第4話
どうやら俺が来たこの異世界は《ヘヴンへイム》と言うらしい。北欧神話に有る地名にウンタラヘイムっていうのが沢山あるからそこからきているのだろう。まあ、大方向こうから来た人がつけたとかそんな感じだな。テキトーな予想だけど。
それはさて置き、俺達は今森を出て街に向かっている。
と言っても街は目と鼻の先なので然程時間は掛から無かった。
ちなみに森を出てすぐの所に連れていた子の親御さんがいたので、そこでその子とは別れた。
どうやら森で散歩していたところを逸れてしまい、ずっと探していたらしい。
そこから数分歩いて入り口に着いた。
「着いたー!」
そこははいかにも異世界といった感じの中世ヨーロッパ風の街だった。
街の中は馬車が通り、人や亜人、甲冑を着てる人やローブを纏った人も居る。
街の名前は《クレアテル》と言うそうだ。
これは……マジでファンタジーだ!
「いやースゲェな異世界!ラノベは真実だったんだな。これはもう二次元とは言えねーわ。あっ、ケモ耳だ!やっぱり異世界と言えばこれだよ」
この光景を見てすっかり興奮してしまった。
だがこういうのを見て興奮してしまうのは現代の若者としては当然の反応だろう。
そんな感じではしゃいでいると、
「ねえトキ」
「ん?どした?」
「街は来たこと無いのよね」
「おう、始めて来たぞ。と言うかまだヘヴンへイムに来て二日しかたってない」
「じゃあ当然この世界のルールとか知らないでしょ? お金とか色々」
ルール?
「そう言えば知らない」
ルールか。当然あるよな。向こうでいう法律や憲法みたいなのか。ぶっちゃけ全然考えてなかった。場合によっちゃあ、やっべ考えてなかったテヘペロ。じゃ済まんな。最悪捕まるぞ……捕まるのは嫌だな。どうしよう。
「じゃあ、そういうの教えながらこの街案内してあげよっか?」
迷える俺に救いの手が差し伸べられた。
「おお……神よ」
「えっ」
クレアが驚いたような声を上げた。
「どした?」
「いや、なんでもないなんでもない!」
なんだったのだろうか? 気になるな。でも今はそんなことより街のこと………いや、
「案内してくれるのはありがたいけど、果実届けなくて良いのか? 家族が病気なんだろ?」
「その事なら大丈夫。帰りは迎えがあるから歩かないの。迎えが来るのは三日後ぐらいよ。まぁ早く届けれるのなら届けたいんだけどね」
「そっか。なら良かった」
忘れたん訳じゃ無いのなら安心だ。
それを聞いてクレアは微笑んだ。
「ふふっ。トキは優しいんだね」
ズキン、と痛みのような感覚。
その刹那、突然何かが見えた。
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見覚えのある後ろ姿。
とても、懐かしい。
ずっと昔から知っているような感じだ。
『ふふっ、そっか。うん……やっぱり———』
振り返ってこちらを向くが顔の部分が鮮明に見えない。
何かが邪魔している。
俺は振り払おうと手を伸ばす。
それと同時に彼女は言った。
『———あんたは優しいね』
顔は見えない。
でもわかる。
彼女はきっと笑っていた。
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「……!」
いつの間にかもといた場所に戻っていた。
まただ。またあの時みたいに誰かが見えた。やっぱりクレアに似ている気がする。一体誰なん———
「どうしたの?」
少し考え込んで居たらクレアが心配そうに声をかけてきた。
「あ、ああ、いやなんでも無い。じゃあ案内頼める?」
「もちろん!」
まあ良いか。他人の空似って事もあるかもしれない。気にはなるがまあ今はいいだろう。
それから街を色々案内してもらうことにした。
中を歩いてみると改めて思った。
「ほー、やっぱり大きな街だな」
ここの基準はわからないが多分大きい方だろう。
感覚的だがこの密集の仕方を小さな街がしているとは思えない。
「まあ神都だからね」
「神都?神がいる都ってやつか?」
伊勢神宮的な。
「そうよ。いるって言うか治めてるの」
「へぇ、そうなのか」
身近というかなんというか、認識できる存在なんだなぁ
神が住む世界って比喩かと思ってた。
「じゃあ神都じゃ無い都市ってあるのか?」
「あるわよ。と言うかそっちの方が多いわ」
全ての街を神が治めてるわけじゃないんだ。神都と普通の都市とじゃどう違うんだ? 考えつくのはのは規模くらいだな。 神都だからって言ってたし。まあいろんなところ行けば違いはわかるだろう。まずはこの街をしっかり観光しないとな。
ここは観光するには十分に広い街だろう。
異種族が関係なく溢れかえっている。
別種族同士は仲が悪いようなイメージがあったがそうではないようだ。
そう言えば違和感が無かったので気づかなかったけど、みんな日本語で喋っているな。少なくとも俺にはそう聞こえる。でも文字は違うみたいだ。全く読めない。基本的にいくつかの円で形成された文字だ。うーむこれは不便だ。読めないのはあるあるだが覚えないとなー。まあなんとかなるさ!
