最後の穏やか
この三日間ずっと見続けている夢はどうやら前世らしいと気が付いた。
なぜかというと夢を見ている感じではなく、懐かしく思い出している感覚がずっとあって、だんだん現実味が増しすぎて、目が覚めたときの現実の方が夢かと思い始めたからだ。
一度体験したことだとでも思わないと、夢の現実感が悪い呪いだと思えてしまう。
だからいっそ前世なのだと納得する方が心の健康にいい。
熱のせいかなと子供ながらに思ったけど、さっき目が覚めたときには精神年齢だけ上がってしまったようで、十歳の自分に違和感だ。
幸いにも前世も今世ものんびりした性格だからヴィヴィに対してもいつも通りでいられた。
高熱でおかしくなったと思われたら大変だ。家を追い出される危険もある。
夢の中では三日間で走馬灯のように成長し、日本という国に生まれ今は高校生活も終わろうとしている。
始めこそあまりに世界が違うから意味が分からなかったかけど、十七年以上の成長を体感すれば慣れもする。
前世の高校生の私はなんとか頑張って、進学校の特進クラスにいるが、何とも平凡な暮らしをしていた。
波風はすべて他人事で脇をすり抜け、高校もあっという間に卒業し、大学も似たようなものだ。
波瀾万丈なんて少しもない穏やかな人生。
二十歳くらいからあやふやになっていき、最後どうなったのかは分からなかった。
目を覚ますと、日は暮れていて部屋に明かりが灯されていた。
「起きられましたか?」
私の僅かな身動きでヴィヴィは側に来てくれる。
「長く眠ってた?」
私が聞くと、ヴィヴィは柔らかく首をふった。
「それほどでもないですよ。眠っている間にお医者様の診察も終わってますし、食べれそうなら夕食にしませんか?」
私の部屋は居室と寝室と別れたりはしていないので、ベッドを出てその先に丸いテーブルセットが置かれている。
いつもはお茶をするための場所だけど、今日はそこに食事が用意されていく。
それを横目に改めて部屋を眺めると、なんと広い場所だろうか。
町から連れられてきたときも思ったけど、子供部屋と言うには広すぎる。
兄様と姉様の部屋は寝室も別れているけど、私はこの部屋でも充分すぎる。むしろ寝室のある部屋にされたら困る。
もて余すこと間違いなしだ。
今の部屋でもベッドにテーブルセット、カウチの他にソファーもあって、さらに勉強用のデスクに、鏡台、小ぶりのチェストまであるのに、ヒラヒラのドレスでクルクル踊っても平気なほどゆとりがある。
実際踊ったりしませんけど。
しかも全部の家具は揃いのもので、全体はクリーム色で淡いピンクの花を模した飾りや模様が施されている。
金具はすべてゴールドだけど、まさか本物の金ではないとは思う。
ベッドは当然のように天蓋つきで、五年前も今もやっぱりお姫様待遇だと思ってしまう。
「スープは少しはお熱いかもしれませんので気をつけてお飲みくださいね」
とろとろに煮込まれた野菜のスープに、柔らかいパン。果物の盛り合わせ。
いつもはサラダやメインの料理があるが、今日は体に優しいメニュー。
もちろんどれも美味しい。
熱いと注意があったスープも火傷するような温度ではなく、お腹が温まるくらいに調節されていた。
「美味しい」
思わず呟くと、ヴィヴィが優しく微笑みながら、私が好きだと知っている蜂蜜をパンにどうぞと寄せてくれる。
「たくさんとは言いませんから食べられるだけ召し上がってください」
ヴィヴィがあれこれと世話を焼いてくれながら、私はしっかりお腹一杯食べて人心地つけた。
熱の間はどうしても喉を通らなかったから、これほど食べたのは久しぶりだ。
やっぱり食って大事だなー。
「シャルエッタ様、お誕生日おめでとうございます」
食器を綺麗に片付け終わったあと、お茶の用意をして、さらにその後、カートにいくつかプレゼントの箱を乗せてヴィヴィがやってきた。
「そうだった、まだ十歳になったばっかりだった」
小さい体の感覚には違和感がないから自分の本当の年齢をうっかり忘れてた。
ヴィヴィの世話が完璧過ぎるがゆえのうっかりだ。
変に思われなかったかと、ドキドキしたけど、去年も誕生日に浮かれなかったからか、それとも病気だったせいか、ヴィヴィは私の膝元にしゃがみ手を握った。
「そうですよ、シャルエッタ様が無事十歳になられて本当に良かった。元気であればパーティーの予定もあったのですが」
熱のせいで誕生日の実感がなくなったとでも思ってくれたみたいだ。ヴィヴィは少し悲しそうにしながらも慰めてくれている。
熱を出す前から我が誕生日にあまり意味は感じてなかったけど、あの夢を見た後では尚更。
「みんな忙しいのだしパーティーなんて、それに今は姉様もご病気だから私の誕生日なんて気にしなくていいのに」
「そんなわけには参りません。プレゼントはずっと前からご用意しているのですから受け取っていただきます」
「ふふふ、ありがとう」
なんだかとても張り切っているヴィヴィが可愛くて笑ってしまった。
小さなものから一抱えはありそうな箱まで十個くらいかな。
毎年ちょっとずつ増えているのはたぶんヴィヴィの努力。
最初の年は父様と母様と、第二夫人のエマータ様からの三つ。
年々、執事からとかメイド達から兄様から増え、今年はお祖父様やお祖母様からもきてる。
祖父母に関しては、あからさまではないけど受け入れられている感じはしていないので、ヴィヴィがどんな技を使ったか気になってしまう。
あまり強引なことをしていないといいけど。
あと姉様からも貰っている。
始めの年は私の誕生日に間に合わなかったとかで、当日ではなかったけど、翌年からは毎年。同い年なんだけど、しっかり者の姉は疎かにしないらしい。
だから一応私もプレゼントを毎年渡している。
寝込んでいたはずなのに、今年も届いている。
靴やドレス、勉強道具などのプレゼントを開け終えて、今日は体を拭いてもらうだけで早めにベッドに戻った。
あとは寝るだけだという時、この屋敷に来て初めて、ノックもなしに部屋のドアが開け放たれた。
「シャルエッタ・ウォリーシック!!」
私の顔を見るなり大声で名前を呼んだのは、なんとあの淑やかが代名詞の姉様だった。
そして私も、そのナイトドレスで髪を下ろしたままの姿に誰かの面影を見てしまった。
「あれ? 委員長?」
思わず言ってしまってから、不味いと口を押さえてしまい、それが尚不味い。
それによって私の穏やかな日々は終演を迎えることとなってしまった。
お読みいただきありがとうございました。