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願わくばこの手に幸福を『学園IF』  作者: ショーン田中
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第二話『自分勝手な彼女』

「貴様が甘いか? 甘くないか? 何だ、貴様いつの間にか味でもついたのか」


 我がご友人のカリアはふざけた口調でそう言った。そういう意味じゃないと分かっているだろうに。

例え話だ、例え話。


「そうだな。敢えて例えるなら、貴様はこの前食べにいかされたパフェくらいには甘いな」


「待て。せめて十秒くらいは悩め」


 だからと言ってそうあっさりと判決を下すのもやめて欲しい。


 例え死刑判決を受けると半ば分かっている罪人だって、可能な限り判決を受け取るのは後回しにしたいものだ。


 後回しにするという事こそ人間にとっても最も有用で、そうして罪深い発明なんだから。どうか我がご友人にもそこの所は理解してもらいたいものだね。


 けれども俺は訳の分からない俺の甘さ談義より前に、カリアの言葉が胸に引っかかった。思わず目を剥く。


「パフェを食べに行った? 誰と」


「部活の連中とだ。今みたいな放課後にな」


 その告白はまさに驚天動地だった。前代未聞、開闢以来の青天の霹靂。そこまで言っても大袈裟じゃあない。


 あのカリアが、放課後に学友とパフェを食べに行った。言ってはなんだがそういった事が最も似合わない人種だぞこいつは。


 人付き合いと書いて、相手を振り回すと読む人間だろうに。


「失礼な事を考えているな。頬に書いてあるぞ貴様。馬鹿にしないでもらいたいものだ。私だって多少は付き合いというものを覚えた! 相変わらず面倒だがまぁ、悪くはない」


 人の事を甘い甘いと言いながら、自分こそやけに甘くなったものではないか。俺は胸やけを起こしそうだった。


 カリア。少なくとも俺がそう呼んでいる人間は、数か月前まで人付き合いなどとまるで縁がない人間だった。


 といっても、それはカリアの人付き合いが悪かったという事以上に、周囲の人間にも問題があったのだろう。


 高等学校二年生にして剣道部主将。伝統ある大会での優勝経験を持ち、他人にも自分にも厳しい。その小柄ながら人を寄せ付けない切れ味の鋭い端正な顔つきは、どうしても周囲の人間を気後れさせる。


 学業も申し分なし。生徒会の一員として教師達からの信用も鉄板ほどに分厚い。


 その上に父親は与党議員で家は名家。完全なお嬢様だというのだから声をかけづらくなる心境もよく分かる。


 言うならなるべくしてなった御令嬢というか、素晴らしい優等生だったのだ。カリアという人は。優等生という字を書けばこんな奴が浮き出てくるんじゃないかと思わせるくらいの。


 高嶺の花――いやそれは良く言いすぎか。


 気分よく眠りについている虎に態々話しかけにいくやつなどいないだろう。何せ手を触れれば自分にどんな災いがあるかわかったものではない。


 本来であればそんな人間と俺とはきっと縁がない。俺はバイト尽くしでどう考えても優等生とは言えない性格だし、素行だって良いわけじゃない。どちらかといえば教師達には不良という区分に放り込まれているはずだった。


 何、折角責任逃れを幾らでも出来る学生というご身分を貰っているのだから、その間くらいは自由を謳歌させてもらっても罰はあたるまい。どうせその内嫌でも背中に責任をひっかぶせられるのだから、少しぐらいは楽しまねば。


