母
私の隣に座ろうとした父様をヴィヴィが阻止して、斜向かいのソファーに落ち着いたところにエマータ様のメイド、ザソさんというお名前だそうです。ザソさんがお茶を出してくれました。
「父様がエマータ様に私を呼び出すようにおっしゃったのですか?」
あえて父様を視界にいれないようにして、エマータ様に話しかけると素敵な笑顔で返してしれます。
「今朝のことを聞いて、私が言い出したのよ。隠れて聞いてると言い出したのはこの人だけどね。ごめんなさいね」
「それは大丈夫なのですが、父様は今日お休みだったのですか?」
仕事をそんなものと言ってしまう人に訊いても仕方ないので、そう言ってる時点で放り出してる可能性が高いのですけどね、あえてエマータ様に確認です。
気にしなくて大丈夫と前置きをしてから、エマータ様は少し困った様子で眉を下げられてしまいました。
「シャルエッタちゃんはもう思春期に突入してしまったの? 父親と話すのは嫌?」
「今朝から何故か父様とは会話ができなくなってしまったみたいなんです」
「これはあなたのせいね」
エマータ様の視線が父様の方に流れたのでそれを追うと、目も合わせなかったのがダメだったのか、父様は格好いいだけに無駄に悲愴感を高めて座っていらっしゃいました。
「父様は一体どうされてしまったのですか?」
私が尋ねるとエマータ様から大きなため息が一つ。
「なんだか病気にかかったような感じになってしまってるのね、これもあなたのせいですけど」
父様に向けられる笑顔が段々恐くなってるのは気のせいでしょうか。
「この人はね、やっとあなたに会うことができて嬉しかったの。でもその出会いが悲劇の中で唯一愛した人を失ったのと同時だったからそれを表現できなかったのよ」
それを表現したのが今となると、ママは一体どんな風に口説かれたのか気になってしまう。聞かないけどね。
それに唯一なんて言われてしまうと、今はその方が気になる。
「父様は母様を愛してはいないのですか?」
エマータ様向けた質問だったのだけど、そこは父様から答えが返ってきた。
「同士ではあるし、今は家族愛はあるよ。マリーヌも女性として愛されることは望んではいないんだ」
「マリーヌはあまり男そのものが好きじゃないのよ、でも子供は産みたいってちょっとした矛盾を抱えていたの。私のせいでもあるとは思うんだけど」
少し切なそうに微笑むエマータ様は私を横に手招くとぎゅっと抱きしめてくださいました。
「普通と違う環境だからせめてゆっくり成長してもらいたくて、いろいろ説明するのに時間が掛かってごめんなさい」
謝ってもらうことなんか一つもない。
今の私だから冷静に聞いてられる。
この屋敷の暮らしに慣れること、貴族の嗜みを身に付けること、勉強に打ち込むこと、それらを五才の私から十才に成長した今まで、その都度ペースに合わせてもらったこと。
それがあったから今の私がある。前世の記憶が戻っても変わりなく暮らせるのもそのおかげに違いない。
「ゆっくりで良かったです」
「本当に? ここを出て町に帰りたいと思ったんじゃない? 私はここをほとんどでられないし、マリーヌはあんな美人なのに中身は男みたいだし、この人は全然駄目だし」
母様だけ新たな真実が暴露されてるけど、私まだその部分知りませんよ。
エマータ様の腕のなかでちょっとだけ顔をあげてみるけど、表情まではわからない。
「たくさん何かしてあげたかったのだけど、私たちみんな不器用でシャルエッタちゃんに対して臆病で、嫌われたくなくて、本当は今日会うのだってとっても恐かったの。大人なのに変だよね」
「私こそ、いっぱいしてもらってるのにお礼も言えなくて」
環境抜群なのは、やっぱりそのおかげだった。
エマータ様は私を少しだけ離すと肩に手をおいたまま、ちょっと真剣な表情を見せられます。
「家族になっただから遠慮してちゃ駄目よね、シャルエッタちゃん、これからはもっともっと仲良くしてください。できれば私もあなたのお母さんの一人にしてもらえたら嬉しいと思ってます」
こんな可愛くて優しい人が母になってくれるなら嬉しいに決まっている。
ママのことはもちろん世界一だと思っている、特別の特別な人。
だからこそ、ママの教えは私に染み込んでいる。
自分が大切に思うものは全力で大切にする。そして貰えるものは何でも貰う!
この場合貰えるとは違うかも知れないけど、母二人もいるなんてお得に違いない。
私の心の中で母親という存在をしまう箱が一つじゃないからこそ思えることかもしれないけど、私は大きく頷いた。
「もちろんです!」
エマータ様は嬉しそうに笑ってくれた。
「ありがとう」
ぎゅーっと抱き締めてもらいながらも、私はそっとしか抱きしめ返せなかったのはエマータ様が折れてしまいそうな細さだったから。
でもとっても暖かくて、しばらくその感覚を味わってしまった。
そのあと横にいた父様がヴィヴィに止められているのを見て、どうやら仲間に入りたかったらしいと知ったけど、朝すでに抱きしめられたからもう大丈夫、ヴィヴィにとびきりの笑顔で頷いておいた。
その反動なのか父様が用意したというお菓子をやたらと私に勧めてきて、有名店のだとか、珍しいものだとか楽しそうにたくさん説明してもらったのは素直に喜んだら、まだ抱きしめられそうになって、お菓子のお礼にそれは許してあげた。
お読みいただきありがとうございました。




