第16話
「そろそろ行くッスよ」
「おー」
遂に神に謁見出来る。ちゃんとした神様に会うのはこれが初めてだな。なんといっても神だ。気を引き締めねば。
「クウ、また“天宮”に行くんか?」
響がそう尋ねた。
「てんきゅう?」
また聞きなれない単語だ。
「神様が住んでいる場所のことッス。簡単に言うと神殿ッスよ。刻君が呼ばれてるんで道案内についていくッス」
なるほど、イメージしやすい。
この前クレアが人と同じって言ってたのを思い出す。
確かに同じなら住む所が必要だ。
「神なんて俺には一生縁のない存在だと思っていたけど、人生何が起こるかわからないな」
「だからおもし———」
「やめなさい」
ジャングルのポケットの真似をしようとしていた奈々をすんでの所で止める。
この人もツッコミが必要な人種だった様だ。
今は俺が担当みたいになっているがいずれ誰か助けてくれるだろうから然程苦では無い。
それにこのやり取りのお陰でつっかえず話せるようになったのだ。
「あ、そうだ刻君」
流石にこの唐突な普通モードはまだ慣れないが。
「普通に会話するのか……どうした?」
「あのね、天宮に行ったらアーデルさんって人がいると思うからこれを渡してくれない?」
紙袋を渡された。
「これは?」
「その人今体調が良くないらしいからお見舞いに渡したいんだ。でも天宮はそうポンポンいける所でも無いし……ダメ、かな?」
上目遣いで頼んでくる。
これで断る奴はいないだろう。
はなから断るつもりもないから関係ないけど
「ん、了解。アーデルさんね。あ、どんな人か教えて貰えると助かる」
「えっと、年齢は213歳で———」
「ちょっと待て。え、なに? それは見た目が200歳って事か?」
「違う違う。実年齢が213歳なの。見た目はずっと若いよ」
危ねぇ、200歳くらいのおばあちゃんを探し回る羽目になるとこだった。
「とりあえず外見を教えてくれ」
「うん、見た目は20くらいの茶髪でロングの美人さんで両目は緑色。それと背が高いよ。このくらいでいいかな?」
「うん、オッケー覚えた」
「それじゃあよろしくね」
「ああ、任せとけ」
忘れないようにしなければ。
俺は貰った袋を白い大きめのボディバッグに入れた。
このボディバッグは向こうから持ってきたものの一つだ。
来てすぐに何故か服は変わっていたが持ち物は取られてなかった。
「もういいッスか? それじゃ出発ッス」
「行ってきまーす」
「おにいちゃんいってらっしゃい!」
ああ癒される。なんというかやる気が湧くね。何するのか知らないけど。
俺たちは店を後にした。
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「今度はどこに向かってんだ?」
毎度毎度連れ回される俺。
「停留所ッス。来るのはバスとかじゃなくて竜ッスけど」
「竜に乗れるのか?」
「そうッス」
それは楽しみだ。一度は乗ってみたいよな、ドラゴン。一度見たからいるのは知ってたけどまさか異世界に来てこんなにすぐ乗れるなんて思ってもみなかった。
「おや、もう来てるみたいッスね」
来てる?
正面にやけに広い場所があった。
あれが停留所なのだろう。
しかし、あそこには誰もいない
周りを見渡すが何もなかった。
「来てるってどこに…………ッッ!」
形容しがたい悪寒が全身を包む。
その瞬間理解した。
何かが、来る、と。
そしてそれは突然現れた。
全身を鱗で覆っていて、蛇の様な身体の青い龍。
“竜”ではなく“龍”だった。
「……ッあ…」
肌がピリピリする様な威圧感。
恐ろしく巨大な魔力。
建物を覆い隠さんばかりの巨体。
圧倒的とはこの事だろう。
竜はこちらをじっと見ていた。
それはまるで何かを探る様な目だった。
ついに耐えきれなくなりそうだった時、
「ドランバルトさん、そこまで脅さなくてもいいッスよ」
空護がそういうと、その場の空気が一気に緩んだ。
ドランバルト、それがこの竜の名前らしい。
「ほっほっほ、いやあ悪い癖じゃ。初対面の者にはどうしても威厳を見せたい歳なんじゃよ」
「1000歳の爺さんなのに元気ッスね」
「せっ、1000歳ィ!?」
想像以上に長寿だ。
1000年前なんてまだ平安時代だぞ。藤原道長が生きてた時代だぞ!
「ほっほっほ、最年長の竜じゃからな、ワシ。そこのお主、驚かせてすまんの」
「はぁ」
「ワシはドランバルト。この国の神に仕える老竜じゃ。よろしく。あ、タメ口でいいぞ」
普通にしていれば近所の爺さんみたいな印象だ。
声はなかなか渋い感じのいい声だ。
「俺は宮下 刻。異世界人だ。よろしくな爺さん」
挨拶を交わした。
タメ口でいいとの事なのでタメ口で接する。
「ほっほ、爺さんか、その呼び方をされるのはいつぶりかのう」
「マズかった?」
「いや、構わんよ。その呼ばれ方は嫌いじゃないわい」
怒らせてしまったかとハラハラした。
嫌じゃないならこのままで。
「それじゃあ、ドランバルトさん、刻君を頼んでもいいッスか? 僕は今から店に戻るんで」
「え? ついて来るんじゃないのか?」
てっきりついてくるものかと思っていた。
「いや、流石に店は放置できないッスから」
「働かねぇくせに?」
空護はわざとらしく咳払いをして誤魔化した。
「オホン、じゃあ頼んまス」
「うむ。了解した」
ドランバルトに相槌を打ち、踵を返す。
空護はワープホールで帰って行った。
ポツンと一人残された俺。どうしよう。
「それではトキよ、背中に乗りなされ」
「乗るって言っても……」
どこから登れば良いのやら。頭か?