 それで、まぁ。


 どうしてそんな本来全く縁がなさそうな不良生徒たる俺と、完全優等生のカリアが放課後教室で言葉を交わす程度の仲になったかと言われると話がとてつもなく長い。


 恐らくフェルマーだって伝えるには余白が足りないとそう言ってくれることだろう。


 ただ簡単に言えば、一見何ら問題がなさそうな優等生といってもカリアはカリアなりに問題を抱えていて。その解決は彼女一人の手には余るものだった。


 その解決に至る為に、俺が少し関わった。ただそれだけの事だ。当然、俺がその問題を解決したわけではない。


 第一、人が抱える問題の解決なんてのは自分自身にしか出来ないものだ。親や友人が出て行って、はいこれで解決でしょうってのはただの押し付けで、傲慢に過ぎない。


 最後の最後、その問題をどう飲み込むかなんてのは本人にしか選べないこと。カリアは選んだ。俺はその近くにいた。それだけ。


 そんな縁があって少しくらい話すようになった。学生時代の青春としては丁度良いものだろう。きっと良い思い出話になる。と言っても、俺とカリアでは住む世界が違い過ぎてあっという間に忘れ去られるかもしれないが。


「それで、ルーギス。何時から来るんだ。用意はしてあるんだろう?」


 カリアは肩に竹刀入れを掛けながら当然という風に言った。竹刀なんてもの本来は学校に併設されている武道場に置いていくのが常だが、カリアは毎日持って帰って整備をしているらしい。


 優等生のカリアらしかった。


「来るって何がだよ。主語を入れてくれ主語を。英語の時間によく言ってるだろう」


 英語の教師が毎日のようにやっているジェスチャーをしながら言う。カリアはきょとんという擬音が似合いそうな顔で言った。


「剣道部に決まっているだろう。入ると言ったじゃないか」


 いや欠片ほども覚えがない。


 そもそも、俺は青春をバイトにつぎ込んでお札に換金をしているのだ。どう考えても部活動という無償行為に捧げる時間はない。ありゃボランティアだ。どうせ身体を動かして何かをするならお金に変えた方が良いに決まってる。


 暴力的ではあるものの、それが俺の理念だった。


「駄目だ入れ。というよりもう入れた」


「入れたってなんだよ!?」


「貴様の苗字の印鑑を買って入部届に名前を書いて提出した」


「何をしたか説明しろって意味じゃねぇ!」


 思い切り訂正をしたい。こいつ全然優等生じゃない。むしろ滅茶苦茶だ。今度から優等生ではなく破天荒と呼ぶ事にしよう。


「どういう事だ。何でお前の中では俺が剣道部に入って面白おかしい青春を送る事が決定事項になったんだ?」


 カリアは考える様に、顎に手を置いてから言った。


「貴様は私の友人になると言っただろう」


 言ったな。確かに以前の事件の時そう言った覚えがある。それは確かだし、こうして放課後のお喋りに興じているのもその活動の一環だろう。


 友人関係に権利義務なんてものはないが、俺はカリアの友人としてそれなりの事はしているはずだ。


「私の友人といえば、社交界で会う人間か、部活や生徒会の人間だけだ」


 ほう、それで。


「詰まり貴様は剣道部に入らなくてはいけない」


 まるで理屈が繋がってねぇよ。


 多少おかしな論理展開があるだろうとは予測していたがここまでとは恐れ入った。古代ギリシアにいって三段論法の何たるかから教え込んでもらってきてくれ。アリストテレス辺りが丁寧に教え込んでくれるだろう。


「大体お前の言い方なら生徒会でも良いんじゃないか。そっちにも友人はいるんだろう」


 どちらにしろ入る気はないが。というより部活だの委員だのといったものには可能な限り関わりたくない。学生とは本来自由なものだという事を存分に主張していきたいね。


 カリアは長い睫毛を動かしながら言った。


「いや――生徒会は駄目だ。入るな。お前に良い影響を与えない」


 人に良い影響を与えない生徒会ってなんだよ。逆に興味が湧いてくるぞその言い方。


 恐らく古今東西、漫画にしろ小説にしろ色んな題材に生徒会って名称は使われてきたと思うが。それでも良い影響を与えない生徒会なんていう珍奇な評され方をした事は中々ないだろう。


