第一話 アエトナ山の噴火
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はるか昔、神になろうと思った愚かな人間がいた
その人間は神を喰らった
その人間は「サイキ」と名乗り神となった
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もう何百年もの間、死火山と思われていた大陸一高いアエトナ山に噴火の予兆が見えた。
最初はもくもくと白い煙が緩やかに昇っているだけだったが、一週間もしないうちに細かい噴石が飛んでいき、麓の村まで影響が出始めたのだった。
ある夜のことだった。
噴火の予兆は収まったかのように思えるほどの静けさの中、心臓のあたりをいきなり掴まれるような大きな爆音と共に、熱風と灼熱の溶岩がものすごい勢いで山の頂上付近から迫ってくる。
アエトナ山の麓には少なからずいくつかの集落があったが、集落に暮らしている人々は火山活動を確認した後でもそこを離れるような事はしなかった。
アエトナ山には凶悪な怪物が封印されていたが、怪物は山の封印から抜け出そうと、力を蓄えては暴れ脱出を繰り返した。
その度に山は噴火したのだが、鍛冶の神ムルキベルはアエトナ山の下で鍛冶を行い、噴火を抑えている。
それ故アエトナ山は火山活動は起こらず死火山となった。
そう、伝承では伝えられ、彼らは今でも信じているのだ。
山の麓に住む人々はそんなアエトナ山自体と鍛冶の神ムルキベルを信仰していて、山の恵みを受けつつ鍛冶によって生計を立てていた。
自分たちの信仰対象の山が噴火したことで、運命を共にする覚悟でその場にとどまり続けていた。
しかしアエトナ山とその周辺を所領する領主が、領民を守るために火山災害の救助活動を始める。
この集落に発展する鍛冶技術は当領主にとって大きな必要技術であり、失えば国力の低下につながると判断したのだ。
すぐに大規模な救助活動が開始され、また隣接する国や領主からも救助隊や救援物資がとどけられた。
季節は冬である、アエトナ山周辺は冬の寒さに加え雪が降りしきり、救助活動は困難を極めた。
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何やら深い場所からゆっくりとゆっくりと意識が昇ってくるような感覚があり、少しずつ神経という神経が身体と脳を繋ぎ始めているのを感じるような気がした。
目が開けられるような気がして、目を開けてみる。
でも、それは目を閉じていた時と変わらない世界。何も見えない少しの光もない闇に包まれているのを改めて感じるだけだった。
手の感覚が戻ってきたような気がして、指を動かしてみようとするが動かなかった。
何かに包まれているようで動かしても動かすスペースがないんだろう。
しばらくすると、遠くから何かが爆発するような音が聞こえてきて、それがだんだんと大きくなる事を感じた。
そして、とても近くで爆音が聞こえ、身体に激しい衝撃を感じたと同時に意識がなくなった。
同じだ、また同じだ。
深い場所からゆっくりとゆっくりと意識が昇ってくる感覚。
さっきとまったく同じ、目が開けられるような気がして、目を開けた。今度は少しだけ前と違って目に光を感じる事ができた。
本当にうっすらと……。暗いのは暗いのだが、どこからか光が漏れているのだろうか。
手と足を動かしてみるが、残念ながらすぐに何かにぶつかって思うように動かせない。
手と足はまっすぐに伸びていて、ある程度の空間にいるのだろうか、腕を頭の上に持っていけるか試してみたが、何かに挟まれたか何かに埋まったか…、それはできない状況だった。
狭く暗い空間の中、しばらく自分の置かれた状況を冷静に考えてみる。
頭を整理していると、だんだんと全ての感覚が現実味を帯びてくる。今までは極度の混乱状態で苦痛や恐怖、焦りは感じる暇さえなかったが、少しずつ恐怖が自分の中に広がってきた。
衣類を着ている感覚がなく、どこからともなく入ってくる隙間風は身体を硬直させるほど冷たい。
手はかじかみ、全身が震え、初めに感じていた痛みも今は感じられない。
そして、また同じだ。
いや、少し状況は違うかもしれないが、また意識が遠のいていく感覚に襲われる。
ここで意識を失ったらおそらく死ぬのだろう。そう思っても目を再び開ける事ができず、また深い場所を抜けて行く。
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「おい!グレムリンが生体反応を見つけたみたいだぞ!!」
「聖堂の下か!?誰か!応援を頼むっ…!」
複数の冒険者風の男たちが瓦礫の山の上で叫んでいる。
壊れた祭壇や祠、割れたステンドグラス、真っ黒に焦げて原型が見えないアナロイのような台など転がっている瓦礫を見ると、そこは立派な聖堂だったようだ。
冒険者風の男たちは素手で瓦礫を撤去しつつ叫ぶ。
「おーーーい!誰かいるのかー!?聞こえるかー?」
「返事をしてくれー!」
アエトナ山周辺を治める領主は、領内にいる狩猟クラン、ボランティアクラン、傭兵団クランなどの自領に友好的なクランを総動員して救助活動を展開していた。
アエトナ山周辺を治める領主は比較的善政を敷いており、領内には危険なクランは少なかった。また、領内には多くの平和的クランが存在し、領主の救援活動の要請に対してかなりのクランが応えたのだった。
「よし、グレムリンを放て!詳しい場所を特定するぞー!」
グレムリンが瓦礫の隙間に入って行く。
グレムリンの大きさは大体ティーカップに身体が入ってしまう程度で、魔物だが最近ではペットとして飼われたり、こうして救助用に訓練されているものもいる。
グレムリンはとても臆病な魔物で、外敵と遭遇すると素早く逃げる。その為外敵をいち早く発見する探知能力に優れているのだが、その能力を災害時に行方不明となった者の捜索に利用している。
グレムリンが瓦礫の隙間に入ったのを見た男は、「む、この下にいるのか?」とすぐにその周辺の瓦礫撤去をする。
男たちが壊れて崩れそうな祭壇を持ち上げると、わずかな隙間に見た目15、16歳くらいと思われるの青年がうずくまるように倒れていた。
「いたぞー!!生存者だ!意識はないが、呼吸はしている!!担架を早く!!」
男は青年の脈や呼吸を確認し、そう叫んだ。