第10話
勝機は薄く、その上作戦もない。
だったら、突っ込むしかない。
大丈夫、相手は正気ではない。
付け入る隙はきっとある。
まだ扱い慣れてないが、思い切り魔力強化して戦えばどうにかなるかもしれない。
そう思ったのが間違いだった。
剣を固く握り締め、地面を強く蹴る。
「ああああああ!」
俺は魔力強化して全速力で突っ込む。
しかし奴は動く気配すらない。
それなら好都合だ。
「ハァッ!」
目の前まで行って力一杯斬りあげる。
斬れた音がした。
だが、奴は無傷だった。
避けられている。
そう、斬られたのは、
「ごふっ……」
俺の体だった。
「なんだよ……これ!」
ものすごい速度で躱しながら俺の体を斬ったのだ。
幸いまだ傷は深く無い。
もう一撃……
そう思った次の瞬間、
「!?」
突然の衝撃。
「ッツ……ガハッ!」
背中に叩きつけられる様な痛み。
さっきまですぐ傍に居たのにあんなに遠くに奴がいる。
一瞬の出来事だったので何が起きたかわからなかった。
右頬に残る痛み。
俺は殴り飛ばされたのだと理解した。
これが神……正気を失っていてこの強さか……
甘かった。
何とかなると思っていた。
それは間違っていた。
こいつは何ともならない。
俺と奴とでは圧倒的な差がある。
それでも……諦めるわけにはいかない。
「俺が……諦めたら、ミルちゃんが……殺される」
それだけは嫌だ。
俺はまだ“神眼”を使ってない。
まだ手は有る。
今度こそ!
「フゥーッ…………ッッ!」
再び奴に突っ込む。
目の前まで行き“神眼”を発動。
“神眼”の力で動きを視た後、もう一つの能力で時間を遅延させる。
右ッ!
右からの手刀、手には魔力を帯びている。
それを紙一重で躱す。
能力で遅くしてもかなり速い。だが、
「斬れる!」
隙はあった。
そこを狙って、躱すと同時に斬りあげる。
攻撃に転じたため時間の流れは元に戻ったが、動く様子はない。
「今度こそ入った!」
剣を持っている手から鈍い音。
俺は剣の刃を見た。
「!?」
剣が折られていた。
「嘘だろッ、全く見えなかったぞ!」
最早目では追えない速度。
今の俺ではどうやっても対処することは出来ない。
すると左からの蹴りが視える。
だがこれは、
「避けれな……! ぐぅッ……」
遥か後方へ吹き飛ばされた。
咄嗟に防御したおかげで致命傷は免れた。
しかし、
「ッ……!? クソッ、折られた!」
防御した両腕が粉々に折られた。
「ゴボッ」
傷口から大量の出血と吐血。
「まだ……だ…………ッ!?」
辺りの景色が歪んで見える。
視界もだんだん狭まってきた。
血が足りない。
「ぁ、がぅ…………」
武器は無く腕も粉々で血が足りずまともに立てない。
もうここまでだった。
「……クソッ、クソッ……俺は、俺はこんな事しか出来ないのか……」
奴はゆっくりと近づいてくる。
逃げるだけ無駄だと言うことがわかる。
「これで……終わり……なのか?」
もう受け入れるしか無い。
俺は死ぬのだと。
目の前に立った奴は俺をじっと見ている。
もう睨みつける事しか出来ない。
せめて自分の仇の顔くらい覚えておこうと思った。
機械みたいな顔しやがって…………?
顔を見てからずっと見ていたら何かがひっかかっていた。
何だこの感じ? 何だこの違和感は。何か……何かを見落としている。
違和感を探っていると、ふと奴の顔の傷に目が行った。
特徴的な十字の傷だ。
傷?なんだ……わからない……もう少し……もう少しでわかる気がする。
違和感を探る。こいつの情報をありったけ思い出す。
こいつの名前は確かグレイル……グレイル
「グレイル・ストリュグラ……」
!?
口が独りでに動くような奇妙な感覚だった。
「グレイル・ストリュグラ????」
様子がおかしい。
明らかに反応している。
もしかしたら何か起こる……のか?
