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ルミ-5-

精一杯の自分を受け入れる勇気。

和美の言葉で前を向けたルミ。

母親の言葉「ゆっくり大人になりなさい」で救われるルミ。

強くなくていい、前を向いて歩き出そう!そんなメッセージを届けます。

ルミ 第5話


交換日記の和美の返事を読んだルミは、「胸を張って!」という言葉がどんなに嬉しかったことか。落ち込んでいても仕方がない。自分で決めたんだからやれるだけのことをしようと素直に思えたルミだった。

今晩も母親はルミに夜食を届けてくれようとしている。いつもと同じ紅茶とクッキー。「いつもと同じ」がきっと嬉しいと母親は思っていた。それは多分当たっている。

11時を回るとほんのり紅茶の香りがしてきた。今日は夜食の時間が待ち遠しいルミだった。

「今日はお母さんとお話したいな。」

和美から交換日記の返事を読むまでは気持ちがどうも焦っていて、夜食の時間も惜しく感じていたルミだったが、自分はいろんな人に支えられていると分かってから、肩の力が抜け心のゆとりができたのである。

階段を上がる母親の足音が聞こえできた。のっそのっそというゆっくりとした足取りは母親のそれの特徴のような気がする。ルミは鉛筆を置いてドアの前に足音を忍ばせて近づき、ちょっとおどけてみようとニヤけてくる気持ちを抑えながら三つ指をついて座ってみた。ドアが開くと、

「いつもありがとうございまする〜。」

と言って深々と頭を下げてみたが、笑いがこみ上げてきて我慢できなくなったルミは、母親よりも先に大笑いしてしまった。

「何やってるのよ〜。」

母親は微笑みながらルミの顔を覗き込み、昨日とは少し様子の違う我が子に安心したのだった。

「何かいいことがあったのかな?」

夜食の「いつもと同じ」ものをルミの机の上に置きながら聞いてきた。

「いいことっていうんだよね、きっとね。」

もったいぶった言い方に、母親はルミのおでこを指でツンとつきながら笑った。

「もう、いいことなら聞かせてくれませんか?」

母親はわざと膨れ顏を作りながら聞いた。

クッキーを頬張りながら、ルミは和美が書いてくれた交換日記の返事の内容を話して聞かせた。

「先生が胸を張っていいって書いてくれたことが嬉しくて。『まだ頑張れる』とか『もっと頑張んなきゃ』とか毎日自分に満足できなくて、どれだけ頑張ればいいんだろうって考えれば考えるほど嫌になってきて。」

「そぅ。」

母親は頷きながら黙って聞いていた。優しい目だった。

「でも、これが自分の精一杯なんだって思ったら気持ちが楽になったの。これ以上は頑張れないって。もう少し自分の頑張りを認めてもいいのかなあって。いいよね?」

ルミは自分の考えが間違いでないかを確かめたかった。自信がなかったわけではない。ただ、『いいよ』って言って欲しかっただけだった。子どもは誰でもそうかもしれない。母親はそんなルミの気持ちに寄り添うようにただ笑顔で頷いた。頷いてからルミを両手で抱きしめながら、

「いいよ。ルミはもうちゃんと頑張ってきたんだから。ずっと前から頑張ってたんだから。お母さんもそう思う。胸張っていいよ。」

母親の胸の中で力がすうっと抜けていくのをルミは感じていた。母親は続けた。

「ルミがそんなふうに自分のことを思ってたなんてね。いつの間にこんなにお姉さんになって。やだよう。ゆっくり大人になっていいんだよ。」

母親の言葉の意味がよく分からなかったルミが聞いた。

「どういうこと?」

「辛い時は『辛いよう』って言っていいんだよう。我慢したり、それを隠したりしなくていいってこと。怠けてたり、逃げ出したりしてるわけじゃないってことくらい分かるのよ。親なんだから。」

