20.懸念2
「わたしも似たようなところが気にかかっておりました」
モニカが左手にある民家を指さす。
家屋は屋根に比べ壁面の方が劣化が激しいように見受けられた。中もお察しの通り埃だらけである。
そうなんだ。
屋敷以外の住居は屋根に魔法なんてかけられていなかったから、屋根に穴が開いているところもある。
だけど、それこそ「通常の」経年劣化じゃないか?
風雨に一番晒されるのは屋根だ。一番最初に雨が当たる、最も風を受ける。風に混じった砂も容赦なく屋根に覆いかぶさるんだよ。
だから、同じ材質でできているのなら一番最初に屋根こそ劣化するはずなんだ。
「崩れ落ちている民家もあるじゃないか。でもあれ、屋根から崩れ落ちているものはないんだよな」
「確かに。昨日は一軒目で中を改めるのを中断しましたが、壁だけが残っている家屋はございません」
「そう。壁の方が劣化が早い。更にいうと家の中にある木製家具も同じくらい劣化しているんだよ」
「何かしら腐食を進めた要因が、経年以外にある、ということですよね」
「うん、俺はそう予想している」
モニカがたれた目を細め、頷きを返す。
彼女も俺と同じ意見だったみたいだ。俺だけじゃなく彼女も同じことを感じた。
こいつは、劣化に別の要因があったと見てよさそうだ。
屋敷も一般の住居と同じ。屋根と廊下は腐食防止の魔法がかけられていたから経年劣化を免れ、健在。
壁は木じゃなくて石だからそのままで、部屋の中にある木製家具が異常に劣化していた。
「まあ、俺たちが警戒する必要はないだろ」
「恐らくはソウシ様のおっしゃる通りでしょう」
「朽ちた木は既に何者かによって食い散らかされた後なんだ。もう食べるものがないから来ないだろ」
「ソウシ様も何かしらの動物かモンスターだと踏んでいるのですね」
「うん、目的は捕食じゃないかと思っている。最近も来ていたのなら埃が被っていないところがあるだろ?」
「そうですね。ですが、僅かながらも不安は残ります」
彼女の言わんとしていることは分かる。
食べ物がないから、わざわざここまで動物もモンスターも来ない。
だけど、食べる物があるなら来る可能性がある。ニクのように。
「腐った木はもう食い尽くされた後だし、馬車にしてもまだピカピカだから大丈夫と思う」
「木の中に沸いた虫を食べる、のであればソウシ様のおっしゃる通りです。乾燥した木材そのものを捕食するのでしたらその限りではありません」
「それなら森の中に沢山倒木があると思うんだよなあ。でも、分かった。警戒するに越したことはないよな」
「はい」
木を食べる生き物以外にも、ここに食糧があることを嗅ぎつけたモンスターや動物がやってくるかもしれない。
一番いいのは村全体を包む魔除けの聖域を構築することだけど、俺は聖魔法が苦手なんだよなあ。
フェリシアや会話をしたことも実力を見たこともないがアリシアでも実行可能なはず。
散歩の足を止めてしまった俺にモニカが問いかけてくる。
「どうされました?」
「いや、何でもない」
再び歩き始めるとモニカも俺の横に並ぶ。
しばらく無言で倒壊した家屋や夕日に映る雑草が生えた畑の跡なんかを見ながらゆっくりと歩を進める。
村の中に残る数すくない低木の傍まで来た時、モニカがふと立ち止まった。
彼女は低木から伸びる葉を指先で挟み、じっとそれを覗き込んだ。
「申し訳ありません。ソウシ様」
葉っぱを見つめたまま、彼女は消え入りそうな声で囁いた。
「ん?」
「わたしの発言で、ソウシ様に嫌な気分をさせてしまったので……も、もちろん本意ではありません」
「いや、何のことかさっぱり」
「念のため警戒をと漠然としたものに対し発言してしまいました。そうなると、きっとソウシ様は『聖域』のことを思い浮かべるはずです」
