ひとつ
父親だという人が現れた時の私は、それをどう考えればいいのか全然分からなかった。
父親が親の一人だと知識はあるけど、自分にはないものだと不思議もなく思い込んでいたせいだと思う。
でもママはもうほとんど話せないような状態でその人に会ったとき、安心したように笑って、私の事を託していた。
父親という人もはっきり任せろと言うものだから、私はそれに従うのが正解だと納得したはずだった。
ママのお葬式をぼーっとしたまま終えて、完全に周りに流されて行く先が決まり、お店の皆はいろいろなアドバイスをくれた。
悲しかったら泣いたら良い。
上手く話せなくても無理矢理話そうとしなくていい。
ご飯はたくさん食べる。
嫌なことがあったらいつでも逃げてくればいい。
私はそれを忠実に守って暮らしていた。
夜一人で泣いていたし、言葉を無理に発することはしなかった。たくさん出されるご飯を有り難くいただいたし、嫌なことはないから逃げ出さない。
そうやってみんなのことをよく思い出していた。
ママがいて、とても楽しかった毎日のことを思い出していた。
そうしているとママはまだ生きているような気がしてきて、ただ会えないだけでいつかまた会えるような気がしていた。
だっていないと思っていた父親が存在していたんだから……ママだって……。
でも毎年お墓参り行って、私も成長して、ちゃんと現実が分かっている。
でも分かりたくない自分がいて、毎日楽しく暮らしている自分と少しずつ解離しそうなっていたように思う。
前世の記憶が戻ったのはもしかしたら私の心が知らずに悲鳴をあげていたからかもしれないな。
頻繁に思い出を引っ張りだしていたのに、だんだん忘れていってしまうから。そして人は変わっていくものだから、もう私の思い出の場所はないかもしれないと密かに不安になっていたから。
もっともっと、思い出さなくてはと無意識に考えていたのかもしれない。
別に過去を振り返ってる時間だけが幸せだった訳じゃないのに……。
十才の私。
寂しかったんだ。
わたし、寂しい……。
涙は溢れて止まらない、でもどんどん気持ちは熱くなって、指先までその熱が伝わってなんだかジンジンするほどで、感情の高ぶりがそのまま体に表れる。
堪らず抱き締めてくれているカルエさんにしがみつき、さらにわんわん泣いた。
あの高熱を出してから、初めて、体が心と一つになったような気がした。
しばらく泣き晴らし、漸くカルエさんから体を離して、ハンカチで顔を拭いているとき、不思議なんどけど、凝った内装は一つもないと思っていたお店に一つだけステンドグラスのような窓があったのが目に入った。
何かを表しているわけではなく、色とりどりのガラスが形も様々に嵌められている。それなのに、奇跡的な調和が図られていて見ていて飽きないようだ。
不意に日が射して、床が宝石を散りばめたように輝きだす。
どうしてそんな揺らぎが生まれるのか、もしかしたら魔法が施されているのかもしれないけど、光はふやふやと揺らめいて床の上で幾重にも重なり、更に色を生み出していた。
見ていると、私の気持ちのよく分からない複雑な感情がそのままでも良いような気がしてくる。
十才の私と前世の記憶はあの窓のようなんだ。
いろいろでも一つの窓に収まっているガラス。
ただそこを透かして綺麗に見えるかどうかは私の気の持ちようだ。
少しだけ落ち着いた私にカルエさんは穏やかに笑いかけてくれた。
「それにしても、あんたの親は結局失いそうになるまで気づかないアホたんのままだね」
「それは……?」
一瞬では何のことか理解できずに首をかしげた。
カルエさんはそんな私には構わず言葉を続ける。
「失ってからでは遅いことはさすがに分かった分だけマシか」
「もしかして、このことを父様たちは事前に知ってらっしゃったってこと?」
「ご令嬢を急に連れ出すわけにはいかないからね、きっちり話をつけさせてもらってあるよ」
なるほどそれでこのところ家の人たちは変だったのか。
でもそれが私を引き留めてくれるためだと思うと素直に嬉しい。
姉様はもしかしたら知らなかったかもしれないけど、思わぬ共通点が発生して関係は変わっている。
私はどうしたら幸せになれるのか、それ以上に今が心底楽しいと思える過ごし方はなんなのか。
子供の五年の歳月は長い。
濃密な接触がなくても家族と同じ家で暮らしていたんだから、離れるのは寂しい。
つまり、カルエさんの元に今行ったとしても私はまた寂しさを抱えることになる。
おもいっきり泣いたせいでまた寂しさに耐えることはできそうにない。
心のダムは決壊して修復不能だ。
だから私はどちらも選びたい。
さて、私の史上最高の我が儘を父様と母様はお許しになるでしょうか。
お読みいただきありがとうございました。




