第2話
ゴブリンの目の前には少女がいた。
あそこに居る少女は必死に子供を庇っている。
「はあ、はあ……」
頭からすっぽりフードを被っているので顔はよく見えない。ただ少女は今にも倒れそうなくらいに疲弊している様子だ。
「グギャアアアア!!!」
ゴブリンはどんどん少女達に近づいている。
手に持っている剣を振り回しながら暴れており、今にも少女達に襲い掛かりそうだった。
「ひぃっ! おねえちゃんっ!」
子供はぶるぶると震えてすっかり怯えきっている。
無理もない。
あんな化物を目にして怯えない子供はどうかしている。
それでもゴブリンはそんなことは御構い無しに一歩ずつ確実に近づいてくる。
少女たちは逃れようとするが足を引きずっている。
どうやら足をやられている様だった。
距離は徐々に縮まっていき、すでに少女の目と鼻の先まで来ていた。
……やばい、追いついてしまう。助けないと……いやでもどうやって……あれに突っ込むのは流石に自殺行為だ。でも、行かないと……
頭の中で考えがループしている。
助けたい。
でもあそこに行ったら死ぬかもしれない。
そう考えたら足が竦んでしまう。
近づいていくゴブリン。
少女たちは俺よりもずっと恐怖しているはずだろう。
だが、そうではなかった。
こんな状況にも関わらず少女は臆する事は無かった。
少女は子供に微笑みかける。
「はあ、はあ、……大丈夫。私が守るから」
少女は笑っていた。
そして守るとまで言った。
自分も危険な状況にあるにも関わらず、その子供のためにだ。
ドクン
……なんだ?
妙に落ち着かない。
冷や汗が止まらず動悸も激しい。
あの少女を見ていると何かが……何かが頭にチラつく。
「…………!」
すると突然頭の中で何かが垣間見えた。
目の前に広がったのは見覚えの無い場所。
踏み荒らされた花畑。
花に染み付いた真っ赤な血。
血走った目をした者達。
何をしているのか。
それはもう一目瞭然だった。
戦いだ。
恐らく中心にいる女性以外は全てが敵。
かなりの数だ。
これではあまりにも多勢に無勢である。
どこかで見た場面だった。
つい最近見た、いや、ずっと前な気もする。
とにかく見覚えのある場面だ。
心臓の鼓動が早くなっていく感じがする。
ああ、わかる。
この先どうなるのか。
何と言うのか。
彼女は振り返って言った。
『私が守るから』
「!?」
そうだ、この前の夢だ。どういう事だ? あれはただの夢じゃ無かったのか?
俺は突然の事で混乱した。
彼女もあの少女の様に敵に囲まれても笑っていた。何故こんな場面が浮かんでくる? 俺は、あの少女のことを知っているのか?……いや、知らないはずだ。俺はあの少女を見た事がない。
どう頭の中を探っても思い出せない。
やはり彼女とはこれが初見だ。
けど、この感じは何だ。
右の眼の奥が疼く。
あの少女を見ていると胸の奥が締め付けられる様な感覚がある。
そんなことを考えてる間に少女たちは追い詰められていた。
「ダメだ……」
ゴブリンは持っている剣を大きく振りかざした。
「ッッ……!」
何があろうともこの少女は絶対死なせてはいけな
い。
「助けねぇと……」
そんな強迫観念に駆られる。
理由はわからない。
けれど心の奥底からそう感じる。
「そうだ……俺が……」
何をビビってるんだ。あの子はあんなに勇敢じゃねーか。男の俺が行かなくてどうするんだ。周りには誰もいない。助けられるのは俺だけだ。だから……!
「助けるんだ」
俺は地面に落ちていた石を掴む。
それをゴブリンに向け思いっきり投げ、注意を引く。
そして大きく息を吸い、力一杯叫んだ。
「こっちだ化け物!!」
「ギギィ!?」
どうやらゴブリンの注意を引けた様だ。
石が当たったのでかなり苛立っている様子。
さてどうするか……注意を引くのはいいが、俺は丸腰。倒せるのか?…………いや、倒す!