 というより生徒会にはヘルトやアリュエノを含めて俺の友人知人がそれなりに在籍しているはずなのだが。


 何だ、今はもう魔窟にでもなっているのか。それなら事前に告知でもして欲しい。絶対に生徒会室に近寄らない事にする。


「良いかルーギス、生徒会というのは案外真面目な場所なんだ」


 案外、と言われなくてもまぁ大多数の人間はそうだと認識していると思うが。それがどうしたというのか。


「お前には向いてない。私と一緒に剣道をした方が良い。お前は私の友達なんだろう?」


 一刀両断だなこいつ。将来政治家にでもなってほしい。遅々として進まない問題もカリアならばっさばっさと斬り倒して進めてくれるだろう。それが良いか悪いかは知らないが。


「いや分からんぜ。案外そういう真面目な空気が俺に馴染むかもしれん。というより、どちらかといえば剣道だって十分真面目なんじゃあないのか」


 武道といえば、礼に始まり礼に終わる。生徒会よりもそちらの方が堅苦しそうではある。


「そこは私が矯正するから安心しろ。歩き方、口調、目線の動かし方。一つ一つ丁寧に教えてやる。卒業するまでには私の隣にいて恥ずかしくない立派な人間として保証書を作ってやろう」


「分かった。剣道部には死んでもいかねぇ」


「馬鹿な、何故だ!?」


「今の会話に全ての答えはあっただろうが!?」


 カリアは頭は良いんだが、人として問題がありすぎる。やはりお嬢様というのはこうも庶民と感覚がズレるものなのだろうか。もう少し、半歩でいいからこちらに歩み寄って欲しい。


 歩み寄った結果がこれだというなら俺は両手をあげて降伏しよう。手の打ちようがない。


「ではどうすればいい。どうすれば、お前は私の友人になってくれるんだ……?」


 カリアは今までとは少し違う口調でそう言った。弱弱しいというか、健気というか。


 何時もの何処までも自信満々の声ではない。彼女の中に潜んでいるであろう弱さを露呈した声だった。


 やめてほしい。お前はそういうキャラじゃないだろう。似合わないとまでは言わないが、こういう事をされると俺が何か悪い事をしている罪悪感に怯えさせられるのだ。


 お前はどうせなら何時も通り堂々と、傲岸不遜でいてくれれば良いだろうに。それともこの弱さを含めた人間性がカリアという少女の本質なのか。


 俺は頭をぐるりと回しながら言葉を探して言った。


「もう十分友人だろう。こうして放課後一緒にいて楽しくお話してるのは、友人関係以外の何があるんだ?」


 何となく気恥ずかしくなってカリアから視線を逸らしてから言った。


 俺くらいの学生にとって友人だのなんだのと言い出すのは十分に気恥ずかしいのだとカリアには自覚してもらいたい。その中で精いっぱいの事を口にしたのだ。恐らく今夜は今の事を思い出して枕に顔をうずめて寝る事になる。


「そうか……いやそうだな。分かった、そういう事にしよう」


 カリアは小さく頷いて仕方がないという風に言った。やはりまだ少し声は弱い。そこに含まれているものは、恐らく妥協だ。彼女は随分と慣れ親しんだもののように妥協をした。


 彼女のような何不自由なく生まれて来た人間であっても、いやむしろだからこそ何度も妥協という毒は飲み込んできたはずだ。


 裕福に生まれたからこその不自由。交友の不自由。礼節の不自由。


 以前の問題を思い起こすに、きっと彼女は俺がおもう以上にずっと不自由なのだろう。だからこそ妥協や諦念というものを何度もその喉に通してきたのは、間違いがないはずだ。


 それが悪いとは言わない。時には薬になる。けれど、過ぎれば毒になるというのは全ての事柄に共通するわけで。


 もしかすると、剣道部に入れと俺にねだったのは、カリアが言う最大限のわがままだったのかもしれない。


 悪い癖が、出始めていた。アリュエノ曰くショートケーキの甘さというやつだ。


 今までわがままなど言ったことが殆どないであろう少女が出した、可愛らしい細やかな願い。それくらい、俺に出来るなら叶えてやっても良いのではないだろうか。そんな思いだ。