「あ、まあ、そんなこともあるかもな。だけど、別に俺が結界のことを想像したってモニカが気に病むことなんて何もないだろ?」
「ソウシ様はご自身の聖魔法を嫌悪されているところがございましたので」
「そんなことないさ。難しいなって思うだけだって。今はとても感謝しているんだぜ。ほら、ヒールとか」
「そ、そうでした。も、申し訳ありません! ソウシ様! ヒールはソウシ様にしかできない御業です。ソウシ様の御心を察することができておらず」
「いやいや、待て待て。だから、モニカが何も気に病むことなんてないっていってるだろ。俺は別に自分の魔法に引け目なんて感じたことなんてない」
事実そうだ。
聖魔法は確かに苦手である。これは間違いない。
だけど、俺なりに精一杯努力したとはいえ、あれだけ複雑な術式を三年やそこらで満足に使えるわけがないだろ。
フェリシアとそれにアリシアもたぶん、幼い頃からずっと努力を続けてきたんだぞ。
そんな二人に俺が技術で叶うわけないだろうに。
もし、俺の方が技術が優れているとかだと逆にそれはそれで超問題だ。
「そうなのですか?」
葉から目を離し、こちらに振り向くモニカ。
「うん。そうだよ。フェリシアやきっとたぶんアリシアも優れた聖魔法を使う。だけど彼女らは彼女ら。俺は俺。俺だってやれば聖域だって構築できんだぞ」
「はい!」
モニカが真っ直ぐに俺を見つめ、強く返事をする。
ただし屋敷の中だけが限界だけどなあ。ははは。
聖域を維持できる時間も短いぜ。ふふ。
でも、聖域も結界も他の聖魔法よりも、植物を育成できるヒールの方が断然良い。
自虐や妬みでもなく、本心からそう思っている。
「警戒なんてやりようがいくらでもあるだろ。紐と鈴とか古典的なものからいろいろさ」
「お手伝いさせてください」
「もちろんだ。しっかりと手伝ってもらうからな」
「はい!」
笑顔で手を取り合い、頷き合う。
「帰ろうか」
「夕ご飯はわたしが準備させていただきますね」
「あ、いや。うん、任せたぞ。モニカ」
「はい」
やっと元の調子が戻ってきようで何よりだ。
また無言が続くが、特に息苦しいとか何か喋ろうという気分にはならない。
モニカとは無言でいても不思議と気疲れしないんだ。
いや、フェリシアといても気疲れはしないんだけど、彼女は、ほらお喋り好きだから。
アリシアはどんな女の子だったんだろう。
俺は眠っている彼女しか見たことがない。俺はあんなに女子っぽい顔をしていないと思うんだけどなあ……。
滑らかな肌に、いや、思い返すのはよそう。自分のことを自分でほめているような気分になり、ちょっとな。
「モニカ、アリシアってどんな子だったのかな?」
「ソウシ様が聖女様のことをお聞きになるなんて珍しいですね。どのような子と言われましても……少し困ります」
「だなあ。じゃあ、フェリシアみたいな子だったのかな?」
「あ、あんなお喋りではありません。聖女様はお淑やかでいつも柔らかな笑みを浮かべている聖女然としたお方でした」
「ううむ……よくわからん。俺が演技をしていた時に近いのかな?」
「はい。本当によく似ていらっしゃいました。聖女様はわたしもフェリシアも憧れておりました」
熱視線を送って来るが、俺とアリシアは別人な。
俺は演技。彼女は素。ここは大きく違う。
「一度、アリシアと会話してみたいもんだなあ」
「聖女様はもう三年も眠り続けておられます。歳もとらず、ずっと」
「世界のどこかに彼女を治療する霊薬なんてあるかもしれないな」
「そうですね。いつかお目覚めになる日が来るのかもしれません」
ちょうど会話が終わった時、屋敷の扉の前まで到着した。
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