元気になりました
十歳になる三日前、流行り病にかかり高熱を出した。
シャルエッタ・ウォリーシックになり、侯爵家の一員に含まれて五年ほどたってさすがに生活には慣れた。
部屋付きのメイドであるヴィヴィに看病されながら、なんとか熱が下がり起き上がっても辛くなくなった昼下がり、ちょうど十歳の誕生日だった。
「シャルエッタ様、お加減はいかがですか?」
「もう大丈夫よ」
さすがに食欲はさほどなかったが、小皿に盛られたフルーツを食べ、夕食はもう少し食べるとヴィヴィに告げると嬉しそうに微笑んでくれた。
「エリー様も熱が下がられたとのことですから、後程シャルエッタ様もお医者様にまた見ていただきましょうね」
ヴィヴィは二十歳過ぎの若いメイドだが、どういうわけかメイドの中では強めの発言力を持っていた。
だから連れてくると言えば確実に連れてくる。
普通のメイドにはそれほどの権限はないはずだけど、たまに執事やメイド長の様な決定権があるようだ。私のことに関してだけだけれども。
謎ではあるけど屋敷の中では忘れがちにされている私でも、ヴィヴィのおかげで不自由なく暮らせていけている。
私が寝込む二日前からエリー姉様も高熱で臥せっておられて屋敷の中は暗く沈んでいた。
日頃も病弱ではないけど儚そうな印象の存在だから、病なんかに掛かればすぐに神様に連れていかれてしまうんじゃないかって心配になる。
でも熱が引いたなら、少しは安心。
姉様の為に今は常駐しているお医者様も、私のところにくる余裕もあるだろう。
治癒魔法や癒しの魔力をもち、薬学などにも精通しているお医者様はそう多くない。町にもお医者様はいるが、専属医を持つとなると貴族でも数えるほどだ。
ウォリーシック侯爵家は王都の真東に領土を持つ、力ある貴族だ。
王都と領土の距離がそのまま力関係を表しているといっても過言ではないのが、このゼフマーヤ王国だから、王都のお隣ともなると発言力や影響力は国王でさえ無視できないとまで言われている。
その侯爵家には現在十五になる長男、トーマ兄様。現在十歳の長女のエリー姉様がいて、このお二人は本当に幼い頃からあらゆることで完璧だと評判。
その姿は誰もが息を飲むほどの天使のようで、勉学も作法もすぐに身につけてしまう。貴族のなかでもずば抜けて魔力も高い。
そして姉様と同じく半年遅れで本日十歳になった私は半分侯爵の血筋だと言えど及びません。
でも母親が違うんだという言い訳があるので、下手に悩むこともなく、比べるのも申し訳ないくらいに思っている。
私の実の母は王都の酒場でウエイトレスをしていて、そこで父様と出会い、一夜の過ちで産まれたのが私。
侯爵様ほどのお方が、町の酒場にどうして来たのかは私には知りようはないけど、ウォリーシック家の血筋の証である真っ黒な瞳で私が産まれてきたので、疑いようはなかったらしい。
けれど父様には第二夫人の方までいらっしゃるのに、正妻である今の母様が妊娠中に他所で子供を作ってしまったので、認知はしてくれましたが、私が五歳までは市井で暮らしていた。
でも母は魔物による事故で亡くなってしまったので、侯爵の娘として正式に屋敷に迎え入れてくれたのが五年くらい前の話だ。
以来私も侯爵令嬢として生活している。
「髪をとかしますね」
三日もベッドの上にいたので、久しぶりにカウチに座るとヴィヴィが櫛を持って横に立った。
さっき一度着替えたが、まだベッドに戻る予定なのでナイトドレス姿な私に身だしなみなんて必要かと思うが、理屈ではなく如何なる時も見映えを整えるのが貴族なのだと五年で知った。
それに、髪をすかれるのは心地よいので断る理由など何もない。
夕暮れ近くの落ち着いた光のなかで、穏やかな時間だった。
生まれながら貴族の価値観の中にいる人達には、私の今の環境はどうやら冷遇されているように見えるみたいだけど、庶民な暮らしを知ってる身からすれば、とんでもなく贅沢させてもらってる。
家庭教師の先生をつけてもらい読み書きは当然、ダンスも、行儀作法も、趣味にいいからと刺繍まで習わせてくれている。
魔法に関しては十四才に学園に入ってから本格的に学ぶけど、初歩的なことは勉強の先生が合間に雑談のようにして教えてくれてる。
もちろん生活面も抜かりない。
服は姉様のお下がりとは別に、毎年ドレスを数着作ってくれる。
世間体があるから、仕立屋に注文がないと怪しまれるのが理由だと噂を聞いたことがある。
元々世間体で引き取られたんだから、わざわざ噂するようなことかと私は思うけど、ゆとりがある人達は噂好きなんだって、ヴィヴィが言っていた。
言うまでもなく食事が出てこないこともなく、ちゃんと兄弟達と一緒にダイニングで食べている。
両親は仕事や社交で忙しいので、共に食事をすることはほとんどないが、一緒の時でも退けられたことはない。
ただ和気あいあい、一家団欒かと言われればあるわけもなく、喪に服しているような雰囲気ではある。
ちなみに第二夫人の方はとても病弱なので離れから出られず、私は見掛けたことはあれど話したことは一度もない。
「お医者様をお呼びしますから、シャルエッタ様はベッドでお休み下さい」
髪をすき終えたヴィヴィは私をベッドまで手を引いて寝かし丁寧に布団をかけてから部屋を出ていった。
散々眠ったのに、またうとうととして三日間みた夢の続きに戻った。
お読みいただきありがとうございました。