第18話
「なんだこのただならない空気は……」
何故か今シロナとドランバルトが睨み合っている。
どうやらお互いに見知っているらしい。
「ニャンでジジィがこんニャとこにいるのかニャー?」
忌々しげにそう言い放った。
それに対してドランバルトは、
「ほっほっほ、なんじゃ誰かと思えばワシらを置いて消えた“あの男”についていった馬鹿者じゃないか」
棘ある返しをした。
それを聞いた途端シロナは、
「……黙れ。あんたは何にもわかってない」
ニャンコキャラが崩れる程キレていた。
「わかってないじゃと? はっ、よく言うわい。“あれ”のことを理解することなんぞ到底不可能じゃ。あのような“戯言”を抜かしおって。そこまでワシらを———」
「黙れって言ってんだろうが! クソジジィ!」
その瞬間シロナの容貌が一瞬にして変わった。
いつもの白猫から銀髪の少女になった。
耳と尻尾は残っている亜人の様な姿だ。
「今のお主がワシに勝てるとでも思ったのか? 契約は魔獣を強くするが此奴の様な新人では逆に弱くなってしまう。忘れている訳ではあるまい」
確か獣魔は主人の成長に連れて強くなっていくんだった。
それじゃあ勝ち目はない。
この龍と戦うには俺は弱すぎる。
「うるさい! あんたには絶対に一発かます!」
「はっ、ほざくがいいわ。今ここでお主に引導を渡してやろう」
双方の魔力が高まる。
しかし、シロナのそれはドランバルトに遠く及ばない。
止まる気配もない。
両方とも熱くなっている。
それなら、
「死ねクソジジィ!」
「くたばれ愚か者!」
チャンスは一回。一撃目を食い止める。爺さんの方はどうしたって対処のしようがない。だから俺はシロナ攻撃の瞬間を狙う。体勢を崩し攻撃が当たらないようにする。
今だ。
ドランバルトは腕に魔力を集中させて全力の突き。
シロナも腕に魔力を集中させてを爪で引っ掻く。
やはり速度はドランバルトの方が圧倒的に早い。
俺は神眼を使い当たらない道筋を探る。
……これだ。
すぐ目の前にあるシロナの尻尾を掴む。
「ニャっ!?」
やっぱここが弱点だ。
みるみる魔力が落ちていく。
力が抜け横に倒れていくシロナ。
しかし予想以上にドランバルトが速い。
このままだと当たる。だったら、一か八か!
全魔力を集中させてドランバルトに当たる。
不意打ちだったお陰で攻撃を逸らすことが出来た。
ほんの10数cmのズレだ。
しかしそれだけあればシロナに攻撃は当たらない。
よし、成功だ。でもこれ俺が、
そのままドランバルトに突き飛ばされ、神殿の端まで飛んでいった。
「ガッ……!」
あーあ、また気絶か……よ……
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異世界転移時を含めると、もう五度目の気絶だ。
いよいよ本格的に俺は気絶キャラになっているのか?
「やっちまったな。死んではないよな? あの爺さんが最後緩めてなかったらやばかったぞ。咄嗟に魔力でガードしようとしたけど多分間に合わなかったんだろうな。と言うか」
周りを見渡すと真っ白い空間にいた。
「またここか。それならまた誰かいるよな? おーい、今度は誰が出てくんだ?」
しかし、出てくる気配はない。
ここ最近に俺の経験則からしてもういつ出てきてもおかしくない。
それなのに出てこない。
それから導き出される答えは、
「まさか、俺死んじゃった?」
———安心しろ。死んじゃいない。
この声は聞き覚えがある。
「出たな天の声。おい、そろそろ顔くらい出せよ」
———悪いがそれは出来ない相談だ。これはあくまでもお前の眼に残った僕の残りカスだからな。
「やっぱりあんたがこの眼の元所有者か」
この眼の元所有者にしてシロナの元主人。
そう聞いている。
———派手に巻き込まれたな。ドランバルトか……懐かしい名前だ。それに彼女も一緒か。
その声にはどこか申し訳なさそうな気持ちが混じった感じのものだった。
「彼女ってシロナのことか?」
———シロナと名付けたのか?
驚いた様な声を上げた。
———ぷっ、ははっ!
なんで笑ったんだ? もしかして
「あんたも同じ名前を付けてたのか」
———ああ。被るもんなんだな。縁があるんだろう。
「それは奇妙な縁だ」
あんな記憶が見えるのもその縁のせいか?
「なあ、聞きたいことがある。なんであんな記憶を見せる? 俺に一体どうして欲しいんだ?」
———別に見せているわけじゃない。お前が勝手に見ているだけだ。
「つまり意図的では無い? 」
———いや、少しは見せている部分もある。どうしても必要な時とかは。後は何かの出来事がトリガーになっている。例えば僕と何らかの関係がある人や物とかだ。少しくらいは知っていて欲しいじゃないか。後継者なんだしそれくらいは受け入れろよ。それに、
「それに?」
———もう、こうやって話すことはない。今回ので完全に残留思念が消えた。
なるほど、じゃあいちいちこんな夢見なくて済むな。
———どうして欲しいだったか。そうだな。強いて言うなら僕は、
一呼吸ついてこう言った。
———止めて欲しいんだよ。
「なにを?」
———それは言わない。でもすぐにわかる。それはもうすぐにやってくるからな。
ずいぶん曖昧な答えだ。
———今は何も考えずクレアを守ってくれさえすればいい。言っただろう?
