第8話
町巡りが終わって帰った後からバイトが始まった。
まさかこの世界でもバイトをする事になろうとは。
「今日から刻君にはこの店でバイトをして貰うッス。給料はその日ごとに渡していく感じッス。わからないことがあったらここの従業員や僕に聞いてくださいッス」
「わかった」
「じゃあ、早速やっていくッスか。それじゃあそうッスね……まずは掃除から!」
「おう!」
なんか普通のバイトだな。まあやっていくか。
それから掃除、食器洗い、接客といろいろやっていった。
日本の飲食店でのバイトと大差なかった。
特に無理を言われる事なく、作業は進んだ。
だが、一つだけ言いたいことがある。
それは……
「おい店長、働けよ」
そう、この店長働かないのだ。
それどころか客に混じってパフェを食っていた。
「え〜、だって僕どれも出来ないッスもん」
「嘘をつくんじゃねぇ! お前朝普通にやってただろうが!」
「チッ、見てやがったッスか」
「こいつなんて店長だ!」
店長はこんなだが、この店結構人気があるらしい。
席が7〜8割は確実に埋まっている。
中でも女性客が多い気がする。
すると、その中で数人がキョロキョロしていることに気がついた。
なにやら空護を見てるな。あ、コイツ手ェ振ってやがる。まさかこうやって客増やしてんのか?
そんな事を考えつつ再び仕事に戻る。
すると、ふとあることに気がついた。
「なあ、ここ従業員少なくないか?」
「そうッスね、4人だけッスよ」
「はぁ!? 流石に少なすぎんだろ!」
「大丈夫ッスよ。従業員の子が3人に分身するスキル持ってるッスから。ほらあの子」
「それでも少ない気がするが……」
空護が指をさした方を見るとウサギの亜人が居た。
今まで全く気付かなかった。
「紹介してなかったッスね。ここの従業員第1号ッス」
ウサミミの亜人は恐る恐るといった感じで口を開いた。
「……は、初めまして。兎月 奈々です」
そのウサミミの亜人は予想だにしないことを言った。
「え……えぇ! また日本人!? 」
そう聞くとウサミミの亜人は頷いた。
「奈々ちゃんは日本人ッスよ元ッスけどね」
「元? どういう事だ?」
「彼女は向こうで死んじゃって、その後生まれ変わったっぽいんッス。しかもこのままの姿で」
「転生者ってやつか」
死んだことがあるとは穏やかじゃあ無いな。
「そうッス。仲良くしてあげて下さいッス」
「そっか、俺は宮下 刻だ。よろしくな」
俺は右手を差し出した。
「…………」
……無視?
軽く傷ついた俺である。
「あ、その子人見知りッスから。ほらほら仕事して下さいッス」
「お前が言うか」
「刻君は響ちゃん手伝って下さいッス。うちでスイーツ作れるのは響ちゃんだけッスから手が足りないんッスよ。ちなみに僕は料理全般アウトッス!」
親指を立てて言い放ちやがった。
それに対し俺は中指を立ててやった。
「な! ちょっとそれはどうかと思うッスよ!」
騒いでいるアホを無視して俺は厨房に向かった。
「おーい、手伝いに来たぞ」
すると若干鬱陶しそうにこっちを見た。
「あ? 手伝いってお前出来んのか?」
「1回見れば大抵料理系は覚えられるぞ」
向こうでは一人暮らしをして居たので割と料理には自信がある。
「ふぅん、じゃあ一回全部作って見せっから覚えろよ」
響の作業を観察した。
流石一人で店のものを作ってるだけあって、かなり慣れてる感じがする。
「へぇ、手際がいいな。やっぱり好きなんだな、そう言うの」
「……ふん」
集中してるんだろうか黙々と作業している。
結構いろいろ使ってあるな。見た感じだと知らない食材が結構ある。あ、知ってるやつも数種類はある。よくこの状態からスイーツ再現したな。クレープうまかったし。
「よし、これで全部終わったぜ」
クレープやパンケーキを始め、パフェやケーキ、プリン、タルト、etc. とマジのスイーツ屋だった。
一人でよくこの量作れるなと思っていたら、途中で魔法具とかも使っている模様。
「なるほど、大体覚えた。けど食材の区別がまだつかないんでざっとでいいから教えてくれ」
「へぇ、お前覚えたのか男はみんな料理出来ないと思ってたぜ」
「何言ってんだ。お前も男だろ」
「ん? ああ、まあそうだけどよ。クウの奴見てたら基本男はみんな出来ないもんかと思うだよ」
響は首筋をポリポリ掻きながらため息をついた。
どうやらかなり酷いらしい。
「食材だったな。1回しか言わねーからちゃんと聞いとけよ」
色々聞いてわかったのは全く見たことない食べ物の他に向こうの世界の食材に似た食べ物も存在するらしい。
「このチーズっぽいのなんて言うんだ?」
「チーズだ」
