第1話
「これが異世界召喚ってやつか……」
俺は今異世界にいる。
まだ混乱しているが、恐らく間違いないだろう。
ラノベは結構読むがまさか自分がこうなるとは想像していなかった。
「本当に何も無い日に突然こんな事になるのか。いまいち実感無いけど」
俺は空を見上げる。
空には未だに竜が飛んでいる。
やはりここは異世界なのだろう。
「ひとまず状況をはっきりさせとか無いとな。……とりあえず、今は異世界。所持品は衣服と財布だけ。金は絶対使えないので事実上何も無い、か…………うん、不安しかない」
自分の状況をまとめたが不安になっただけだった。
無知な上に無一文。
ファンタジー物ではよくある展開だが実際は結構危機的状況だ。
まだ人に会ってないが言葉も通じてるのかわからない。
起きたら違うところにいたみたいなドッキリはよくあるがその比では無いだろう。
「起きたら異世界はマジでシャレにならん。まぁ嫌って訳じゃないけど、せめて準備くらいはさせて欲しかったかな」
そう言うも、現時点で特に困ることはない。
あくまでも現時点で、だが。
「転移時の記憶が無いのをみると気絶している間にか。やっぱりあの黒ずくめが関わってるんだろうな」
こんな事になる前、俺は全身黒ずくめの男に遭遇した。
そういえば別の人生がなんとか言っていたからほぼ間違いなく関わっているだろう。
しかし、何故俺だったのだろう?
誰でも良かったのだろうか?
何も心当たりが無い。
まあ異世界ものでも無作為で選ばれたキャラクターは結構いるから多分そんな感じだろう。
「よし、考えても仕方ないしちょっと探検して見るか。せっかくの異世界だ。なにもしないのは損ってもんだよな」
俺は徐ろに立ち上がった。
目の前には森がある。
かなり広大な森だ。
とりあえずあそこに行くことに決めた。
「そうと決まれば行ってみるか。思い立ったが吉日って言うし」
これだけ大きな樹があるのだから迷ってもたどり着けるだろう。
俺は辺りを見回す。
「しかしこれは、改めて見ると超絶景だなぁ」
ここは日本でもあまり見られないレベルの絶景スポットと言えるだろう。
湖の水は透き通っていて濁りが全く無い。
日の光が反射して水面が輝いている。
そして何よりこの大樹。
とてつもなく大きい。
樹齢も優に1000年を超えているだろう。
湖と相俟って何処か神聖な雰囲気を出しているようだ。
「異世界だし妖精とか居そうだ。それじゃあ、そろそろ———あ」
ふとある不安が頭を過った。
そう、モンスターだ。
「そういえばここってモンスターとか出るのか? だとしたらやばいな。俺は今丸腰だ。いきなり強いモンスターやら獣やらが出たりしたら絶対死ぬな」
異世界にいる以上命の保証はされない。
ここは法で守られた日本ではないのだ。
「流石に来て即死ぬのはごめんだぞ。うーむ、どうしたものか」
しばらく考えた結果俺は決断した。
「……覚悟を決めるか。気を付けていればなんとかなるだろう。いざとなったら障害物もあるし、多分大丈夫だ」
強いモンスターが出ないことを願いつつ俺は森に行くことにする。
やっぱりここにきて何もしないというのは違うだろう。
それに冒険というのを一度はやってみたかったのだ。
俺もまだまだ少年の心を忘れてない様だな。
「こんな風にワクワクするのはいつぶりだっけか」
両親を亡くして淡々と日々を過ごして来た俺は、こんなに気分が高揚することはほぼほぼ無かった。
なので結構楽しみなのだ。
俺は出る準備をして、(まあ準備と言っても持ち物を整理するくらいだが)森に行くことにした。
「じゃあ行くか」
俺は森に入った。
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しばらく歩いたが森は至って普通の森だった。
モンスターが出ることは無く、物騒なことも特に無かった。
てっきり木のモンスターとか食人植物とか出てくると思っていたので、多少のがっかり感は拭えない。
「なんか拍子抜けだな。まあいっか。安全第一ということで」
そういうことで納得する事にした。
その後もひたすら歩く。
「本当に何もないな。ただの森って感じだ」
もうかれこれ数時間歩いた。
歩けば歩く程普通の森だった。
すると、隣の茂みからガサガサと言う音が聞こえた。
「うおっ!」
確実に何か居る。
「ついにモンスター登場か?」
咄嗟にその辺の枝を構える。
そして出てきたのは、
「キューキュー」
ウサギだ。
「何だウサギか」
考えみたらこんな棒切れ使える訳が無いので、モンスターが出てこなくてホッとした。
よく見るとウサギ以外にも割といる。
「へぇ、結構動物もいるんだな」
歩きながら森を見ていると結構な数の動物がいた。リスやサル、ウサギなど。
「異世界にも俺のいた世界の動物はいるのか」
そんなことを思いつつあたりを歩きまわる。
それでもなかなか発見は無い。
しかし、しばらく歩いた先に見た事がないものを見つけた。
「んー、なかなか珍しい物がないな、ここ……お、なんか発見したぞ。なんだこれ?」
そこには見たことない果物があった。
真っ白な丸い果物だ。
そして何より発光している。
「なんで光ってるかは知ないけど、確実に異世界産の果物だな」
なんせ光る果物だからな。食い物としてはどうかと思うが。と言うかこれ食べられるのだろうか?
