71.ぺろっ……ユーカリ
屋敷に戻った後は、ベルンハルトの手伝いをしつつベッドを完成まで持って行った。
ベッドを作っている間にモニカとフェリシアが藁とシーツでふかふかのクッションの制作を行い、以前フレージュ村で買った毛布も物置部屋から持ってくる。
いろいろ相談した結果、ベッドは二台とも一階に設置することになった。
一台はボアイノシシのベッドがあった場所に置いて、ボアイノシシの毛皮を調節しベッドのクッションにする。
もう一台もその隣に並べて、アリシアを上に寝かせたんだ。
準備が終わる頃にはもうすっかり日が暮れていた。
ずっと作業をしていたから、夕飯はシチューと焼き立てパンと簡易的なものとしたんだけど、四人で食べる夕食はとても美味しく感じられたんだよ。
「そろそろコアラが起きるかな」
ボアイノシシの毛皮を移動させた時から床でうつ伏せになっているコアラは、まだ動き出さない。
よく硬い床に移されても起きなかったもんだ。
ダイニングテーブルからハーブティーを飲みながらコアラを眺めていると、ようやく動きがあった。
コアラがむくりと起き上がったのだ。
奴は起きるなり、腹をまさぐり、まさぐり、まさぐり。
「ユーカリ」
とだけ呟き、俺の顔を仰ぎ見てきた。
「すまん。ウォッシャーをかけた時に全部粉々になってな」
「な、何てことだ。すぐにユーカリの葉を取りに行かねば」
この上なく深刻な声色でコアラが頭を抱える。
こいつ……蟻が襲撃して来た時でも、ここまでにならなかったよな。
「コアラ様、ご安心ください。ユーカリの葉は摘んできております」
モニカがフェリシアに目配せすると、彼女はユーカリの葉を乗せたザルをコアラに見せる。
そのまま、フェリシアがトテトテとコアラの元まで歩いて行き、その場でしゃがみ込む。
「お、おお。ユーカリ」
「どうぞ。変な生物さん」
両手でユーカリを掴み、すぐにもしゃりだすコアラ。
「起きてすぐで悪いんだが」
「もしゃ……」
コアラに声をかけるも、聞いちゃいねえ。
仕方ないので、コアラがユーカリの葉を食べきるまで待つことに。
一枚、二枚、三枚……十枚……。
「もういいだろ!」
「もしゃ……」
十一枚目のユーカリの葉を口元へ持って行こうとしたコアラの手を握る。
それでも尚、コアラは無理やりにでもユーカリの葉を食べようとするので、ユーカリの葉を引っ張る。
「もしゃ……ユーカリ」
「こ、こいつ……」
ならばと、コアラは手でふんばるのをやめ口を寄せてユーカリの葉を食べやがった。
「どうしたんだ一体? オレはユーカリの木で寝ていたはずなんだが」
「ようやく正気になったか」
コアラの目に理性の光が灯ったようだ。これでやっと彼と会話することができる。
しかし、さっきから青臭い香りが漂ってきていて……何してんだ、モニカは。
ぐつぐつと何かを煮込んでいるようだけど、ハーブなんだろうか。
一方、理性が戻ったばかりのコアラは鼻をひくひくさせ、何かを感じ取った様子。
「ソウシ。この香り……ユーカリだろ」
「はい。その通りです。粉々になったユーカリの葉をすり潰して水を入れて煮込んでいます」
「お、おお」
俺の代わりに調理をしているモニカが答える。
対するコアラは指先を震わせ、ゆらりと立ち上がった。
「そうだった。抹茶のように葉ごと飲むことができるようにすりゃ、粉々でも無駄にならないって言ったんだっけ」
「はい。ですので、試しに作ってみたのです。コアラ様にお気に召して頂ければよいのですが」
ポンと手を打ち、モニカに顔を向けると彼女は小さく頷きを返す。
匂いに誘われフラフラと歩きだしたコアラを後ろから羽交い絞めにして、俺の膝の上に置く。
「まあ待て。飲みたければ、先に仕事をするんだ」