まんまだった。
「こっちの言葉でなんて言うのかは知ねぇよ。クウが言うには聞こえる言葉はこっちに都合よく翻訳されるってよ。ここの人間も俺らが発した言葉がわかる様に翻訳されてるらしいぞ。ただ、向こうにない生物や物質、あと個体ごとの名前は別だ」
そういう仕組みなのか。
「あー、なるほど。じゃあこれらは大体見たまんまのもんなんだな」
「ああ」
なんとも不思議だ。そんな感じで意思疎通してるのか。すげぇな。こんなもんが向こうにあったら通訳の人食っていけなくなるな。
「もっとも見知っていた食材は基本ヘブンへイムには無いから色々工夫しないと思ってけねーけどな」
「オッケー、多分もう作れるぞ」
「じゃあ、明日から入れ。そろそろ閉店時間になる」
時計を見ると20時半を過ぎるくらいだった。
「もうそんな時間か、ここって8時から21時までぶっ続けでやってるのか?」
「いや、8時から10時、13時から16時、19時から21時だ。それを週3でやってる」
結構やってる時間は少なかった。
「それで儲かるのか?」
「ここは人件費も土地代もあってねぇ様なもんだ。まあ別の仕事もあるしな」
へぇ、他にもなんかやってんのか。
「人が少ないから人件費がかからないのはわかるんだが土地代はなんでだ?」
「あー説明めんどいな、この神都は外から見た時の広さと中身の広さが違ぇんだよ」
「つまり?」
「魔法具で中の空間を必要に応じて広げてんだ。そうしたら土地なんざ腐る程作れるからな。どれくらいで限度が来るかは知らん。まぁそのせいで町の形も日々変わってる」
なるほど、だから迷子になったのか、俺は。
「でも、それじゃあ街に住んでる人困るんじゃ無いか?」
「いや、それは別の魔法具で中の地図を頭ん中入れれる様にしてんだよ。一つの建物に一つずつあれが置いてある」
響が向いた方に地図があった。
魔力を帯びている。
「あれは人からの魔力供給が要らないタイプだ。売ってる魔力袋の魔力を注ぎ込んで地図の上に手をおきゃあいいんだ」
「ほぉー便利なもんだ」
日々変わる街か。魔法あってこそだな。
「っと話過ぎたぜ。まだ残ってんだからてめぇも仕事しやがれ」
「サンキューな」
さてと、次の作業は……っと
「はうっ!」
さっきの亜人の子にぶつかってしまった。
持っていたトレイが落ちていき、向こうの子も倒れていく。
「おっと」
俺はとっさに眼で加速してトレイが落ちるのを阻止し、亜人の子の手を掴んだ。
「ごめん、大丈夫?」
「あっ……だ、大丈夫っだす」
「だす?」
「はうっ!」
やべっ、反射的に繰り返してしまった。それにしてもだすって。
「……大丈夫です」
顔は真っ赤になって俯いてしまった。
「そ、そっか、ならよかった。奈々ちゃんだっけ?」
「はっ、はい。あの、さっきはごめんなさい、無視しちゃって……」
なんだ、いい子じゃないか。
「気にすんな、人見知りじゃあしょうがない」
長年ぼっちだった俺には人に話しかける時の緊張感がよくわかる。
「はうぅ、ありがとうございます」
少しぎこちないが笑った。
そしてよく見れば可愛い子だった。
恐らく年は同じくらい。
亜人だが顔は日本人っぽい顔だ。
髪はロングでストレート。
あと俺より若干でかい。
学校じゃまずモテる顔だ。
下駄箱にラブレターが大量に入ってそう。
そして何より、巨乳だ。
こいつマジで高校生か?というレベル。
おっと、今は仕事に集中せねば。
「なあ、掃除、接客、皿洗いは大体やったんだけど後は何すればいいんだ?」
「え、えっと、じゃあゴミまとめるの手伝って欲しいです……」
「オッケー」
「あ、ありがとうございます」
うーん、なんか硬いな。
警戒されているのか反応にややズレがある感じがする。
こちらとしては仲良くしたいと思っているのでどうにかしたい。
だからとりあえず敬語は止めて貰うことにした。
「敬語じゃなくていいよ? 今何歳?」
「え、えっと17です」
年上……!
自分が結構失礼だったのに気がついて少し焦る。
いや、今更焦ったところで変わらない。
俺は一つ尋ねた。
「それじゃあ、逆に俺が敬語じゃ無くていいのか?」
「い、いや大丈夫です」
「じゃあせめてそっちも敬語やめてくれ。年上に敬語使われるのはね」
するとちょっと困った顔して了承してくれた。
「わ、わかった」
「よし、じゃあよろしく。先輩」
「はうっ!せ、先輩?」
変だったか?
「ここじゃあ先輩だろ? 嫌か?」
かつてのバイト先でも年上の人は先輩と呼んでたので普通かと思っていた。
「い、嫌じゃない……よ?」
何故に疑問形?
「……むしろいい。いや素晴らしい!」
な、なんだ?
