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第11話


 状況は最悪だった。

 俺も空護も響も動けない。

 それでも刻一刻とグレイルはクレアに近づいている。

 俺は何もできない。

 仮に何か出来たとしても俺の能力は当てにならない。


 「力の大半は失ったが、貴女を屠るにはこれで十分だ」


 グレイルの手は既にクレアの喉元まで来ている。


 「せめて、苦しまないようにして差し上げよう」


 「ッッ……!」



 他に何か……手は無いのか……

 こんなところで彼女を失ってしまうのか。


 嫌だ。


 「……ダメだ。やらせない」


 「……刻君?」


 死んでしまったらもうどうにもならない。

 失った命は二度と帰らない。

 俺は両親が死んだ時、散々それを思い知った。

 もう失うのは懲り懲りなんだ。


 「……力だ。一瞬だけでもいい。俺にあいつを、神をも圧倒する力があれば……!」


 …………


 目の奥から声が聞こえた。


 ———仕方ない。一つだけ……枷を外してやろう。


 あの声だ。あの時の夢に出た声だ。


 「枷っ……ッあ……!」


 ドクン


 心臓の鼓動が高鳴る。

 身体が軋む。

 全身の血が沸騰しそうなくらい熱い。

 何かが徐々に身体全てを支配していく。


 ———さあ、解放しろ。


 何かに引きずり込まれる様な感覚。

 俺は徐々にそれに呑まれていく。


 ———それは力。

 ()()()()には無い圧倒的な力。


 「あああああああああ!!!!」






———————————————————————————





 「な、んだ」


 真っ白い空間。

 前後左右どこを見ても何もない。

 只々白だけが埋め尽くす広い広い空間。


 ———ああ、俺の出番だ。


 さっきとは違う声がした。

 ぼやけていて誰のものかわからない。

 でも、どこか聞き覚えがある声。


 ———お前に、戦い方を教えてやる。


 後ろからだ。

 振り向くと白髪の男が立っていた。

 男は仮面を被っていて顔はよく見えない。

 ジーッと見ていると男はフッと姿を消した。


 「なっ———」


 消えた、と思ったら俺の横にいた。

 そして肩を叩き、耳元でこう囁いた。


 ———じゃあ、刻んでやるよ。




———————————————————————————




 「さあ、これで———!?」


 何かを感じ取ったグレイルは焦った様子で後ろを振り返った。


 「なっ……」


 額には薄っすらと汗をかいている。

 そして、たった一人の人間を凝視していた。

 その目に写っているのは俺の姿。

 ()()()()()()俺の姿だ。

 身体を淡い光が纏い出す。

 魔力では無い。先程、グレイルから感じていたものに似た力だ。

 俺に纏わりつくそれにクレアが反応する。


 「あれは……」


 ほぼ同時にグレイルはそれに反応した。

 その表情には驚愕と焦燥の色が見てとれる。


 「バカなこの力は……この少年、人間では無いのか!」


 髪は徐々に白くなり体は一回りほど大きくなっていった。


 ———眼を開けろ。


 俺はゆっくりと眼を開ける。その眼は妖しく光り、また変化する。時計の針は弾けて消え、中心に新たな数字が浮かぶ。


 ———それは本来ない時計の数字だ。

 言うならば零のインデックス————それは今だけの力だ。いや、もう()()()()()()()()()か。


 「…………」


 ———さあ、暴れろ。


 「…………」


 地面を蹴った。


 「!?」


 ほんの一瞬。たった一歩でグレイルの背後に回り込む。

 神眼の力だ。

 そしてすぐさま次の行動に出る。


 「……シィッ!」


 折れた剣を思いっきり振った。


 「グッ……!」


 間一髪で躱す。

 それから2撃目3撃目と繰り出して行く。

 しかし、折れて刃渡りが短過ぎるこの剣ではまともに当てられない。


 「チッ、仕方ないな」


 神眼が発動。

 周りの動きがゆっくりになる。

 再び後ろに回り込む。

 神眼の効果がきれたタイミングで足に一撃加える。


 「ぐっ、しまっ……!」


 「……お返しだ」


 俺は防御が甘くなったところを蹴り込んだ。


 「がッ……!」


 吹き飛ばされぶつかった木を破壊していく。

 俺はグレイルのいる所まで再び跳んだ。


 「がああああああああ!」


 雄叫びを上げながら起き上がる。

 グレイルはかなりダメージを負っていた。

 先程までとはすっかり真逆の状態だ。


 「ふーっ! ふーっ!」


 グレイルの表情には既に余裕はなく、俺への怒りをむき出しにしていた。


 「舐めるなああああああああ!!!」


 その咆哮と同時にとてつもない力が吹き荒れた。

 それは周辺の物質に影響を及ぼし、空気を震わせる。

 

 「神の力を喰らうがいい!」


 その力は収束し、グレイルに吸い込まれていった。

 それを見るや否やクレアが大声で叫んだ。

 

