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52.来客

「頭の中に『緊急事態発生』って声が聞こえたんだ」

「コアラ様でしょうか」

「うん、コアラだと思う。何者かが接近しているそうだ。コアラには後から聞くとして、外に出よう」

「お供いたします」


 作業の手をとめ、モニカと共に屋敷を後にする。

 

 何か来るとしたら、南側の入り口だろう。

 いや、モンスターなら南以外の可能性の方が高いか。

 

「どうせなら、どの入口へと迫っているかまで通知しろよ……コアラの奴」

「手分けしますか?」

「いや、何がいるのか分からない。一緒に行動しよう」

「はい!」


 モニカの手を握り、顔を見合わせ頷き合う。

 ドキドキしながら、南口に向かったものの入り口付近まで来たところで脱力してしまった。

 

 前方から馬車が接近してきている。

 御者台に乗るのは、精悍なリザードマンの戦士ベルンハルトだった。

 俺やモニカと来た時よりも大きな馬車だな。あれ。

 でもあれ、人を乗せるための馬車じゃなく積荷専用かな。

 四角い木の枠だけがあり、屋根はついていない。あれなら、馬車じゃなく荷台と言った方がいいな。

 荷台には丸太が大量に積み込まれていて、落ちないように固く紐で結ばれていた。

 

 ベルンハルトへ向け手を振ると、彼も右手をあげ応じてくれる。

 間もなく馬車が南口までやって来て、停車した。

 

 ガタン――。

 突如、ベルンハルトの大きな体の後ろから、音がした。

 銀髪を両サイドで括った小柄な少女が彼の後ろから出て来たかと思ったら、ぴょーんと御者台からジャンプして。

 

「うおっぷ」


 少女はそのまま俺の懐に抱き着いてきた。

 余りの勢いに体勢を崩しそうになったが、なんとか堪える。

 よろめきはしたけどね……。


「お姉様! ずっとお会いしたかったです!」


 見えないようにベルンハルトの後ろに隠れていたのだろうか。

 少女はぷるるんとした大きな口をにいいっとして、俺の胸に頬をすりつけた。

 

「フェリシア! はしたない真似を」


 モニカがすぐに彼女へ注意する。凍り付きそうな声色でかなり怖い……。

 モニカはメイドたらんとするから、淑女ぽくない動きには厳しいんだ。

 

「だってえ。久々にお姉様にあったんですもの。シアの気持ちが分からないのですの?」


 少女はモニカには目もくれず俺を見上げて赤色の瞳を潤ませる。


「俺じゃあなくて、モニカにだな」

「やああん。男の子の声のお姉様も素敵ですわ!」


 感じ入ったようにやんやんと首を左右に振るのはいいが、俺から離れてからにした方がいいと思うぞ。

 ほら、モニカから絶対零度の空気が……。

 危険を感じ取った俺は、やんわりと少女の両肩を掴んで引き離す。

 

「シア。久しぶりだな」

「はい。シアはもう毎日毎日、お姉様にお会いしたくて」


 ルビーのような赤い瞳を大きく見開き、両手一杯で喜びを示す彼女の名はフェリシア。

 俺の跡を継いで聖女になってくれたはずなんだが……ヴェールどころか聖女服さえ着ていないぞ。

 赤を基調にした動きやすそうな旅装で、ふわふわのスカートも丈が膝上だ。

 はて? 彼女は早くも聖女を引退したのだろうか?

 

「ソウシ殿。いろいろ手を尽くし、聖女様(フェリシア)をここへ連れて来たのです」


 疑問符を浮かべる俺へベルンハルトが口を挟む。

 

「フェリシア。聖女としての務めはどうしたのです?」


 俺とフェリシアに割り込むようにして、モニカが彼女に尋ねる。

 

「お休みですの。辺境まで神の祈りを届けに行くとか何とか理由をつけたんだから」

「ここに来られては、ソウシ様にご迷惑がかかると思わなかったのですか」

「そんなことないもん。ベルンハルトがちゃんとやってくれたんだもの。モニカのいじわるう。この馬鹿力ー」

「な……」


 何だかやばげな空気になっているじゃあないか。

 この二人、こんなに反りが合わかなったっけ?