「とりあえず持って帰るか。まぁ持っておいて損は無いだろう」
俺はその果物を3つほどカバンに入れ、もっと奥に進んだ。
もうしばらく歩くと少し開けた場所に出た。
丁度いいタイミングなのでここで休憩することにした。
俺は周りの確認をしてそこにあった切り株に腰かけた。
「ふう。今んとこ収穫はあの果物だけか。あまり異世界感ないな。なんか特殊能力とか魔法とか使えたりしないのか?」
俺は魔法というものに結構憧れている。
小さい頃からそう言うアニメや漫画を読んでる影響だ。
使えるもになら是非使いたい。
「暇だし、色々試してみよう」
こういうのはイメージが大事だ。
多分。
俺はドラ◯ンボールの戦士が気を貯めるようなポーズを取り、大声で叫んだ。
「うおおおおおおお!」
…………
しかし何も起きない。
ただ声だけが虚しく響く。
「……誰も見てないよな」
結構恥ずかしい。誰も居ない所で本当に良かった。本当に。
これではまるで中二病ではないか。
それでも俺はめげずにもっと色々試すことにした。
数時間後
何も起こらなかった。
「せめてステータス表示とかないなかよっ‼︎」
ここで何か言っても仕方ないので諦めた。
とりあえず今日のところは大樹に戻ることにした。
大樹はここからでもよく見える。
ハァ……なんと言うか異世界に来たというより、森で遭難したって感じだったな。
そんなことを考えている内に大樹に着いた。
帰りも同様モンスターは出現せず、特に何も収穫は無かった。
「ぎゅるるる〜」
……そういえば腹減ったな。昼から何も食って無いし。あ、そういえばさっき果物拾ったな。でも光ってるしなぁ。あれ食えるのか? ……とりあえず食ってみるか。
俺は一口かじってみた。
「…………シャクッ」
「…………こ、これは」
食べた瞬間雷に打たれたような衝撃が走った。
「うまい! もの凄い水々しいな!甘さも絶妙だ! 今までこんなうまい果物食ったことない!」
美味しさのあまり、つい下手くそな食レポみたいなことを言ってしまった。
だが本当にうまい。
疲れが吹き飛ぶ感じだ。
「後2つあるな。今すぐにでも食いたいけどこれは万が一のためにとっておこう」
しばらくして果物を食い終わると俺は空に目を向けた。
今はもうすっかり夜だ。ここにも星や月がある。ただし月は3つだが。
「はは、こういう所は異世界っぽい。3つの月なんて向こうでは絶対に見れないしな」
あれはそのまま物思いにふけった。
異世界初日が終わる。
こんな状況になったら普通もっと慌ててもいいのかもしれない。
それでも俺がこんなに冷静なのは向こうの世界に未練が無いからだろう。
別に元いたところが嫌いとは言わない。
でもかと言って好きでもない。
俺は一人になったあの日から色んなことに興味が失せてしまったのだ。
何をやっても虚しくなる。
俺の数少ない趣味のラノベとゲームと運動だけはずっと好きでやっていたがそれだけだった。
他のことには何もやり甲斐を感じない。
ここはどうなんだろうか。
何か見つかるのだろうか。
ぽっかり空いた空洞を埋めてくれるものを。
こんな事を思うのは俺が浮かれているからか? まあしょうがないじゃないか。異世界なんだし。
再び空を見上げる。
今は何時だろうか。
こちらではあちらと時間の数え方は同じかは知らないが、同じならまぁ9時くらいか?
