第23話
結果的に言うと跳べた。
余裕も余裕だ。
10mなんぞ軽々と跳んで見せた。
跳び越えて見せた。
「あれ?」
現在、猛スピードで階段へと向かっている。
そう、俺は自分の力量を見誤っていたのだ。
「おいおいおいマジかよ!」
ここまで魔力が高いとは思っていなかった。
それ故に俺は階段に激突寸前の危機に陥っているのである。
「うわうわうわ! く、 来んな! って、俺が行ってんじゃねーか!」
焦り過ぎて一人ノリツッコミをする始末。
どちらにしろ危険だ。
ものすごいスピードで壁が迫ってくる。
考える余裕がない。
予想外の出来事というのは人に結構な衝撃を与えるのだ。
「クソッタレ!」
身体を丸めて防御姿勢をとった。
「ふぬぬぬぬ!」
せめてダメージは最小限にしようと腕を前に出し魔力で固める。
そして遂に激突、と思った矢先、まさかの出来事が起きた。
……? 痛くない。
それもそのはずだ。
「?」
階段にぶつからなかったのだから。
「…………」
階段を通り抜けたのだ。
俺はあまりに唐突な出来事だったので目を白黒させ、
「……は?」
と、ひょうきんな声が出てしまった。
その後も進んでいき、階段を通り抜けてきって、ついには外に放り出された。
さてどうなったか。
答えは簡単。
奈落に真っ逆さまだ。
俺なんで落ちて……
呆けている俺に上から声が聞こえた。
「ご主人!」
「…………はっ!」
呼びかけられ、我に返った。
だが事態が好転したわけではない。
危ねぇ、呆けてる場合じゃない。やばい、このままだと死ぬ。何かないのか。何か何か何か何か何か何か。何か……! 上へ上がるのに必要なものは……ロープ、ワイヤー………いや、それは無理だ。持ってない物は使えない。シロナは……ダメだ何もできない。それじゃあ推進力が出るものは———待てよ、推進力? あ!
推進力を生み出せるであろうアビリティを俺は持っている。
昨日覚えたあれだ。
だが、まだ試していない。
どの程度のものかわかってないと今の二の舞になってしまう。
「いいや、もう考えてる暇は無い。一か八か…………!? マズい、もうこんな深いとこまで来てんのか!」
既に元いた場所は豆粒のように小さく見える。
だったら、全魔力を使う。
どうなるかは予想がつかない上に、まだこれを使ったことないから細かい調節は難しい。
けどもうこれ以外には方法が無い。
「今度こそ頼むぞ…………【双嵐の舞】ッ!」
この前覚えた風のアビリティ。
モンスターが使っていた時は強力な風の刃が2方向から無数に出るというものだった。
それを分解する。
風の刃から小さな竜巻へ。
竜巻の推進力は俺を持ち上げる。
しかし、
「クソッ、分解はマズかった! このままじゃ……うわっ!」
本来の形を保てなくなったアビリティは暴走を始め、風の向きもぐちゃぐちゃになる。
俺はされるがままに飛ばさていった。
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「痛って……」
壁にぶつかったり、転げ落ちたりしつつも、なんとか落ちずに済んだ様だ。
「ぐっ……助かった、のか?」
あたり一面真っ暗で殆ど何も見えないが手足は動く。
とりあえず五体満足だったので安心した。
しかし、
「痛ッ……! 折れてたのか。久々だと、きっついな……」
衝突時にあちこち骨折してしまっていた。
過去にも骨折した事はあるが、これは酷い。
動くたびに響く激痛になんとか耐えられているが、この状態が続くのはあまり良くない。
「鑑定……ゲッ、危ねぇ……しかもこの頭痛……」
生命力もボロボロだった様で、六分の一に減っていた。
さらに魔力はすっからかんになって酷い頭痛と目眩がする。
魔法やアビリティは失敗した時のツケがでかい。
消費魔力は通常の5倍に膨れ上がり、ダメージも食らう。