 確かにモニカとフェリシアは水と油ほどに違う。だけど、違うからこそ二人はとても仲良しだった。


「ま。まあまあ。モニカも抑えて。いいじゃないか。俺はモニカの力持ちに助けられている」

「ソウシ様……はい!」

「それにベルンハルトがうまくやったと言うんだ。こちらの事情も汲んでくれているさ、な、ベルンハルト」


 彼に向けて親指を立てると、彼は無言で頷きを返す。

 俺とベルンハルトのやり取りを見たモニカの体からようやく力が抜け、いつもの凛とした彼女に戻ったようだった。

 

「シア」

「はい!」


 フェリシアのことは親しみを込めてシアと呼んでいる。彼女は自分のことをシアと呼んでいるから、自然と俺もシアと呼ぶようになったんだ。


「もう聖女は引退したんだ。お姉様はできればもう」

「では。お兄様でよいですの?」

「え、えっと……それはちょっと……」


 できればモニカにも、もう呼び捨てで呼んでもらいたいところなんだけど……。


「え、ええと。ソウシ兄さまで?」

「あ、うん……」


 そこ、そこじゃないから! お兄様から離れろってば。

 いや、もう突っ込むまい。フェリシアが俺のことを呼び辛くなったら本末転倒だからさ。

 会話が途切れたところで、ベルンハルトが俺の名を呼ぶ。

 

「ソウシ殿」


 ベルンハルトが御者台からひらりと降りる。

 彼は荷台に積んでいる丸太をペシリと叩き、俺に向け親指を立てた。

 さっきの俺に対する意趣返しだろうか。


「その丸太は何かのカモフラ―ジュに使った?」

「いかにも。この丸太はここに置いていきます。村の様子から、既に木材が腐敗しておりましたので」

「そこまで考えて丸太にしてくれたのか。ありがたくいただくよ」

「広場までお持ちしてよろしいですかな?」

「うん」


 ◇◇◇

 

 広場で馬を止めたベルンハルトは、さっそく荷台に積まれた丸太の紐に手をかける。

 そこへモニカがとことこと寄り、彼に待ったをかけた。

 

「ベルンハルト様、丸太の紐なのですが、結び方を変えていただけませんか?」

「構わんが、どうするつもりだ? モニカ」

「丸太を固定するように結び直して頂きたいのです。そうすると持ちやすくなりますので」

「……なるほど。モニカ、うまくやっているようだな。結構、結構」


 ベルンハルトは大きな口を開け、ガハハと笑う。

 並んだ牙が思った以上にごつく鋭くて、ちょっとだけいいなあと思った。

 男らしいじゃないか。灰色がかった鱗といい、指先から生える黒い爪だってそうだ。

 リザードマンの戦士って野武士って感じで、独特の無骨さが良いんだよなあ。

 

 モニカとベルンハルトが協力して、荷台に固定された紐をほどき、今度は丸太を固定するように結び直した。

 あれをどうするんだろう?

 丸太は直径20から30センチで長さは5メートルくらいってところか。全部でええっと15本ある。

 

「感謝いたします」


 みなれたメイド然とした礼をベルンハルトに行うモニカ。

 続いて彼女は俺の方へ顔を向ける。

 

「ソウシ様、この丸太は厩舎の横辺りに置いてよろしいでしょうか?」

「うん。その辺が丁度いいと思う」

「承知いたしました」


 ペコリとお辞儀をしたモニカは、膝をかがめ積み上げた丸太の底へ手をかける。

 

「え、えええ!」


 片手、片手だぞ。

 ひょいっと丸太が持ち上がった。

 でも、さすがに彼女には大きすぎたのか丸太がぐらぐらと揺れる。

 しかし、彼女がもう一方の手を使ったらあっさりと安定してしまった。

 

「すぐに戻ります」

「お、おう……」


 茫然とする俺をよそにモニカはふんわりとした笑みを浮かべ、「ごきげんよう」とばかりに屋敷に向かって行った。 


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こちらも間もなく完結となります。

ぜひぜひチラ見していってください!

・タイトル

最強ハウジングアプリで快適異世界生活

・あらすじ

異世界の戦場に転移してしまった主人公がど真ん中にハウジングアプリというチートを使って誰も侵入できない無敵の家を作って戦争を止めたり、村作りをしていくお話しです。

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