 「やめなさい! そんな状態で“解放”をしたら、ここだけじゃなく街もタダじゃ済まないわ!」


 だが、その声は届かない。

 今もなお、グレイルに力が集まっている。


 「グレ————」


 俺はスッと手を出し、声を止めさせる。

 そして、


 「——————」


 俺の喉からおよそ人には発音できないであろう声が出た。


 キィィィィィン

 

 と、甲高いおとが発生する。

 その直後、


 「……………ぁ」


 グレイルに集まっていた力は消え、口から小さく声が漏れた。


 「何故だ!? 何故消えた!」


 グレイルは忘れていた。

 自分が今戦っていることを。

 そして、気づいた頃にはもう遅かった。


 「刻む」


 その刹那、音もなくグレイルを斬り刻んだ。


 「ぐ……ぁ」


 この時の記憶は全く無い。

 だが、その時の高揚感は不思議と覚えている。


 「な…んだ、その…力…………その眼は…時計? き、貴、様……まさ…か」


 「……」


 俺はグレイルの足を切断した。


 「ぐあああ!」


 「……ニィ」


 今まで抱いたことのない感情が俺を支配している。

 そして何かの使命感の様なものが俺の耳元で囁いていた。



 ———刻め。刻みつけろ。俺の存在を、痛みを、恐怖を。



 俺はその声に身を委ね、斬って、斬って、斬り刻んだ。


 「あ……が……」


 グレイルは既に虫の息だった。

 剣の方も既にボロボロでなんで今まで壊れて無かったのかが不思議なくらいだ。

 だがあと一回斬れば死ぬだろう。


 「あんたみたいなクズにはこれがお似合いだ……このまま刻まれて……」


 トドメを刺そうとしたその時だった。


 「ダメッ!」


 止めたのはクレアだ。


 「……殺しちゃダメ。トキも彼と同じになっちゃダメよ」


 「う、ぐ……」


 突然激しい痛みが襲う。

 それと共に徐々に身体が戻っていく。


 「この前ゴブリンにトドメを刺さなかったのはなんで! 殺したくないからでしょ!」


 「ぐがあああ!!!」



———————————————————————————





 まただ。またここだ。


 俺は再び真っ白い空間に飛ばされていた。

 今度は目の前に男がいた。


 ———そうか、躊躇してんだなぁ。


 躊躇? 殺しのことだろうか。そんなのは、


 「当たり前だろ。どんな奴でも殺しは忌避するもんだろうが」


 ———はっ、そういうもんか。


 「何言ってんだ。そんなもん…」


 ———当たり前じゃない。


 キッパリと否定した。


 ———この世界ではそうゆう奴が向こうより遥かに多い。忌避してても殺れる覚悟のない奴は絶対死ぬ。

奪われ、侵され、消されていく。


 抑揚のない声でそう言う。

 しかし、俺はそれが受け入れられなかった。

 殺しが当たり前の世界があっていい訳がない。

 俺は、誰かの“死”はもう見たくない。

 

 俺は嫌になって話題を変えた。


 「さっきからいろいろ言ってるけどそもそもあんた誰なんだ」


 ———誰、か。俺はな“無数の道の一つ”だ。


 「何?どう言う事だ?」


 ———そのうちわかるだろ。いつか会う事があったらな。でも……


 そんな日は来ない方が良いんだけどな。


 男はそう言った。


 ———もうすぐ時間だ。これだけは覚えとけ。


 そして男はこう言った。



 ———後悔してからじゃ間に合わないんだ。だから俺は————敵を刻む。





———————————————————————————





 そして程なくして完全に元に戻った。


 「ハァッ……ハァッ……クレア? 俺は一体……」


 糸の切れた人形のように力が抜け倒れる。


 「あ……れ?」


 俺はそのまま意識を失った。


 「トキ!」


 クレアが慌てて駆け寄る。

 顔に耳を近づけ息をしているのを確認し胸をなでおろした。


 「大丈夫みたいね……」


 そのあと直ぐに麻痺から治った空護と響が起き上がった。


 「いてて、油断したッスね。まだピリピリするッス」


 「クソッ、やられた。いけると思ったんだけどな」


 二人ともたいした傷は負ってないのは不幸中の幸いだ。


 「そうッスね。でも、今はそれより……」


 空護は倒れている俺に目をやった。


 「クレアさん今さっきのは……」


 「わからない、でも確かなのは……助かったって事ね」


 「……そうッスね」


 (今の状態は一体なんだったッスかね。能力ッスか? いや、わからない……けど確実に今の力はグレイルを……神を上回っていた。それは確かッスね)


 謎を残したまま俺たちは空護の空間移動で街に戻った。





———————————————————————————





 俺が目覚めたのはそれから数日後だった。


 「……どこだ? 俺は何を……」


 記憶が曖昧だ。

 えーと確か俺は……


 「グレイルと戦って数日間意識不明だったニャン」


 「……シロナ」


 思い出してきた。

 俺はグレイルを倒し……たのか?


