46.賢者
「ふう……しばらくヒール連発をしていなかったから、少し疲れたな……」
「すげえ、すげえぞ。ソウシ」
「いつの間に来たんだよ」
「ユーカリがオレを呼んでいたからな」
七年もののユーカリの木にスルスルと登ったコアラがさっそくユーカリを摘まむ。
こいつ、どんだけユーカリの葉っぱを食べるんだ?
このペースだとすぐにまた無くなってしまうような……案外あれじゃね、こいつが葉っぱを食べ過ぎてあの巨木が枯れたんじゃ。
「もしゃ……」
「コアラ、まだまだ食べるのか?」
声をかけると、ユーカリの葉をうまそうに咀嚼しながら、コアラがようやく言葉を発する。
「もしゃ……いや、これはおやつだ。ここで住んでいいか?」
「ここって、この木のところで?」
「その通り」
コアラなら外で住むのが当然かもしれないけど……一応こいつ、普通の動物と違って知的生命体なんだろ?
「いや、さすがに野ざらしで住むのはどうなんだ?」
「別に構わないんだが、家に住んだ方がいいのか? ソウシが望むならそうするが」
「任せるけど……どろんこで屋敷に入って来られるとちょっとな」
「ん。俺がいない間にユーカリの木に何かあったら事だろ?」
どんだけ心配性なんだよ。
今のところ、大きなモンスターの襲撃もないし。いたって平和な村なんだがね。
「一応、この辺りにあと三、四本のユーカリの木を育てる予定だ。何かあっても俺がヒールをすれば回復するだろ」
「それはとんでもなくありがたいんだが、ユーカリの木が傷つくのを放置などしておけんだろ!」
だったら少しは食べる量を調整しろよ。このコアラ。
「分かった。分かった。もう何も言うまい」
「ソウシも認識しているんだろ?」
「何をだ?」
主語もなく突然言い出されても分からんぞ。
「この村はかつて何者かに木を喰われている。最近の食害の跡は見えないから、もういなくなってるとは思うけどな」
こいつ……まともなことも言えるのか……。
もしゃもしゃしているだけと思ったが、チラっと様子を見ただけですぐに把握するなんて何という観察力なんだ。
俺がハッキリと確信するまで結構な時間がかかったってのに。
「お前、喰ってるだけじゃなく、民家の腐食をちゃんと見ていたのか?」
「当たり前だろ。ソウシがユーカリの木を育ててくれるっていうんだ。その辺のチェックは怠らない」
「他にも何か気が付いたことがあるのか?」
「そうだな……齧る奴はいなさそうだ」
「えっと、ユーカリの木を…ってことだよな?」
「当たり前だろ。それ以外に何を見ろってんだよ」
ダ、ダメだこいつ。
高い洞察力や思考力があるのは認めよう。だけど、全てがユーカリに偏っている。
「もしゃ……何だ、こいつはやらねえぞ」
「それ俺が育成したんだけどな……」
またユーカリの葉をもしゃり始めたコアラにため息をつく。
「コアラ、協力してくれると言ったが、何ができるんだ?」
気を取り直して聞いてみたら、コアラがユーカリの葉をごくんと飲み込んでから言葉を返す。
「防衛でもするか。この辺りはモンスターが少なそうだが、念のためだ」
「防衛って?」
「まあ、やってみる。気に入らなきゃ元に戻す」
コアラがユーカリの葉を三枚ほど掴み取り、スルスルと木から降りてきた。
行くぞとばかりにユーカリの葉を持っていない方の手を振って、てくてくと歩き始めるコアラ。
どこに行くんだろうと不思議に思いついていったら、ボロボロになった柵まで到着する。
「この辺は森から帰って来た時に通った場所だな」
「ここ以外にも入口があるのか?」
「うん。反対側にもある。どっちかというとこっちは裏口だな」
「まあどっちでも。見てろ。まずはお試しだ」
コアラがバンザイのポーズで目を閉じ、何やら呪文のようなものを呟き始めた。
「ラインハルトの名において命じる。土の精霊ゲーノモスよ。盟約に従い、我の前に力を示せ」
ラインハルトって誰だよ! とか心の中で突っ込んでいるうちに、ボロボロの柵の手前の地面にヒビが入る。
ヒビが拡大し、土砂が宙に浮きあがっていく。見る見るうちに横二メートル、縦一メートル、深さ一メートルほどの穴ができた。
浮き上がった土砂はさささーっと柵に向かって流れて行き、柵を押しつぶし新しい形を作っていく。
土砂が格子状に組み上がり、横二メートル、高さ二メートルの柵になってしまった。
「す、すげえ。土の精霊魔法でこんなことができるのか」
「結局のところ、精霊魔法ってのは精霊をどう動かすかってことだ。型を決めなきゃ割に自由に動かせる」
「でも土だったら、雨が降れば台無しにならないか?」
「そこは心配ない。この格子は石のようになっていると考えていい」
「コンクリートみたいなもんか。色は茶色だけど」
試しにコンコンと格子状の柵を叩いてみたら、乾いたいい音が返ってくる。
「どうだ? こんなもんでいいか?」
「こんだけ立派な柵なら安全だな。指定した場所に柵を作ってくれないか?」
「元々柵があるところを作り替えりゃいいのか?」
「うん。堀もできるし丁度いい。この穴は格子みたいに固くできるのか?」
「おう。問題ない。やっておく。報酬はもうもらっているからな」
「分かった。俺もユーカリの木を育てるから、それでいいだろ?」
「もちろんだ」
ぐっと拳を握りしめるコアラ。
さっきまでちょっとカッコイイと思ったのに、持ってきたユーカリをもしゃりだしてしまって。
やっぱりこいつダメだと再認識する俺であった。
「そういやコアラ。本当はコアラって呼び名じゃなく、森の賢者『ラインハルト』とでも呼んだ方がいいのか?」
「賢者じゃないって言っただろ?」
「首をブンブン横に振っていたな」
「おう。ほら、あれだ。賢者とかにしたら、興味を持って誰かが来てくれるかもって思ったんだ」
「うわあ……」
「現にソウシが来た。俺にとってこの上ない喜びだ」
「そ、そうか……でも、すごい土の精霊魔法を使うじゃないか。あながち賢者ってのもおかしくないんじゃないのか?」
「土の精霊魔法は重要だ。ユーカリの木のために土壌改良にな」
「……もういいや……」
こいつの無駄な才能の高さは全てユーカリに振り向けられている。
そいつは間違いない。
「ユーカリもあるし、格子の柵と堀は作っておく。人間はそろそろ家に戻る時間だろ」
「そうだな。そろそろ日が暮れる。ラインハルトはどうすんだ?」
「コアラでいい。その名はやめろ。コアラってのは薄明薄暮性でな。夜のが強いんだ」
「分かった。魔力に注意してくれよ。無理してぶっ倒れられると困る」
「問題ない。ユーカリがあるからな」
意味が分からん。
ま、まあでも、いくらコアラだって、無茶して倒れるまでは魔力を使わないだろ。
◇◇◇
戻るとモニカが既に夕食の支度を終えていた。
いつもながら仕事が早い。
「ソウシ様、肉はすでにブロックに分けておきました。ブリザベーションをお願いできますか?」
「お、おお。早いな。すぐにブリザベーションをかけておくよ」
「承知しました。では、食事をお出ししておきます」
「ありがとう」
さってと、お肉を保存しないとねえ。
魔法って本当に便利。ブリザベーションは冷凍庫で保管するより長持ちしちゃうんだから。
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