これをリバウンドというらしい。
今回は魔力の全力使用と暴走に加え、リバウンドもあったせいで魔力が無くなったのだ。
「そうだ、ポーション……砕くんだったよな」
俺はボディバッグから“箱”を取り出して、ポーションとマジックポーションを一個ずつ使った。
すると、傷がみるみる治っていき、頭痛と目眩もひいてきた。
「…………」
全身をくまなく見るが傷という傷がふさがっていた。
軽く動かして様子を見るが痛みはない。
「……なんともない!さっきまでのが嘘みたいだ!」
俺は再び鑑定してみると、なんと両方ともMAX値まで戻っていた。
オマケに美味い。
スタミナポーションなんかとは比べ物にならないなと心底思った。
「よっ、と」
跳んだり走ったりして軽く身体を動かすが異常はない。
魔力の方も正常だ。
「うん、治った。いやー、クレアに感謝しないと。改めて思ったけどポーションって凄いな。まあ多分これは特殊なやつだろうけど」
一発でMAXまで持っていったのだ。
普通のポーションだという事はあるまい。
「にしても……」
先程からシロナの姿が見えない。
恐らく影の中にもいない。
なんとなくそんな気がする。
「どうやらシロナとははぐれたっぽいな。周りがうっすら見えるから奈落の底ってことはなさそうだけども……うーん、それにしても暗いな」
辺りは真っ暗というほどではないが決して明るくはない。
ここまで暗いと色々なことに弊害が出るだろう。
「あれを使おう」
俺は箱の中から魔力を帯びた松明を取り出した。
【魔力灯】と言うらしい。
俺は魔力灯に魔力を注ぎ込んだ。
それに従って魔力灯の中央に小さな光が発生する。
光は次第に大きくなっていき、最大まで大きくなった頃には周辺はもうすっかり見えていた。
「おお、見える見える。ここってこんなだったのか。結構広いな。で、どうするかだな」
俺は例のように人差し指をこめかみに弾いていた。
今いる場所はダンジョンにしては整備されていないような岩場だ。
一応端は見える。
しかし、余計にわけがわからなくなった。
一体俺はどこに飛ばされたんだろうか。
さっきいた場所にもかなり広かったが壁はあった
「上は……え?」
上にはさっきまでなかったものがあった。
「天井が、ある。……こうなってくるともう転移くらいか? いや、これも幻かもしれない。でも、もしかしたらこの道が当たりの可能性もある」
ゲームでの経験だが、ダンジョンというのは普通の道は基本的にハズレばかりだ。
無駄に遠回りさせたり、隠し通路だったり、フラグだったりでそう簡単には進ませてくれない。
「なんにせよ進むしかないか」
目下のところ進行方向は前方のみ。
一本道だ。
「っと、その前に魔力感知しとくか。罠があったら大変だ」
周辺の魔力を探る。
おかしなところがあれば注意を払わなければならない。
シロナも言っていた。
「……いるな」
前方から魔力を感知した。
腰にある剣を抜いて構える。
「フシュー、フシュー」
モンスターだ。
外見は背の高い人型のロボットで腰に剣を下げている
「いわゆるアンドロイドってやつか。数は大体10匹くらい。外のモンスターとステータスは大差がないな」
この数は捌き切れるかどうかわからない。
しかし、今の俺にはアビリティがある。
「丁度いいや。アビリティの練習台にしてやる」
俺は剣を収めた。
そして、じっと正面を見据える。
それを見た途端、アンドロイド達が襲ってきた。
数が多いのでなるべく一撃で仕留めたい。
ギリギリまで引きつけて攻撃をする。
あと10m、5、4、3、2、1……
アンドロイドに届くか届かないかという距離で右手をかざす。
意識する。前方、広範囲、敵平均生命値3000、奥までしっかり届くように、全体を包み込むような感じで…………撃つ!