 「安心するニャ。グレイルはちゃんと倒せたニャンよ」


 「そう、か。よかった……なあ」


 「何かニャ?」


 「お前凄い魔獣なんだろ? その気になればミルちゃんのお母さん助けれたんじゃ無いのか?」


 もし出来たんだったら。俺は……


 「それを言われると思ったニャンよ……答えはノーニャ」


 「と言うと?」


 「契約した魔獣は主人の成長と共に強化されていくニャ。どのみちあれを対処することは不可能だったニャ。そもそも、あそこに人がいることに気がついてなかったニャンよ」


 「そうか……」


 こいつに当たっても仕方ないな。

 助けられなかったのは俺なんだから。


 「厳しいな……」


 どこに居ても現実とは厳しいものだ。

 そういう事実を改めて思い知らされた。


 「そういえばご主人」


 「ん? どうした」


 「ちょっと鑑定して見るニャン」

 

 俺は自分を鑑定した。


——————————————————————————


 名前:宮下 刻


 種族:異世界人(人間)


 年齢:16歳


 身長:175cm


 体重:60kg


 生命力:5000/5000


 機動力:1000


 魔力値:10000/10000


 体力:5000/5000


 知力:120


 保有スキル:神眼(時間加速、先見の眼、⁇?)・魔力感知・コック王・神氣感知


 契約者:不明・シロナ


———————————————————————————


 「何でかは知らニャいけどこの短期間で随分レベルが上がった見たいニャンね」


 主が強くなったら契約した魔獣も強くなる。

 だからシロナはステータスの変化に気づいたのだろう。


 「さて、どれどれ……生命力、体力はざっと50倍、機動力、魔力は2倍ってとこか。ステータスの基準はまだあまり良くわからんが多分異常なんだろうな。次はスキル……何だこれ? “⁇?” 身に覚えが無いけどまああるに越したことはないかな? この神氣感知ってのはなんとなくわかる」


 「神の力である神氣の探知能力ニャ。まあ自分が一番良く分かってるだろうけどニャ」


 おそらく、この前感じた謎の力の事だろう。

 あれが神氣だったのか。


 「今の強さだとまあ結構上位の冒険者くらいニャンね」


 「冒険者か」


 やっぱりあるんだな。ギルドみたいなものもあるんだろうか。


 冒険者には興味があった。

 いつも読んでいた本の登場人物に過ぎなかった存在が今この世界にいるとなっては気になるのも当然だろう。

 しかし今はそれよりも早く聞いておきたいことがあった。


 「もう一つ質問いいか?」


 「ニャ?」


 「俺たちが戦う前の日の夜に言ってたアイツって誰だ?」


 するとシロナは大きく眼を見開いた。

 そしてこちらを睨みつけて言った。


 「……聞いてたのかニャ?」


 「お前の独り言はちと大きすぎるんだなぁ」


 恐らく寝ていたと思っていたのだろう。


 「昨日言ってたのはこの前の出来事だろ? アイツとやらは少なからずグレイルが来る事を知っていた。だろ?」


 シロナはため息をつき、仕方がないという風にして言った。


 「先に言っておくニャンけど人がいたのは想定外だったニャ。それは本当ニャ」


 「ああ」


 「アイツって言うのはご主人のその眼の持ち主ニャン。そんでもってワタシの元主人ニャ」


 元主人、そう言う接点か。それに持ち主?……という事は、


 「度々頭に浮かぶ記憶や声はそいつのものなのか?」


 「声?」


 こいつ知らないのか?


 「なんか頭ん中に声が聞こえる時があるんだよ」


 「なるほど……うん、多分そうニャ」


 「やっぱり! なぁ、知ってること教えてくれ!」


 どうしても気になった。

 何か知っているのなら是非知りたいところだ。


 「悪いけどそれは出来ない相談ニャ」


 「なんで!」


 「それも言えニャいニャ。こっちにも事情があるから分かって欲しいニャ」


 事情か。納得いかないけどとりあえずここは引き下がるか。


 「……分かった」


 「助かるニャ」


 まあ手掛かりを知れただけ良しとするか。そうか、あれはこの眼の持ち主の記憶だったのか。


 だとしたら引っかかる事があった。

 今までの記憶は元の持ち主のものだという。

 じゃあ、




 ———あの日見た夢はなんだったんだ。




 

 「それとニャ」


 突然シロナは言った。


 「これはアイツが言っていた言葉ニャン」


 そしてこう言った。


 

 過去は変えられない。それは理。絶対不可侵のこの世の掟。



 「どう受け取るかはご主人の勝手ニャンけど、この言葉は忘れちゃダメニャ」


 過去は変えれない。

 そんなのは当たり前だと思った。

 でも仮面の男も同じようなこと言ってたのを思い出した。

 だから少し考えた。



 後悔しても過去は変わらない。だったら後悔しないようにするしかない。



 そういう意味なんじゃ無いかと、俺はそう思った。


 

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