目を閉じて少し考える。
よし、作戦は決まった。
「おおおおお!」
俺はゴブリンに突っ込んだ。
多分俺とコイツとでは対抗できない程の力の差はない。だが決定的に違うものがある。それは武器だ。それさえなければ、出来れば手に入れられる事が出来たらいい。だから先ずは、剣を奪う!
俺は手に持った石をゴブリンの右手に目がけて放つ。
「おっ……らああ!」
当たる!
しかし、ゴブリンはそれを剣で受け流し、俺に斬りかかってきた。
「グギャッ!」
「チッ!」
そう簡単には取らせてくれない。
すると、
「——————」
ゴブリンが何か言っている。
距離が遠くて聞こえない。
でもなんとなくざわざわする。
「何だ?」
その瞬間ゴブリンの前にこぶし大の火の玉が現れ、それを放った。
「なっ、これ魔法か!?」
ブツブツ言っていたのはいわゆる詠唱という奴だろう。
その後もゴブリンは火の玉を同時に数発撃ってくる。
「これじゃ近づけない……何か穴があるはずだ……」
俺はゴブリンを観察する。
魔法といっても万能では無いはずだ。
回避と防御を徹底して行い、後はひたすら探る。
「…………!」
するとある事に気がついた。
「あれ……もしかして、いちいち詠唱しているのか?」
ゴブリンは魔法を撃つごとに詠唱している。
かかっている時間は1回につきに大体3秒くらいだ。
「試してみるか」
ゴブリンは再び詠唱を始める。
その瞬間に石を投げ込む。
ゴブリンはそれを避け詠唱をやめた。
「よし、隙ができた。これなら!」
俺は石を持ってゴブリンに向かっていく。
ゴブリンの詠唱が始まり石を投げる。
すると剣で斬りかかって来た。
俺はそれを躱し、ゴブリンの腕を掴んだ。
「これで逃げられ……!?」
俺は慌てて離れた。
ゴブリンがもう一本剣を持っていたからだ。
「グギャアアアア!」
ゴブリンは一気に距離を詰めてきた。
だが所詮モンスターだ。
攻撃は単調のはず。
俺は愚かにもそう思って再びゴブリンに向かっていった。
しかし、
「ッ……マジかよこいつ……」
近づけなかった。
何故なら、ゴブリンは剣術を身につけていたからだ。
「こいつ剣が扱えるのか。チッ、これはマズいな」
素人相手ならまだしも、ちゃんと剣が扱える奴相手に素手で戦うのは厳しい。
魔法という飛び道具があるならなおのことだ。
すると状況は必然的に防戦一方となる。
ひたすらゴブリンの攻撃を避け続けた。
剣を奪おうとして近づいて、うまく一本目の剣を躱しても次の一撃がやってくる。
かと言って離れてしまえば魔法が飛んでくる。
このままじゃジリ貧だ。
せめて武器があれば……
「……はぁ、はぁ」
徐々に息が荒くなる。
しかしゴブリンの方はあまり息を乱してない。
これじゃあ負けちまう。どうすれば剣を奪える?考えろ、考えろ、考えろ…………そうだ!
「来いッ!」
石を投げ挑発しこちらに誘い込む。
ゴブリンが向かって来た。
俺は詠唱を邪魔しつつ目的の位置まで誘導する。
「着いたな……ほら来いよ!」
ゴブリンが斬りかかってくる。
俺はギリギリまで引きつけ躱す。
目の前には木。
そう、木に剣を食い込ませ動かせなくするのが目的だ。
しかしゴブリンも馬鹿では無いらしく、寸前で止める。
予想通りだ。
俺はゴブリンの剣を蹴って木に食い込ませた。
木にうまく食い込んで抜けない様だ。
続く2撃目も躱し、剣を地面に叩きつける。
「よし! このまま剣を奪って……」
「危ない!避けて!」
えっ?