さっき俺が字が読めないって言ったら、
「やっぱり異世界人って字が読めないんだ」と、クレアが言っていた。
異世界に来たら字が読めないのはあるあるだがこちらの人にとってもあるあるらしい。
そんな感じで街を回っていると、何やら屋台の様なところに来た。
「丁度いいわ。じゃあ今からお金について説明するね」
クレアはポケットから何やら通貨のようなものを取り出した。
「お金はこのマルクを使うの」
その通貨は真ん中に人の顔が描かれていた。
「へぇ、これがここの通貨なのか。これ誰の顔?」
「この人は通貨の仕組みを作ったマルクって言う人よ」
この世界の通貨は全てこのマルクで統一されているらしい。
亜人の国や魔族の国などの人間じゃ無い者の国でも通貨はマルクだそうだ。
ちなみに魔族と言うのは魔物や魔人の事だ。
この前のゴブリンも魔族らしい。
剣術が使えたのはちゃんと知能があったからだ。
俺がまじまじと通貨を見ているといつの間にかクレアが屋台で食べ物を買っていた。
「はいこれ」
「お、サンキュー、ってあれ?」
クレアが渡して来たのは何やらクレープの様なものだった。
と言うかまんまクレープだ。
「これはクレープよ」
おっとまさかのそのまんまだった。これは本気で驚いた。
「マジか。こっちにもがクレープあるとは。んー」
いや、考えにくいな。名前は翻訳か何かされているかもしれないが同じ食べ物があるって事はないだろう。
するとクレアがご機嫌な様子で言ってきた。
「これ私の好物なの。知り合いが作ってるのを見て食べてみるとハマっちゃってね」
美味そうに食ってるな。クレープか。これは気になるな。
「あ、うまい」
もしかすると同郷の人が関わってるかもしれないな。時間があれば後でもう一回来よう。
「こんどは武器屋か」
「ここは武器屋ね。まあ色々武器や防具を売ってるわ」
そりゃそうだろうな。
店にはいろんな種類の武器や防具が置かれていた。
「へぇー、やっぱりこんななんだな」
予想通りの武器屋だ。
ゲームとかアニメに出るのと同じだった。
ザ・武器屋みたいな感じである。
「らっしゃーい」
奥から声をかけられた。
声の主はゴツゴツ頭のおっさんだ。
「こんにちはおじさん」
「おう、クレアちゃんじゃねぇか。どうしたこんなとこに」
「彼の案内してるの。異世界人だから色々教えてないといけないでしょ」
「ども」
俺は軽く挨拶した。
「そうかそうか。お前さん直々にねぇ……坊主」
「ん?」
「慣れねぇこともあると思うがまあ頑張れや。必要になったらいつでも武器を買いにこい」
「おう! じゃあ武器が必要になったらここに来るんでそん時はよろしく頼んます!」
いい人だ。
顔はいかついが。
その後もいろいろ回ったけどやはり流石異世界って感じだ。
武器屋や防具屋、魔法動物屋や魔法学校、俺の居た世界じゃあ、見れない様なところが選り取り見取りだった。
そんな中俺はあるものに釘付けになった。
そう、魔法だ。
ゴブリンも火の玉の魔法を使っていた。
それ故に気になっていたのだ。
「魔法かぁ。俺にも使えるのか?」
あるとわかっているならそれを知らずにはいられない。
「うーん、わからない」
「と言うと?」
「亜人や魔族、神は基本的にみんな使えるけど、人間は殆ど使える人が居ないの」
「もしかすると俺も使えないかもってことか?」
「あ、いや、トキは使えるかも。異世界人だし」
「そうなのか?」
「うん。でもなんでそんなに魔法を使いたがるの?トキは神眼があるじゃない」
何?神眼?
「何それ?」
クレア曰く、
これは神と契約した人間が、その神の力を身に宿し
使役できるといったものらしい。
神の力の欠片と言っていた。
特に神眼はその中でも持っている者が極小数ということだ。
ゴブリンとの戦いで時間がゆっくりになったのはそれの効果の様である。
ただ引っかかることがある。
「でも俺、神と契約した覚えないぞ」
ここに来て二日。俺は神らしき存在とは会ってはいない。
「えっ、嘘! そんな筈……ああ、そっか異世界人だったわね」
「?」
よくわからないが納得した模様だ。
それにしても神か。やっぱり覚えがな……いや待てよ。まさかあの黒い奴か? 俺を異世界に送ったあの黒ずくめ。人を異世界に送れるんだ。確かに神かも知れないな。まぁあくまで憶測だが。でもなんというかビミョー。それに何故かわからないがあいつなんかヤな感じがするんだよなぁ。まあ今考えても仕方ないか。
一旦休憩するために公園のベンチに座った。
これだけ広い街だ。
一気に回るのは結構苦労するのだろう。
そう言えばクレアはやたらここの人達に慕われてるな。
行く先々で町民に挨拶されている。
やっぱり美少女だからか?