「分かった。何をすればいいんだ?」
「アリシアを連れて来たんだよ。そこのベッドで寝ているだろ?」
「寝ているな」
「以前、コアラに診て欲しいといった『時が止まった少女』が彼女なんだよ」
「分かった。すぐに診る」
いつになくやる気を見せたコアラは、ひょいっと俺の膝から降りてアリシアの眠るベッドの上に登る。
そんな彼の様子に俺を含めた四人が苦笑するのだった。
◇◇◇
「よし、分かった。煮込んだユーカリをよこせ」
「待て待て。そんなすぐに診断ができるものなのか?」
アリシアを一目眺めただけで、コアラが診断が済んだとのたまうものだから、思わず突っ込んでしまった。
「おう。アリシアだったか。この少女、このまま時を動かすと遠からず衰弱死するぜ」
「どんな状態なんだ?」
まさか、ちゃんと診断を終えているとは……。それはともかく、病状は思った以上に深刻なようだ。
「穴が開いているんだよ」
「それだけじゃ、分からんだろ。一から全部説明してくれ」
「めんどくせえ」
「煮込んだユーカリは要らないのか?」
「説明する。よく聞けよ」
素直なのはいいことだ。
コアラの説明によると、人間に関わらず魔力を持つ生物には魔力用の消化器官みたいなものがあるとのこと。
アリシアの場合、魔力を取り込むことはできるが、魔力を体の中に留めておく器官が損傷している。
なので、魔力を取り込んでも魔力が溜まって行かないんだ。
「ん、魔力ってさ、体の中に溜まる量が決まっているんだろ。満タンじゃない限り、寝ていたらどんどん魔力を外から取り込むんじゃないのか?」
「そうだぜ。だが、アリシアの場合は取り込んでもその場から抜けて行く。そんで、取り込む量より抜ける量の方が多いと言えば分かるか?」
そういうことか。
回復より消費の方が大きいので、ずっと寝ていてもいずれ魔力が枯渇する。
パンクした自転車のチューブを想像すれば分かりやすい。常にポンプから空気を入れていても、パンクしているから空気が抜けて行く。
時が経つにつれ、魔力が完全に体から無くなってしまうってわけか。
この世界に来て分かったことだけど、魔力を激しく使うと強烈な疲労感に襲われ、身動きできなくなってしまう。
魔力が空になったら、おそらく活動停止状態になり、食事もとれなくて……最後に待つのは衰弱死ってわけか。
「治療方法はあるのか?」
「んー。穴は自然治癒して行くんだが、アリシアの場合、空いた穴が大きいんだよ。穴が塞がるまで持たない」
「お、一つ、案があるんだが。アリシアがもっと体に魔力を取り込めば、穴が塞がるまで粘ることができないかな?」
「理論上は可能だ。しかし……いや、お前ならいけるんじゃねえか。もし、うまく行かない場合は、再びアリシアの時を止めなきゃなんねえけど」
「時を再び止めることはできるのか?」
「おう、何とかなるだろ。オレとえむりんと素敵な量のユーカリがあればな。ただし、準備期間に三日ほどかかる」
「三日なら、アリシアの命に別状はないかな?」
「そいつは問題ない。アリシアを起こして、そうだな……三ヶ月は余裕で持つさ」
お、おお。
希望が出てきたぞ。
なら、お次はアリシアの時を動かすことができるか、えむりんに診てもらわなきゃだな。
「モニカ、コアラにユーカリの煮込みを与えてやってくれ」
「かしこまりました」
モニカが鍋からコップに薄緑色の液体を移し、コアラに手渡す。
「お、おおおお。うめえええ。こんな調理法があったとは」
「抹茶ならぬユーカリ茶とでも名付けようか、それ」
「いい名だ。ユーカリ茶か。こいつはいい。とてもいいぞ」
俺の案にコクコクと頷き、うまそうにユーカリ茶をすするコアラであった。




