元の木阿弥。
そして、数ヵ月後。
「のーん……」
私は、とてつもない無力感に襲われていた。
床を埋め尽くして散らばる無数の衣服。
そいつらが、サルガッソーの藻のごとくキャスターにからみつき、椅子が動かしにくいことおびただしい。
そして、机の上に山積みになった書類、デオドラントスプレー、ライター、紙くず、エッセンシャルオイル、本、お香、アクセサリーケース、ダイレクトメール、香水のビン、マンガ、綿棒入れ、文房具類――
パソコンを開くスペースだけは、どうにか残されているものの、うかつにどこかに肘でも当てようものなら、即座に雪崩が起きかねない状態だ。
「何故なんだ……!?」
せっかく、一度は片付けたのに……何故、またもや、こんな有様に?
こんな部屋、とうてい、人様に見せられるものではない。
完全に「元の木阿弥」だ。
やはり、私には、片付けの能力はなかったのか。
一時のマイブーム的な突貫工事はできても、「きれいをキープ」する力はなかったというのか――?
自分自身と、自分の部屋にうんざりしながらも、毎日の仕事に追われ、帰ってきても掃除をする気力はわかず、部屋が再び混沌の海へと沈んでいく様から、目を背け続けていた私であった。
――が。
「あああッ! やっぱ、こんな部屋はイヤだあああ!」
仕事が休みの、ある日のこと。
唐突に、かつての「片付け熱」がマグマのごとく噴出してきた!
髪の毛やホコリのからまった服も、下に何があるのかわからん机上の山も、一度は決別したはずの悪癖だ。
そして一度、美しい空間で過ごす心地よさを味わったはず。
それなのに、いったい何故、またもやこんな状態になってしまったのか?
「収納……」
私は、衣装ケースの状態を確かめた。
中身は、さほど荒れてはいない。
だが、床の上、およびケースの上に、大量の服が積み上げられ、ホコリをかぶっている。
「最初は、全部入ってたのに……なんで、こんなに溢れてるんだろう?」
答えは簡単。
あれから数ヶ月のあいだに、新しい服を買ったから!
第一次の片付けが終わったとき、服は(適当に)畳まれ、きっちりとケースに収まっていた。
ああ、それはもう、きっちりと。
「そうか……あのときでさえギリギリだったのに、増やしたら、そりゃ入らんわな!」
当然の理である。
しかも。
「今は夏……なのに何故、長袖がこんなにも入っているッ!?」
季節感、ガン無視。
私は、自他共に認める「暑がり」である。
夏場に、まあボトムスは辛うじて許せるとしても、長袖のトップスなど、ナイフで脅されでもしない限り、絶対に着ることはない。
「分かったッ! 第一次の片付けのとき、季節が微妙だった……
それから、ずーっと服の入れ替えをしなかったから、こんなことになっとるんだッ!」
さすがは「超絶面倒くさがり・片付け初心者」の仕事である。
今の季節にはまったく不要の服が、ケースの中から出るわ、出るわ。
そいつらのせいで、本来ケースに入っているべき服たちが押し出され、ケースの上に山積みになっていたのである。
衣替えをサボったことが仇となったのだ。
スペースのムダも、ここに極まれり!
「ええい、またまた仕分けだぁ! 今度こそ、まともな収納をしてみせる!
あと、ケースも追加! 確か、冬本番の衣装はゴミ袋に詰めて、物置にごっそり置いてあるはずだから、そいつらもついでに、改めて仕分けてやる!」
おなじみの引き出し式衣装ケースを、追加で6箱購入。
物置に、4つのケースを運び込んで積み上げ、第二次の選別を生き延びた冬服たちを畳み、防虫剤を放り込んでは収納してゆく。
「今度こそ……服はむやみに増やさない!」
固く誓いつつ、部屋には、2つの衣装ケースを追加。
本格的な夏物だけを、余裕をもって収納し、間服は、物置のケースに仕舞う。
「冬服のケース、もっとデカくて深いやつにしたほうがよかったんとちゃうか?」
とは、通りかかった家族の意見であったが、ノンノン!
私には、必殺の秘策があったのである。
それは『超絶ラクラク・衣替え大作戦』!
私は「衣替え」というものが大嫌いだ。
服を畳む、という行為自体が嫌いな私にとって、衣替えにともなう一連の作業――仕舞ってある場所から服を出し、ちょっと乱れた部分を畳み直して、普段使いのケースに仕舞う――が、どれだけ面倒くさく、うっとうしいものかは、容易に想像していただけるだろう。(←そうか?)
しかし。
夏物と、間服・冬物とを、まったく同じ規格の引き出し式ケースに収納しておけば――
いちいち服を取り出さなくても、ケースから「引き出し」ごとズボッと抜いて、物置のものと部屋のものを入れ替え、またまたズボッとはめ込むだけで、あっという間に、衣替えが終わる!
「完璧だ……!」
明るい未来のビジョンに酔いしれ、現状の作業の面倒くささを紛らわそうとする私であった。
この作業の甲斐あって、今のところ、ケースの外に溢れている衣類は一枚もない。
これで、理想の部屋にまた一歩、近付いたというわけだ!