十才なんだから夢があっても
どうしても叶えたい夢というわけではないんだけど、市井で暮らすならそういう道もいいなと思う。
クッキーとかマフィンとか、ちょっとご近所の手土産的なのでもいいし、サイズを小さくして駄菓子みたいにしてもいいな。
お金を稼ぐって感じより、生活がなんとかやっていけるくらいでいいからね。
今追い出されたら、母が勤めていた店のツテや孤児院という選択肢があるから、ある程度お金を貯めたらってことだけど。
学園を二年行ったあとなら勤め先の選択肢がもう少し増えるはずだ。
爵位を剥奪されるマイナスは侯爵家の領地から遠く離れれば、魔法をある程度使えるだけで身元不詳でも就ける職場がある。
お金を稼ぐなら十分だ。
今の贅沢も身に染みているものでもないから、質素な暮らしも楽しめる。
前世の記憶がある今なら尚更だと思う。
だって実に地味に暮らしていたし、お金を貯めるのも好きだった。
当時は将来のためという漠然として理由だったけど、今なら夢を持つことも面白いと思う。
この辺はまだ十才だからなのかもしれない。
だから将来を悲観する要素は私にはないのだ。
貴族のプライドがある方々には難しいかもしれないが、貴族の仮面を被ることの方が努力の必要な私からすればなんの躊躇いもない。
だから姉様がやたら驚いたり、止めたりしなかったことは少し不思議だった。
でも姉様も前世の感覚があることを考えれば、その反応に納得もできる。
「シャルちゃんはお菓子屋さんになりたいの?」
「はい」
小首を傾げて尋ねる姉様は子供も可愛らしさも加わって、天使です。
私はなんだか笑顔で頷くだけで幸せいっぱい。
「それはお菓子を作る人になりたいってこと?」
「職人さんを雇うほど稼げないかもしれないので、自分で作ることになると思います。仕入れてもいいですが、同じく資金面で厳しいかもしれませんし」
「つまりどっちでも構わないと?」
何故か話を詰めてくる姉様を不思議に思いながらも、私は頷く。
「ちなみにシャルはお菓子作れるの?」
「五歳まで母の手伝いはしてました。前世でもクッキーとかプリンとか簡単なものは作ってたみたいですから、レシピもそこそこ覚えてますね」
料理番組じゃなくても簡単レシピってコーナーがあったりすると試してみたくなっちゃうんだよねー、ただそういうのって電子レンジ使ってたりするからちゃんと蒸したり茹でたりする手間に変えないと使えないレシピも多いけど。
スコーンと大学芋と蒸しパンとかはよく作ったなー。
ポテトチップスはこちらでは見たことないから食べたいなー。コンソメ味とか再現できなさそうだけど。
代わりにここの専属シェフがとびきり手の込んだデザートが夕食ことに用意されてるし、おやつもばっちりしっかり作り込んでくれてるから、おいしーのー!
飽きがこないようになのか、種類も豊富なの!
今のうちに堪能しようと出される分はできるだけ食べるんだけど、そこは貴族の常識なのか食べきれないほど出してくれる。
残した分は使用人さんが食べているらしくて、私がお腹いーぱい食べてもたくさん残るのだ。
そして健康管理もされているから太らないようにダンスのレッスンで運動するように予定を組まれている。
いやー、至れり尽くせりですー。
「明日から授業も再開ですねー」
「シャル?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと思考が飛んでました」
「私こそ、昨日元気になったばっかりなのにごめんなさい。でももう少しだけ質問」
姉様はここにきて、前世という過去の事より未来に視点が向かわれた様子。
「販売や経営だけでも大丈夫?」
「お菓子屋のことですか?」
「そう、作ることにこだわりはない?」
「得意というわけではありませんから、薄給でもいいという方なら雇えるかもしれませんね」
姉様の質問の意図がよく分からず、菓子職人を雇う想定をしてみるけどあまり現実味はないな。
私のその日暮らしの道楽のような商売に、ある程度修業しているような人が手伝いを申し出てくれるとは到底思えない。
けれど姉様はフムフム頷いたあと、長居したことを謝り近いうちにまた来ることを宣言して帰っていかれた。
その後、ディナーの席でお会いしたときはいつもと変わらずで、姉様の病明けだからか珍しく家族全員揃っていたけど、姉様も私もすっかり良くなったと答えると、静かな食卓に戻った。
流石に病み上がりなことが響いているのか、その日は早くて眠ってしまった。
ヴィヴィが何か言いたそうにしていたのは気がついていたんだけど、ヴィヴィの方が気を使って早目に寝かしつけてくれた。
なんとか明日ちゃんと聞くからと、寝入りに言うのが精一杯だった。
お読みいただきありがとうございました。