その瞬間、視界がぶれた。
ゴブリンに蹴り飛ばされたのだ。
「ガハッ!」
やばい。骨が折れてる。これでは動けない。
ゴブリンは剣を木から抜き取った。
そしてゴブリンはそのまま俺に向かって…………来なかった。
ゴブリンは俺に興味を失った様に振り返る。
だったら向かう方向は決まっていた。
そう、あの少女達の方に向かったのだ。
「待てっ!」
ゴブリンが動きを止める。
帰って来たのは返事ではなく、魔法だった。
「危なっ!」
ギリギリ躱せた。
しかし、避けた球が後ろに木に当たり燃えてボロボロになった木が俺の方に倒れて来た。
「やばい間に合わっ……」
俺は木の下敷きになった。
「ああっ!」
少女が声を上げる。
しかし俺は完全に潰されはいなかった。
咄嗟に横に転がったおかげで九死に一生を得た。
だが死んではないが危険な状態だ。
この間にもゴブリンは進んでいく。
「止、せ…やめ……ろ」
「グギャギャ!」
止まるはずもなく、ゴブリンは進む。
そして目の前まで来たゴブリンは剣を振りかざした。
おい、待て。
やめろ。
やめろやめろやめろやめろやめろやめろっ!
「グギャアアアア!」
「ッッ!」
「止まれぇぇええ!!!!!」
その意思に呼応するように、右の目の奥が熱くなる。
その熱は徐々に強くなっていき、やがて光となって一気に弾けた。
すると突然、辺りの様子が変わる。
周りを見ると、ゴブリンの動きがゆっくりになっていた。
いや、ゴブリンだけでは無い。
俺を除いた全てのものがゆっくり動いている。
何が起きたかはわからない。
でも今は……!
俺は飛び出した。
「あああああああ!!!」
ゴブリンの前まで全速力で走る。
時間はゆっくり流れていても、止まってはいないのだ。
ゴブリンの目の前まで行き、
「喰らえ、化物!」
景色が元の戻る。
これは当たる。
俺は大きな岩でゴブリンを殴りつけた。
「「!?」」
突然現れた俺にゴブリンも少女も驚く。
「えっ!」
「グギィ!?」
ゴブリンは当たった岩の衝撃で剣を落とした。
すかさず俺は拾う。
これで勝てる。
「うおおおお!」
「グギャアア!」
剣が交わり火花が飛び散る。
後ろに飛びフェイントをかける。
それに上手くかかりゴブリンに隙が生まれた。
俺はそれを狙い一太刀入れる。
しかし受け流され致命傷には至らなかった。
「クソッ、浅いか」
ゴブリンは距離を取り魔法を放とうとした。
しかし、飛んではこなかった。
「よくわからんがラッキーだ!」
そこからは魔法なしの剣の勝負になった。
俺の方は傷が深い。対してゴブリンはあまりダメージを受けてない。
本来なら押し負けるだろう。
ところが、ゴブリンは息が切れており、酷く疲労している。
剣の腕は俺の方が格上だ。
お陰で攻勢になってきた。
「そろそろ終わらせないとな」
一旦両方距離を取る。
そして、俺は再び向かった。
ゴブリンが斬りかかって来る。
俺はそれを上へ弾いた。
ゴブリンは大きく後ろに仰け反り隙が生まれた。
俺はそれを見逃さず一撃を加えた。
ああ、わかる。
「これで終わりだ!」
これは致命傷になる。
無防備になり隙だらけのゴブリンを斜めに斬った。
「ギャアアア!」
よし!まともに入った。
ゴブリンは地面をのたうちまわっている。
まだ息がある。
俺はトドメを刺そうした。
しかし、
「ギ……ギギィ……」
弱っているゴブリンを見て躊躇ってしまった。
だか、放っておいたらまた誰かに危害を加えるかもしれない。
散々迷った末に俺は、
「……クソッ」
結局ゴブリンを逃してしまった。
ハア……情けないな。
でもまぁ、
「初戦闘にしては、まあまあ上出来だろう」
こうして俺の初戦闘は勝利で終わった。
そして疲れ果てた俺はそのまま気を失った。