「クレア人気者だな。ここに良く来るのか?」
「うん。近いし良く遊びに来るわよ」
ん?妙だな。
「近いなら迎えを待たなくていいんじゃ無いのか?」
「うん?あっ、それはね———」
突然鐘の音が鳴り響く。
大分大きな音だ。
するとその瞬間街が静寂に包まれた。
な、なんだ?
これだけ大きな街がこんなにも静かになるのは異様な光景だった。
「何が起きたんだ?」
「お祈りよ」
「お祈り?何だそれ?」
「神都では決まった時間にその土地を治めてる神にお祈りするの」
へぇ、そんなことをするんだな。
「俺もやろっかな」
すると横にいたクレアがギョッとして、
「い、いやしなくていいんじゃないかな!一応するのはこの街の市民だしね!うん」
一体どうしたんだ?
そんな感じだ話しているといつの間にか、お祈りは終わっていた。
「あ、終わったぽいな」
静かだった街に活気が戻る。
それにしても神か。
神が住む世界って言うくらいだから神様がいるんだろうなとは思っていたが、まさか土地を治めてるとはな。
ちょっと興味があるので聞いてみる。
「なぁ、神ってなんなんだ?」
「神っていうのは人間や亜人や魔族に神気と呼ばれる力が宿った存在のことを言うの。この世界を作った“原初の神”が、ある複数の人間と亜人と魔族に神気を与えた事が起源なの。その血を受け継ぐ者が今存在する神言う事よ」
「なるほどな。てことは言ってしまえば神も人も大差ないんだな」
「まあ神気を持っている時点でこの地上の生物たちとは次元が違う存在なんだけど」
「具体的にどう違うんだ?」
「うーん、何というか他の生物が持つあらゆる制限が無くなるの。例えば身体能力とか」
とりあえずめちゃくちゃ強いのは確かだ。
「でもまぁ神の神たる所以はそこじゃ無いけどね……」
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そんな感じで話しているといつの間にか夕方になっていた。
ここにも時間の概念はあるらしくあっちの世界との違いは余り無かった。
「すっかり暗いな。今何時だ?」
「今は6時ね」
もうそんな時間か。じゃあ帰るとする……あ、忘れていた。
どこで寝泊まりすれば良いのだろう。
クレアが察した様に言った。
「今日どこに泊まるつもり?」
「考えて無かった」
「困ったわね。うーん」
ここまで迷惑はかけられないな。……そうだ。
「あ、いや、大丈夫かも。当てならある」
「そうなの?でも……」
「大丈夫、大丈夫。心配すんな。それより明日また案内頼めるか?」
「もちろんいいわ」
「ならオッケーだ。今日はここで解散!明日の12時ここでいいか」
「わかった」
クレアが心配そうにこっちを見ながら帰って行った。
実は本当に当てはある。
あのクレープ屋だ。
恐らく転移者ないし転生者がいる筈だ。
そうじゃないとあれにクレープと言う名前はつかないだろう。
そうと決まれば善は急げだ。
俺はクレープ屋に向かって行った。
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数時間後
「……何処だ?」
お約束な状況だった。
「迷った!ヤベェ何処だここ!やっぱり道聞いとくんだった!」
そんな感じで俺があたふたしていると誰かが話しかけて来た。
「何してんだお前」
話しかけてきたのは小柄な少年だった。
金髪で目つきが鋭いが顔は結構整ってる。
美少年だ。
どうやらこの街の住民っぽいな。
「いやークレープ屋探してたら道に迷っちゃって。お前場所知ってる?」
「クレープ屋?ああ、クレープ売ってる店だろ。知ってるがあそこクレープ屋じゃないぞ」
え?マジで?
「あそこは異世界のスイーツを売ってるんだ」
知らなかった。そういえば買ってたのクレアだったしな。
「ほぉ。じゃあ連れってってくれよ」
ちょっと無理を言ってみる。
駄目か?
「ちっ、しゃーねーな。連れてってやるよ」
うしっ。心の中でガッツポーズを決めた。
「サンキュー。そうだ、お前なんて言うんだ?俺は宮下刻って……」
するとセリフを遮られた。
「ああ!?ひょっとしてお前日本人か!」
ん? なんでわかるんだ? あ、名前か。
「そうだけど、どした?」
「おおマジか! この街にも居たんだなー。同郷のやつにはほとんど会うことねーしな。お、わりーわりー。実は……」
同郷? おい、まさか……
「俺も日本から来たんだよ」
それが俺と音羽 響との初邂逅だった。