脳裏に日本◯ばなしの映像が浮かぶ。
「しょうがないのう、ほれ、手にお乗り」
ドランバルトは青い巨大な手を出してきた。
俺は恐る恐るその手に乗る。
手の表面は異様に硬かった。
まるで鉄の上にでも乗っているかの様な気分になる。
「ほいっとな」
「う、おお……」
ドランバルトは俺を優しく摘んで背中に乗っけた。
背中には大きな鱗がビッシリ詰まっていた。
手とは比べ物にならないくらい硬そうだ。
「綺麗な鱗だ……」
背中に綺麗に並べられた鱗は陽の光を反射し、キラキラと光っていた。
「トキよ、しっかりと捕まっておきなさい。じゃないと———」
ドランバルトはフッと浮かんだ。
そして次の瞬間、
「———振り下ろされてしまうからのう」
街じゃないところにいた。
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世界がひっくり返った様な感覚だった。
突然あたりが光に包まれてそれに吸い込まれていった。
周りの景色がグニャグニャ曲がっている。
これはどうやら別の空間を経由して移動するといったものらしい。
別の場所と直接繋げる空護のワープホールとは似て非なるものだ。
そして、いざ入ってみるとそこは、
「ぅ、お……ぉ」
まさに異空間だった。
俺はその異様な光景に思わず息を飲んだ。
「気分が悪いんじゃろ。ほっほっほ、最初はみんなこうなるんじゃよ」
……なんだここは。これは本当に進んでるのか? いや、そもそも俺は今どうなってるんだ? 全てがぐちゃぐちゃだ。確かにずっといると気分が悪くなりそうだ。でも、
「いや、そうでもないぞ?」
思ったほど酔ってない。
それどころか、慣れの様なものも感じている。
そうさせているのは俺自身元々あまり酔わないせいか、それとも……この眼の持ち主のせいか……
「ほ! これは珍しい。初めてここを通って吐かなかったのはお主が初めてかもしれんのう」
「やっぱりみんな吐くのか?」
「うむ、もうなんか凄いぞ。ここ最近じゃ空護が一番酷かったのう。あやつときたら、ワシの自慢の鱗にぶち撒けてくれおったわ。そんでもってそのまま落下しようとするもんじゃからワシが手に持って移動することになったんじゃ」
何故だろう、想像に難くない。というかしっくりくる。
「へぇ、いいこと聞いた。ストレス発散は乗り物の中ですることにしよう」
これが今度実行に移されるのはまた別の話だ。
突然だが俺は思った。
なぜこんな事を思ったのかというと今から起きることもまた、俺には突然起きる事だからだ。
都合の悪い事の前触れというのは基本的に感覚的なものである。
いわゆる虫の知らせというやつだ。
しかし、自分に起こる様々な事象の殆どは何の前兆もなく起きるものだ。
これは自分にとって都合の悪いことなのか俺はわからない。
それは唐突に訪れた。
「……っ」
また、来る。
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「う……っぷ、き、気持ち……わる……っぷ」
気分悪そうにしている男が後ろの男に背中をさすられている。
背中をさすりながらもう一人の男はため息を吐いていた。
俺はいつも通りこの男の視点から見えている。
ただ、いつもと違い目の前の男には靄がかかって顔が見えない。
「はぁ……またかお前。もう流石に慣れろよ」
平気そうな男はそう言った。
だがやはり伏せている男は平気でないらしい。
「だ、だってよ……ぅぷ……気持ち悪……ぉ」
ついに出してしまった。
「うおおおおい!! きったねぇな! 吐くなら言えってんだろが!」
「あ゛ぁ、ダメだ。スッキリしな……ぅぐ」
「まったく……世話がかかるな———」
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ノイズが入ったような音が聴こえてそれは終わった。
また見えた。誰なんだ一体。なんでこんなもんが見えるんだ。俺にどうしろと言うんだ。
「どうした? やっぱり気分が悪くなったかの?」
「いや、なんでもない」
いつか“これ”についてもわかる日が来るだろう。
今はこれをしっかりと記憶に刻みつける事に努めるか。
「…………」
それからほんの数分後。
「そろそろ着くぞい」
「もうか?」
体感時間はおよそ5分くらい。
移動しているのかわからないがそれにしても早い。
「異空間の移動はそういうもんじゃよ」
再び周りが歪み始めた。
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「ほぁー……」
つい間抜けな声を出してしまった。
「どうじゃね。凄いじゃろ、ここは」
雲の上にそびえ立つ小さな城。
真っ白で幻想的な雰囲気を醸し出している。
そして、周りを囲むようにして辺り一面花畑が広がっていて、それはとても美しかった。
「よっこらせっと。ふぅ、人を乗っけて移動するのも一苦労じゃわい」
ドランバルトは城の前の広場に着地した。
俺は背中の鱗を滑り降りて地に立った。
「ありがとう爺さん。助かったよ」
「礼には及ばんよ。さて……」
すると、ドランバルトの身体が竜巻に包まれた。
竜巻は徐々に小さくなっていき、その中から、
「ふぅ、あーこっちの方が楽じゃわい」
初老の男性が現れた。
「おお……爺さん人型にもなれるのか。しかもかっこいい感じの」
人型ドランバルトは暗めの灰色の髪のなかなかのイケメンだった。
いわゆるジェントルマンと言うやつ。
「普段はこっちの姿じゃよ。あんなデカブツ置いとく場所がないからのう」
確かに。というか自分でデカブツとか言うんだ。
「さて、行くかの」
俺たちは目の前に立つ城に向かった。