何やってんスか、応雷! 初撃に失敗した時は、真っ先に応雷が逃げて、ラハムがそれを支援する予定じゃないっスか)
「腕力を用いて地震すら引き起こせる我らの技に、キサマ如きでどう抗う?」
「俺にはそれが出来ないと、言った覚えはねえだろがっ」
さらなる加速で両手の斧を繰り出す応雷。一分ほどの間に、数百発もの斬撃を打ち出す。しかしその全てが、ニンギルスによっていなされてしまう。
(斧を手放して距離を取れば、いや、無理だ。ここで手数を減らせば、一気に叩き込まれる)
得意の手放した斧を空中で自在に操る技も、繰り出す隙が無い。
(つうより、コイツ、今すぐにでも俺を叩きのめせるくせに)
既に実力の差は、誰の目にも明らかだった。
(それでもここは)
次の投稿は名後日に予定してます。よろしくお願いします。