まあどうでもいいが。
……寝るか
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翌日
「……どこだっけ」
朝起きたら自然溢れる森のど真ん中の湖にいたので若干パニクっていた。
「あっ、そういえば異世界だったな。ふう、焦った」
しばらく経って、漸く眠気が無くなって来た頃、俺は体のある変化を感じた。
「なんか身体がびっくりするほど軽く感じるな。昨日食べた果物のおかげか? そういえば空腹感も無いな。うまい上にこんな効果があるとは現実離れしてる果物だ」
テレビもないし飯も食う必要がないのでいつもとは違う朝だ。
新鮮味があっていいと思えた。
とりあえず習慣なのでいつもやってる朝のトレーニングをした後今後のことについて考える事にした。
さて今日は異世界二日目だ。森の探索も悪くないけど、もう少し探索したら街に行ってみたいと思う。丸一日誰とも会ってないと少し人恋しく感じる。これはボッチなのとは関係ない。俺は特にコミュしょうというわけではないのだ。それに異世界に来たからには亜人やらエルフやらいるかもしれない。 ケモ耳がいることを少し期待する。
「よーし。モンスターは居ないってわかったし、今日は森の出口まで行ってみるか。目指すは近隣の街だ」
俺は再び森に入った。
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身体が軽くなったので昨日よりハイペースで探索出来る。
身体能力が格段に上がっていて、明らかにスタミナが違うからだ。
光る果物様様である。
多少異常な感じはするが気にしない。
しかし、
「出口がねぇ! どうなってんだよマジで。いきなりの難関じゃねーか!」
昨日の何倍も歩いた筈なのに一向に出れない。
これは広すぎる。
ここは迷いの森だったのか。
それとも俺が方向オンチなのだろうか?
「いや、諦めるのはまだ早い。もうちょい進んだら出れるかもしれない」
出口があると信じて進む。
最初はできれば出るくらいの考えだったが、ここまで来たら意地でも出たい。
俺はさらに奥に進んだ。
それでも出口が無かった。
「あーもう仕方ない、とりあえず戻———」
「グギャアアアア‼︎」
「!」
明らかに人では無い声が聞こえた。
結構近い距離だ。
どうする、近づかないべきか? 危険じゃないか? いや、見るだけなら大丈夫だろう。幸いここは森だしいくらでも逃げようはある。よし、行ってみるか!
俺は恐る恐る近づいていく。
細心の注意を払い、息を殺してゆっくりと。
漸く見えて来た。
そしてそれは俺の視界に入った。
「グルルゥ……」
「おいおい、マジかよ……」
声の正体はゴブリンだった。
だがそれはゲームやアニメで来るゴブリンとは少し違っていた。
人型で肌は緑色、腰巻を身につけ、片手には剣を持っている。
そこまでは同じだ。
しかしあいつは、
「あいつ……でかいな」
想像より全然でかいゴブリンだった。
確実に俺よりでかい。
2メートル以上くらいあった。
普通は小学生くらいの大きさと言うのが定番だ。
ゴブリンと言えばゲームでは序盤に出てくる最弱に近い敵モンスター。
しかしこれはあくまで現実だ。
いくらゲームで弱かったとしても現実でこんな化け物に遭遇したらたまったもんじゃ無い。
顔は凶悪で今にも暴れ出しそうなくらい敵意剥き出しだった。
だがどこか理性を失っているような気がする。
「これ以上は危険か。ここは一先ず逃げ……あ」
俺は逃げる事が出来なかった。
「嘘だろ……」
何故ならゴブリンの行く先には—————————ゴブリンから子供を庇う少女が居たからだ。
そして、ふとある言葉が頭をよぎる。
———絶対に………を守れ。
この子だ。
あの時アイツが言ってたのはこの子だ……!