「確かに言ってたな。それなら任せろ」
何から守るのかは知らないが支えるくらいなら俺でも出来る筈だ。
その瞬間空間が崩れ始めた。
「な、なんだ!?」
———どうやら目覚めるらしい。結構早かったな。
「そっか。死ななかったのなら一安心だ。じゃあひとつだけ、あんたの名前は?」
———僕の名前か。僕は———
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気がつくとさっきの神殿にいた。
どうやら無事に目覚めた様だ。
「ご主人! 目が覚めたかニャ!」
「……ああ、シロナか」
シロナはさっきの人型バージョンだったので。一瞬誰かと思った。
「猫じゃないからわからなかった。お前も人型あるんだな」
俺は何となくシロナの頭を撫でた。
「!」
シロナは目を瞑って何も言わなかった。
「すまんかった。少しばかり我を失ってしまった」
「気にすんな。なんか事情があるんだろ?」
それくらいは我慢するさ。
「悪いなアーデルさん。暴れちゃって。なんか壊れたりはしてない?」
「はい、大丈夫です。それより安静にしておいた方がよろしいかと。仮にもドランバルト様の強化攻撃を受けているのですから」
確かに全身が軋む感じがする。ただそこまで激しい痛みはない。
「いや、割と動ける。思ったよりは平気」
「! ……そうですか。何よりです」
今は怪我より気になることがあった。
「なんであんなに喧嘩したんだ?……クロノが関係してるのか?」
「「!」」
二人とも驚いた様な顔をした。
何故知っているのかという表情だ。
「この眼にさ、そいつの残留思念?ってやつが残ってたらしいからな。少しだけ会話した。話の流れ的にあんたら両方の主人だったんだろ?」
「……そうじゃ。ワシが今の様な独立した魔獣になる前、ワシの主人だった男じゃ」
そうして淡々と話し始めた。
「昔は他のも従魔がいてのう、其奴らやこの猫と一緒にクロノと過ごしていた。じゃが……」
ドランバルトから微かに怒りを感じた。
「あやつはッ……ワシらを捨ておった! 突然契約を切るなど戯けた事を言ったと思ったらすぐさま消えおった。じゃからワシはもうあの男の名を聞くだけで怒りでどうにかなりそうじゃ……」
そんな事情があったのか。いや、でもそれはおかしい。それは不自然すぎる。多分俺は客観的に見れているからそれがわかるんだ。あの時の声はそういう意味だったんだな。それはきっと、
「ご主人」
シロナはそう言うと首を横に振った。
言うなってことか。やっぱりワケありなんだな。
「すまん、取り乱した。猫」
「ニャンだ?」
「悪かった。流石にあれは大人げなかった」
「もういいニャ。ジジィの言うこともわからなくはない……」
なんとか解決、か。なんかどっと疲れた。そういえばあいつ、最後に意味深な事言ってたな。
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『クロノ? それがお前の名前か』
———ああ、そうだ。
なかなかカッコいいじゃないか。俺の趣味にあう。俺はなぜかこう言う中二チックなやつ昔から好きだったっけ。いや、中二病ではないよ?
『もう崩れ終わりそうだな』
空間のだいたい7割が崩れた。
———それじゃあ、シロナ達によろしく。怒ってるだろうがな。
『? ああ』
今ならわかるが、これはドランバルト、または他のやつのことも言っているのだろう。
もう崩れる。ようやく目覚めれるな。
完全に崩れ切るその瞬間だった。
———今度は“直接”だ。
『え?』
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あの言葉の意味は一体……
「………ん………じん……ゅじん…」
ん?
「ご主人!」
「うおあっ!? ああ、悪い悪い。ぼーっとしてた」
「神様が呼んでるらしいニャ。早くかないとまずいニャンよ」
おお、マジか。急がなければ。
俺は足早に向かっていった。
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その頃、さっきの場所にはアーデルハイトとドランバルトがいた。
「ドランバルト様」
「なんじゃ?」
「彼は一体何者なのですか?」
突然の質問に首をかしげるドランバルト。
「何者とは? 何かおかしいところがあったかの?」
「聞くところによると、トキ殿はこの世界に来てまだ一月も経ってないらしいです」
「ほう、それで?」
「おかしいとは、思いませんか?」
「……! なるほどのう確かにそれは」
どうやら質問の意味がわかったらしい。
「来てすぐはただの一般人の異世界人がどうしてドランバルト様の攻撃を受けて無事で済んでいるのでしょうか?」