決断
本当に東屋でお待ちでしたので、カフェで長い時間過ごしていたこともあり、思わず駆け寄ってしまいました。
「父様」
「シャル……」
泣いたことで目が腫れていたようで、父様は私の顔をそっと手で包み、目元を痛わしそうに親指で撫でてくださいました。
冷えてしまった手に申し訳ない気持ちにもなりましたが、その手から優しさも伝わってくるようで、勇気がさらに湧きました。
「我が儘を言っても、いいですか」
「シャルも、やはり……」
「私」
失礼だと分かりながらも父様の言葉を遮って、私はとんでもなく我が儘を言ってみました。
月に何度か町に降りてカルエさんのお店に行きたい。
すると父様に強く抱き締められました。
「それだけでいいのか?」
「……お許し頂けるのですか?」
「家を出ていかないでくれるだけで、もうパパはなんでも許すよ」
「例え出ていくと言ってもあなたは許したでしょ」
母様はいつも通りの口調ですが、抱き締められている私の手をそっと握ってくださいます。
「本当によろしいのですか、たくさんご迷惑を」
これでも貴族の暮らしを分かっているつもりですから、私がどんな立場だろうとウォリーシック家の娘であれば誘拐の対象に必ずなります。
魔術で変化しない限り目の黒さだけは隠すのも難しいのだから、知る者からすれば簡単に見つけられてしまいます。
しかもまだ十才の子供。捕まえるのは容易いと自分でも分かります。
だから町に行くなんてとんでもないことだと十分承知していました。
けれども父様は少しも悩まずに私の目を見て強く返事を下さいます。
「迷惑なんてことはない! 送り迎えも、護衛も精鋭を付けるから安心して通いなさい」
「シャルこそ町で暮らさなくて寂しくない?」
以前ならば、母様のこの言葉は町に帰れと言っているのだと思ったでしょうが、今は町で暮らす方が私の幸せなのではないかと思ってくれているのだと感じられます。
私は思わず笑いながら呟いてしまいました。
「最近、なんだか家の皆様は全然知らない人の様になられて」
「そ、そうね。ごめんなさいね、私は昔から態度と言葉のせいで誤解されることが多かったのだけど、直しようもなくて」
母様は貴族の夫人の振るまいとしてはとても素晴らしいと思うのです。
毅然として決して揺るがなそうな立ち居振舞いは一朝一夕にできるものではありません。
きっと子供の頃から厳しく育てられたのだと思います。
「母様はそのままで素敵だと思います」
「ありがとう、シャルエッタにそう言ってもらえると安心するわ」
「今から家族らしい家族になる努力を惜しまないから、これからも一緒に暮らしていこう」
父様の言葉に私は頷きましたが、もう一つの私は決めたことがあります。
オルバ様との婚約が正式に破棄されたら家を出ようとは思っています。
オルバ様の許嫁や婚約者でいることは私の最初で最後の家孝行だからしっかり務めてから、自立する。
姉様の前世の記憶からいけば、たぶん学園生活が終わる頃と時期が重なるはずだから姉様の手助けもできる。
万一、それ以前に破棄があれば学園だけは卒業させてもらってからにしよう。
あの学園は入学から二年は義務だけど、あと二年は実務が中心になるから在学を選択できるシステムなっている。
当然四年通った方が経歴としては揺るがないものとなるから、成績不振者以外は進級する人が大半なんだけど、私は基礎を学べれば十分だから、二年で卒業するつもり。
それからはママみたいに生きていきたい。
ママがあの暮らしをしていたのには、父様とのこと以外にも何か理由があったことは知っている。
でもママは無理していたわけじゃなく、あの暮らしを楽しむ努力を惜しんでいなかったから、毎日笑顔でいられたんだと思う。
それに私が貴族のままでいることは、あまりママは望んでいないような気もするし、私も性にあっていない。
ただ、またカルエさんのお店にお世話になるのは自分に甘過ぎると思うから、やっぱり自分で何かやってみようと思う。
一般市民になったら貴族の方々とは会いづらくなるだろうけど、それは何も私に限ったことじゃない。
この世界でも勤め先によっては家族と疎遠になるなんてよくあることだ。
ただちゃんと自立して生活していけると示さなければ家を出ていくことは許されないかもしれない。
だから市場調査は大切だ。
今からの五、六年でしっかりした事業案を練っていかねば。
一応姉様にはそのあたりも相談しておこうかな、なんとなく後でバレると怖い気がするから……。
なんだか俄然やる気いっぱいモードです!
お読みいただきありがとうございました。
十才時代は終わりの予定です。