「年下の男の子から先輩と言われるのは女子としてはかなり嬉しいというか憧れてるというかなんというか向こうにいた頃隠キャで上下左右の繋がりが皆無だった私じゃあ絶対にありえない訳なので仕方なく乙女ゲーをする事でその穴を埋めようとしてめちゃくちゃハマってしまって現実でも言われたらどれだけ良いだろうかと妄想を繰り返して学校に行ったら行ったで後輩の子達に人見知りでコミュ症の私が話しかけられる筈もなく一人寂しく泣いちゃってたこの私が死んで生まれ変わった事で男の子から先輩可愛いねなんて言われるなんてまじかキタコレとか思っていた事を知られでもしたら引かれるかもしれないから言わないけどやっぱり……はっ!」
どうやらマズかったらしい。
あと先輩可愛いねとは言ってないが、この調子だと凄いことになりそうなので今はよそうと思った。
我に帰った奈々が少し黙って、謝ってきた。
「ご、ごめんね。感情が高ぶっちゃうとつい饒舌になっちゃうから……」
あれはもはや饒舌というレベルではない。
「私重度のオタクだったから、その癖が……」
出ちゃってた訳か。いや、引いてはダメだ。宮下 刻。世の中いろんな人がいるんだから。
「じゃ、じゃあとりあえずよろしく。先輩」
「う、うん! 何かあったら言ってね私先輩だから! そう先輩! 先輩……先……」
危険を察知した俺は足早にゴミを捨てに行った。
変な人だが仲良くやっていけそうだ。
それからゴミをまとめるのが終わって、今日のバイトは終了した。
「はい、初日お疲れ様ッス。と言っても3時間しか働いてないッスけどねぇ。まだまだッス」
ふぅーっとため息をついた。
「ムカつくなぁ、殴るか?」
すると、思わぬ援護射撃が入った。
「刻の方がてめぇより数倍は使えるぞ」
「なにぃ!」
響! なんていい子なんだ!
「お前は店長のくせに作れねぇとかありえねぇんだよ! このカスが!」
言い放った! いいぞ。
「ぐはぁっ!」
どうやらショックだったらしい。
「おい刻、次の仕事は三日後だからそこから手伝えよ」
「りょーかい」
ちなみにこの世界では、1年が360日で一月30日固定とあまり向こうと変わらない感じだ。
ただ、曜日の言い方まで変わってないので、その辺りは翻訳によるものだろう。
普通に一週間、月〜日まである。
その中でこの店がやってるのは月、水、土だけだ。
今日は水曜日である
「あれ、奈々ちゃん先輩どこ行った?」
「上の階ッス。刻君の部屋もあるッスよ」
いつの間にそんなものが……
「部屋に荷物とか今日の給料とか置いてるッスよ。あ、さっき言った通りその日ごとに給料渡してるんッス」
「おう、わかった」
「クウ、飯ィ」
響が腹を空かせていた。
もう9時だもんな。そろそろ腹も減って……ん?そういえばここ何日間でクレープしか食ってない! 特に体調に変化はないな。女神の果実のマジパネェ。でもなんか空腹感はあるな。……よし。
「じゃあ俺がなんか作るよ」
「お、マジで? お前料理出来んのか?」
「いや、お前も作れるだろ?」
さっきパフェやらケーキやら普通作れないもの作ってたじゃないか。
「生憎俺はスイーツ専門で、それ以外は全然作ったことはねぇんだ」
マジか。スイーツ特化型だったのか。
「ちなみにこの馬鹿もだ。作ったものはダークマターになって帰ってくるぞ」
「一体何が! ……いろいろ気になるけどまあいいや、じゃあ厨房借りるぞ」
数分後
「ほら、出来たぞ」
カレーを作ってみた。
割と材料もちゃんとしていたのでパパッと出来た
「……おい、カレーなんてどうやって作った?」
「? いや、普通に作ったけど」
「ちょっとお前のステータス見てみろ」
なんなんだ?
言われた通り神眼でステータスを見てみた。
すると見慣れないスキルが追加されていた。
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保有スキル:神眼・魔力感知・コック王《Lv.1》
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「……なんだこれ?」
いつの間にこんなものが……
「どうしたんッスか?」
「いや、保有スキルに“コック王”ってのが追加されてたんだけど」
「コック王ッスか⁉︎」
突然大声を上げたのでびっくりした。
「そ、そうだけど、どうした?」
「いいッスか、コック王っていうのはあらゆる料理の調理方法を直感的に理解し、その上めちゃくちゃ上手く作れると言う料理人泣かせのチートスキルなんッス」
へぇ、いいもん取ったって感じだな。ラッキー。
「響、ちょっと食ってみろ……って早っ!」
もう食い終わったのか! まだせいぜい30秒くらいしか経ってないぞ。
「超上手いな! おかわり!」
「僕にも下さいッス!」
「わ、私も……」
奈々ちゃん先輩いつの間にいたんだろう。まあいいか。
「へいへい、ちょっと待ってろ」
こうして俺は料理当番に決まりました。