 安易に過ぎる。自分自身でも馬鹿らしい甘さだとは思う。けれどどういうわけか、自分に出来る事であるのに行わない事を選んでしまうのは、酷い後悔を呼び起こす気がするのだ。


 昔からの、悪い癖。


 勿論メインはバイトであるし、その合間を縫う形にはなるが、多少部活動に精を出すことくらいはできるだろう。


 きっとこの学校を離れてしまえば俺とカリアの間に一切の縁はなくなる。ならその少しの間、友人としての務めを果たすくらいはしてやりたい。


「分かった、分かったよ。入ればいいんだろう。だが金はないぜ、防具や竹刀を貸し出してくれるんだろうな?」


 溜息とともに押し出した声を聞いて、カリアはまさしく花開くような笑みでもっていった。何とも、そういった所では素直な表情を出してくれる。


「いいや、もう貴様の分は購入している。竹刀も防具も、剣道着もだ。今から来い、全て用意しているからな」


 ちょっと待て。


「何だ、サイズが合うか気になるのか。私とて馬鹿ではない、事前に担当教師から貴様の健康診断の結果を譲り受けている。違和感はないはずだ、あれば作り直させよう」


 何だその周到さは。


 お前今、俺が剣道部に入らない事を受け入れかけてたじゃないか。それは詰まり俺が断ることも十分想定してたというわけで。


 それにしては行動が、おかしいような。


 カリアほどのお嬢様がいうからには、購入したというのは恐らくオーダーメイドだ。それにどの程度の金がかかるかは知らないが、決して安い買い物でないことくらいは俺にも予想がつく。


 カリアと俺の金銭感覚は大いに違うだろうがそれにしても、だ。妙に計画的というか、なんと言うか口に出す事が憚られるのだが。


「例え泣き落とししてでも貴様を剣道部に入れるつもりだった」


「言うなよ! 俺はお前がそんな事する人間じゃないって必死に思い込もうとしてたんだぞ!」


「貴様が私をどう思おうが勝手だが、今日私は不退転の覚悟で学校に来たからな。最悪貴様が気絶している間に全てを済ますつもりだった」


 全てって何だよ。怖いわ。後今、教室の扉からこっちを伺ってたボディガードみたいなやついただろ。そういうの本当やめろよ、もう犯罪に半歩踏み込んでいるからなお前。


「ふむ。いいか、ルーギス」


 俺の言葉を聞いて、考え込んだ風にしてカリアは言う。その白い肌が西日に差されて匂い立つような美しさを見せつけていた。


「法治国家では、事が露見しなければ犯罪にはならない。少なくとも、裁かれはしない」


 本当怖いなこいつ。可能な限りこいつと関わらない事にしよう。そう心に決めた。


「訳の分からないことを心に決めるな、ルーギス。貴様が私と関わらないなんて事は不可能だ」


 断言しないでくれ。俺は今心に決めた所なんだ。初志貫徹とまでは言わないがせめて一日くらいは保たせてほしい。大体関わらない事が不可能というが、その理由はなんだ。案外出来るかもしれないじゃないか。


「いいや、不可能だ。もうそれは分かっている」


 カリアは繰り返し重ねる様に言った。綺麗な唇が上を向いて微笑んでいる。


「貴様は大甘だからな。パフェよりもずっと甘い。私にも、フィアラートの件だってそうだろう。気をつけろよ、女は皆魔女だぞ。貴様の甘さに付け込むくらい容易にやってみせる」


 それは俺のもう一人のご友人の事を言っているのだろう。余り思い起こしたい類のものではないし、それに語るべきことでもないが。


 少なくとも、魔女はお前一人だけであってくれと願いたい。

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