第十話 夜摩篷家の事情と応雷の事情5
太古の時代
原初の地球上ではまず、アプスー(淡水)とティアマト(塩水)そして中和力となるムンムが誕生した。
その混合水からラフムとラハムが生まれ、両者からアンシャルとキシャルが創られた。それからアンシャルは、自身の生き写しであるアヌを創造した。
アヌはエアを生み出した。かくして地上には神々が姿を現していった。
地上の支配者として誕生した神々は、やがて真の主権を欲し、父なるアプスー、母なるティアマト、そしてムンムに対し反逆を目論むようになった。
エアはまずアプスーを欺き、不意打ちに殺害し、戦う力を持たないムンムを捕らえ幽閉した。彼はアプスー(原初の淡水)を地下の海とし、その上に自らの住まいを建て、聖所アプスーと名付けた。
そして聖所アプスーにおいて、エアとその妻ダムキナの間にマルドゥークが生まれた。
残されたティアマトは、神々と戦う決意を懐き、己に従う者に力を与えた。我が子の中からキングという者を選び、己に従う者達を率いさせた。
ティアマトは十一体の魔神を創り出した。
ウシュムガル 竜
ムシュマッヘ 七岐の大蛇
ムシュフシュ 蠍尾炎竜
ウガルルム 巨大獅子
ウリディンム 狂犬
ウム・ダブルチュ 嵐の魔物
ラハム 海魔
ギルダブリル 蠍人間
クサリク 有翼牡牛
バシュム 毒蛇
クリール 魚人
そしてティアマトに従う者達は戦う意志を固め、準備を調えた。
アンシャル、アヌそしてエア等、主権を欲した神々はティアマトの怒りに怖れ慄いた。しかしもはやティアマトの怒りを鎮めることは、彼等には出来なかった。
すべての神々が絶望の淵に立たされ、怯える中で、エアの息子マルドゥークが立ち上がった。マルドゥークは自己に具わる神性により、風を支配した。
その風を支配する力を使い、ティアマト、キング、そして彼等の率いる魔神とただ一人で戦った。
激しい戦闘が長きにわたり続いた。
そして遂にマルドゥークはティアマトの口内に暴風を打ち込み、その巨大な口蓋に大剣を刺し込み、頭蓋まで突き入れた。
ティアマトの口から体内に送り込まれた暴風は、彼女の中で荒れ狂い、マルドゥークはその腹に矢を放ち、その矢は内臓を切り裂いた。
かくしてティアマトは死に至り、その軍勢は大半が捕らわれ、連れ去られた。勝者となったマルドゥークは神々の主神となった。
彼は、アヌを天上に、エンリルを大気中に、エアを地下のアプスーに、それぞれ配し、神々を二組に分け、三百柱の神を天に、三百柱の神を地に、合わせて六百柱の神々を天地に住まわせた。
彼はそれぞれの神に、それぞれの役を課し、世界の理法を則らせた。やがて彼等は自身の代わりに苦役を担い、彼らに奉仕する僕を欲した。
マルドゥークは、捕らえてあったキングを引き出し、彼を殺し、その血から《生命》を創り出した。
神々は生命に神への奉仕を担わせ、時に一種の生命に文明を授け、法によって支配した。生命は増え続け、全地球上に広がり、マルドゥークは天上世界から、地上を間接統治する。
太古の女王ティアマトとその王キングへの反乱、マルドゥークの勝利、それに続く神々の繁栄。それこそがこの宇宙の正しい法則に基づく森羅万象のあるべき流れ。
その規則に従い万物を流転させる為に、女王への反逆と女王に従う者達の抹殺は最高の祭祀として、神々により幾十万度と再現されて来た。
ティアマトとキング、十一体の魔神は、一万年に一度復活し、また主神マルドゥークに倒される。
「これが天命」
「応雷の敵は、神様っスか………」
「碧、信じてない」
「私も応雷とムシュフシュの戦いは見てるっスから、大抵の話は信じようと思ってたっスけど、神様はねえ」
「まあ、無理もねえか」
「いや。私は碧に信じて欲しい」
「その天命を遂行しないと、神様、何か不都合なことになるんスか。そういえばムシュフシュ確か『天命の遂行のみが、生有る万象に幸福をもたらす』とか、言ってたはずっスけど」
「天命、俺たち異形の獣の抹殺を果たすことによって、地球上全生命の再生と繁栄がもたらされる。天命の遂行が遅れることでどうなるか、もし果たされなければ最終的にどうなるかは、見当もつかない」
「過去にそんな事態になったことは、一度も無かった」
「応雷もラハムも、一万年前に抹殺された時の記憶や、それ以前の記憶って残ってるんスか」
「ああ、最初の誕生から今回までの記憶は、ずっと残ってやがる」
「さすがにすぐには信じがたい話っスけど、もし本当なら、応雷とラハムが生き残れる方法をどうにかしないといけないっスね」
「方法なら唯一つ。天命通り神々と戦って今度こそ勝利するしかない」
「平和的な解決は、頭から完全否定っスか」
「碧、ここでこれ以上言い合っていても、考えは交差しないな。実は神の一人、ニンギルスってヤツがこの街に来ている」
「えぇっ」
「明日の放課後、そいつに会って戦闘を挑んでやるよ」
「勝てるんスか⁉」
「分からない。だが俺とラハムの二人掛かりなら、負けてもどちらかが逃げ切るくらい、出来るだろ」
「何があっても絶対、碧も助ける」
「いきなり一か八かじゃ無いっスか」
「確かにな。だがニンギルスが単体で近くに来ているこの状況は、一か八かでも奇跡のような高勝率だ。この先、確実に勝ち目が無くなる前に、勝負に出たい」
「どうやら本気で信じてあげなきゃ、ならない話のようっスね。黙っていなくならないって約束っスから、私も最後まで見届けさせてもらうっスよ」
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