だったらもう一回……
「お前はグレイル・ストリュグラだ!」
再びフラッシュバック。
目の前には例の女性とこの男、グレイル。
楽しそうに周りの人も笑っている。
どうやらこいつはムードメイカーのような奴だったらしい。
「おい、———も来いよ」
聞き取れなかったが恐らく名前を読んだのだろう。俺は、いやこの体の主は近づいていく。
そう、この男は仲間だった。
はっきりとわかる。
悪い奴じゃなかった。
それどころか根っからの正義漢だった。
それがどうして、
「どうしてこんな事をした!」
「ゥゥ……」
こんな様子だから、したくてやった訳じゃないのだろう。
だがコイツは取り返しがつかないことをした。
命を奪うのはたとえ神であっても許されない。
「テメェなんざ神でもなんでもねぇよ……このクズが!」
「ウガァァアア!!!」
「ッッッ!」
こっちに向かって攻撃を仕掛けるのが視える。
能力で遅くするももう動けない。
もう間に合わない。
覚悟を決め、ゆっくり目を閉じる。
刹那、まぶたの裏で別のものが視える。
咄嗟に目を開けると、当たると思った攻撃が当たらなかった。
「フーッ、間一髪ってとこッスかね」
そいつは俺の前でこう言った。
「助けに来たッスよ」
空護だ。
「はは……マジかよ」
今絶対死んだと思った。だが生きている。
「よう、ボロボロじゃねーか」
「響まで……」
そして、
「もう大丈夫」
優しい声だ。
振り返りそこに居たのは、
「ク、レア」
「そうよ」
クレアは優しく笑った。
「お前何で……帰ったんじゃ」
「それは後よ。まず彼を何とかしないと……クウゴ、ヒビキ、お願い」
「了解ッス」
「任せろ」
3人とも知り合いだったのか。それより、
「待ってくれ、まだあそこにミルちゃんが……」
「大丈夫ッスよ。もう避難させてるッスから」
「本当か!」
「本当ッス」
「ああ……よかった」
そうか……なら安心した。
すると、急に肩の荷が降りて脱力した。
頭がボーっとしている。
「休んでて下さいッス。後は僕らがやっとくッス」
「ああ、そうさせて貰う……」
落ち着かない。心配だ。コイツらは勝てるのか?こんなバケモン相手に。でもやってくれそうな気がする。
「さて……それじゃあ行くとするッスか!」
「ああ!」
その瞬間二人からとてつもない魔力を感じた。
「響ちゃん!」
「任せろ! 」
響は“神眼”を発動させる。
「【破壊の波】ッ!」
右手を前に向け何かを放出。
すると、グレイルは急によろけ出しバランスを崩す。
次の瞬間空護が“神眼”を発動させ一瞬でグレイルの背後にまわる。
しかし、勘付いたグレイルは後ろに蹴りを数回を入れる。
だが空護はそれを簡単に躱し、周りに謎の空間を出現させる。
「フッ!」
空間から出てきた棘のようなものがグレイルを襲う。
グレイルはそれを破壊していく。
その隙に足元まで来ていた響がグレイルの足場を崩す。
「ウゥ!?」
対処できずにいる間に今度は空護が接近。
そして
「【空間決壊】ッ!」
間一髪でグレイルが防ぐ
しかし、
「ゴァアッ……!」
グレイルの腹部に強い衝撃が走る。
「空間自体に攻撃を喰らったら対処出来ないッスよねぇ」
結構なダメージ負った様だ。
そこから空護がさらに追い討ちをかける。
顔から全身にかけて広く打撃を加える。
空かさずグレイルが攻撃に転じようとするが、軽くいなして首元に強烈なかかと落とし。
グレイルが膝をついて倒れた。
「終いッス」
「いくら神でもスキルも魔法も能力も無いなら俺らの方が強ぇよ」
「なぁ……ッ!」
絶句した。コイツらこんなに強かったのか。
「いっちょあがり、だ」
「クレアさん、コイツどうするッスか」
圧勝した。まだまだ余裕といった感じだ。
「持ち帰ってから決めるわ。ご苦労様」
「だー疲れた。超腹減ったな」
こいつらの強さは一体……
「よし、出来た。はいトキ、飲んで」
クレアは俺に薬のような物をくれた。
飲んでみるとみるみる内に傷が治っていく。
「……助かった」
そう、助かった。でも、
「浮かない顔ッスね。なんかあったんスか?」
「俺は……ミルちゃんのお母さん……救えなかったッ……! ちくしょうッ!」
文字通り何もできなかった。
あの時俺が動いていたら助かったかもしれない。
そう思いと、やり場のない気持ちでいっぱいになる。
「……」
みんな何も言わなかった。
「取り敢えず帰ろうッス。奈々ちゃん心配してるッスよ」
「そうね。一先ず帰った方が良さそうね」
グレイルを担いで街に帰ろうとしたとき、突然それは視えた。
視えたのは再び爆発するグレイルだった。
「 お前ら伏せろぉ!」
爆発するぞと言いかけた瞬間、
「チィッ、マズイ! 間に合うか……【空間断截】!」
爆音、衝撃。
そして、さっきと同様辺りを光が包んだ。
————
しばらくして辺りが見える様になった。
巻き込まれたと思ったが助かったらしい。
「……あれ?何で無傷……ああっ!」
空護が咄嗟に能力を使って防いだ。だが、
「ぐっ……」
空護と響は間に合わず爆破を喰らってしまっている。
「おい! 大丈夫か!」
駆け寄って確かめる。
しかし、傷はあまり深くなかった。
それなのに動かない。
おかしいと思い調べると右手が痙攣していた。
「これは……麻痺……みたいなものか?」
何にせよこのままという訳にはいかない。
「早く街に戻らないと…………ッぐ…ぁ……!」
激痛。
腹には折れた俺の剣が刺さっていた。
目線を上に上げる。
「なんっ……で……!」
目の前には、グレイルが立っていた。
「トキッ!」
耐えきれず、前に倒れ込む。
かなりマズイ傷だ。
「……礼を言うよ、少年。俺を正気に戻してくれて」
「お、まえ……」
先程までとは違う。
しっかり自我があるグレイルだ。
やはりさっきは正気を失っていたか。
いや、そんな事より、この状況はやばい。
「さて……お久しぶりですねクレア嬢」
「!? どういう事? 私を知っているの?」
何やら話が噛み合ってない様子だ。
グレイルはそんな事御構い無しに続ける。
「? 何を……ああ、なるほどな。そう言うことか」
それなら好都合だ、と奴は言う。
話が見えてこない。こいつは、こいつの目的は何だ?
「あなたのことなんて知らないわ。どうしてこんな事をするの!」
「それについては何も言い訳ができません。いくら正気を奪われていたとしても俺は取り返しのつかない事をしてしまった……」
こいつ……後悔してるのか? 余計意図がわからない。
「だが、正気は取り戻せた。これで……」
突然グレイルに光が集まり出す。
何かはわからないがものすごい力を感じる。
「これで貴女を殺せる!」
「えっ……!」
「なっ!」
狙いはクレアだったのか! やばい早くなんとかしないと!
動こうとしたがこの傷では動けない。
「あの時は仕留め損ねたが今度こそは……」
刺すような殺気をグレイルから感じる。
「貴女には……死んで貰うッ!」