「【紅炎魔球】」
右手前方から発生する灼熱の球体。
球は渦を巻くようにして膨らんでいった。
それはアンドロイド達を容赦なく包み込み、燃やし尽くす。
表面は溶け内部が露わになってしまったアンドロイドは火の中で踊っていた。
薄いところから徐々に消えて灰になっていく。
やがて火は消え、アンドロイド達の姿は無い。
そして、そこに残ったのは魔石だけだった。
俺はかざした手をゆっくりと握り込み、
「……よしっ! 成功!」
アビリティを使う感覚がやっと物になった。
魔力の操作は結構できるので時間の問題だったのだがやはり嬉しいものだ。
「さーて、どんどん行くか」
そしてまた前進する。
相変わらず終着点は見えてこない。
ただ、さっきの魔力感知で奥の方から魔力を感じた。
正確な距離はわからないが近づいてはいる。
この塔は外で見たよりずっと広い。
おかしな構造だ。
「っと、またか」
少し考えてただけで沸いてくる。
再びモンスターが出現した。
今度は巨大な虫のモンスターだ。
「うげっ、でっかいイモムシ……」
正直めちゃキモい。
わっさわっさと動く体はもう見てるだけでゾッとする。
「キモいけど倒さなきゃな」
今度は囲まれた。
前後左右どこを見てもイモムシだ。
動くのをやめて欲しいので、
「じゃあ今度は氷漬けだ」
今度は一方ではなく全方に、
「【大氷塊】」
イモムシ中心に巨大な氷塊が発生する。
氷塊はイモムシたちを呑み込んでいき、続けざまにイモムシ達を凍らせた。
しかし、
「数体残ったか」
氷を回避した奴もいた。
ぐるぐる回って移動している。
イモムシにくせになかなか速い。
「あまり魔力を使いたくないし、そろそろ剣も使わないとな」
俺は剣と体に魔力強化をかける。
「来いよイモムシ」
残ったイモムシが高速で回転しこちらを囲むようにぐるぐる回っている。
そして、そのうちの一体が飛び出してきた。
剣の刃に魔力が流れるように準備する。
タイミングを見計らって攻撃の瞬間を待つ。
「一刀両断———」
モンスターは体のどこかにあるコアを破壊すれば残量生命値関係なしに戦闘不能にできる。
コアは高速で回復する能力があるので一撃で完全に破壊しなければいけないと空護が言っていた。
それには対象を真っ二つにするか貫くくらいの力がないと出来ない。
でも、俺の魔力があれば、C位までなら、
「———だッ!」
出来る。と思う。
剣はしっかりとコアの中心を捉えた。
刃はコアにすうっと入っていく。
コアはピキッと音を立てて割れていく。
「後はこいつらだけだな」
残りのやつはさっきのを見て学習したのか一斉に向かってきた。
流石にこの数のイモムシ相手に真っ二つにして倒すのは難しい。
あれをするために出来る隙が大きすぎる。
「この数相手に隙を見せるのは危ないな。普通に戦うか……」
向かって来たうちの一匹を掴む。
イモムシ特有のブヨブヨ感がかなり不快だ。
「うひゃー! キモいキモいキモい!」
俺は我慢しつつ、踏ん張って動きを止める。
「ぐううう……」
足を強化して、地面に埋める。
イモムシの勢いは一気に無くなった。
そして止まり切った瞬間、別のイモムシが突進して来た。
俺は捕まえてるやつを盾にして躱し、
「動くなよー、【大氷塊】!」
威力は弱めたので“大”氷塊とは言えないが氷がイモムシの動きを止めた。
こいつらは飛び跳ねることが出来ないので結構簡単だった。
他のイモムシも同様にして、自由を奪っていく。
「それじゃあ、一気に片付けるか」
俺は一体ずつコアを壊していった。
一気とはいったものの結構時間がかかる。
壊している最中俺はシロナから聞いたダンジョンについての基本的な知識を思い返していた。
ダンジョンは、大まかに4つのエリアに分かれている。
魔物が発生するエリア。
迷路の様な構造のエリア。
各ダンジョンごとにある特殊エリア。
そして、ダンジョンのボスがいるボスエリア。
塔か洞窟かなどで呼び名が変わるらしいが今はいいだろう。
俺が今いるのはどこエリアなのか。
モンスターのエリアというのがしっくりくるが、もしかしたら特殊エリアなのかもしれない。
還らずの塔という名前が由来になる特殊エリアだったとしたら、少し注意しておくべきだろう。
俺は最後の一体のコアを壊して魔石を回収した。