ルミは受験をすると決めてから一度も「辛い」とか「やめたい」とか言ったことがなかった。親を説得して始めた受験勉強なんだから、そんなこと言ってはいけないと思ってたのだ。それに、努力をすればどんどん成績が上がると単純に信じていた。しかし、現実の厳しさを知って自信をなくしていたのだ。どんなことにも明るく、そして前向きに取り組んできたルミは常に結果を出すことができていた。ルミは生まれて初めて挫折を味わっていたのだった。その「挫折」を認めることもルミは怖かったのだ。しかし、母親の愛情と和美の言葉によってルミは今の自分を受け入れることができ、明るさを取り戻すことができた。

「友達から『裏技』も教えてもらったのよ。」

いたずらっぽく笑ったルミに、

「あら、何かしらその『裏技』って?」

母親も含み笑いをしながら聞き返した。

「すごく簡単なことなの。疲れたら寝ればいいんだって。30分寝ると頭が冴えてくるんだって言ってたわ。」

母親は一度大きく手を叩き、大きな身振りで「そうなのよ」と言いながら目を大きく見開いて続けた。

「お母さんも中学の恩師に同じこと言われたわ。中学に入ると部活に入るのよ。バレー部だったの、お母さん。今じゃ、ジャンプもできないくらい太っちゃったけどね。あの頃はエースアタッカーよ。あら笑わないで。でも、勉強もしなくちゃいけないのに、体力が持たなかったの。そしたら部活の先生が言ってたわ。『部活が終わったら家で30分だけ寝ろ。それ以上は寝るな。そしたら2時間は大丈夫から。』って。これ本当だったの。お母さん、負けず嫌いだったから言われたこと実践したの。どうしたらいいか自分じゃ分からなかったから。いいと言われたら何でもやろうって。純粋な少女だったのよね。あの頃から。」

母親の言い方がおかしかったから、

「やっぱりお母さんとの夜のお話は好き。」

と心の中でつぶやくルミだった。

「お友だちのアドバイス?『裏技』試してみなさい。きっと効率が上がるわよ。寝すぎていたらお母さんが強力な目覚まし時計になってあげるから。」

母親は握りこぶしで胸をポンポンと2度叩きながら「任せなさい」と言わんばかりの顔で言った。

「よろしくお願いします。」と深々と頭を下げたルミ。

それから30分くらい問題を解いてその日の勉強は終わらせた。


次の日の休み時間、ルミは校庭で何かに夢中になっているユキを見つけて近寄って行った。毎日楽しいことを見つけに校庭にかけていくユキから楽しみ方を教わろうと思ったのだ。ユキは校庭の花壇の中に何かを見つけたらしい。

「ユキ、何かいたの?」

ルミの声に振り向いたユキは、しいっと人差し指を自分の口に当てながら、声に出さないで「静かにして」と言って、もう一度花壇に顔を近づけた。モンシロチョウが花の蜜を吸っているところを覗いていたのだ。モンシロチョウはストローで美味しそうに蜜を飲んでいた。それをユキはどんな気持ちで見ているのだろうと、ユキの顔を覗き込んで話しかけてみた。

「ユキ、かわいいね。初めて見た。こんなに近くで見てても逃げないんだね。」

ルミはユキの耳元で囁くようなかすれ声で言った。モンシロチョウがびっくりしないようにそうっと。

ユキはモンシロチョウから目をそらさないようにしながら、ルミと同じくかすれ声で囁くように言った。

「ユキもはじめてよ〜」

ユキは満足って感じでキラキラ笑顔をルミに向けてくれた。ルミとユキは「初めて」を一緒に味わうことができた。いつの間にか二人はしっかりと手を繋いでいた。手を繋いでモンシロチョウのお食事に同席させてもらっていた。何だか「特別」な気がした。「嬉しい」が「嬉しかったね」になり、「楽しい」が「楽しかったね」になった。


ルミは交換日記に今日のモンシロチョウのお食事のことを書いた。最後綴った言葉が和美の心を温めてくれた。


「先生、私、何ていうのかなあ?ユキとつながったって感じ。手だけじゃないです。何だろう?気持ちがつながったって感じなの。先生、伝わりましたか?つながるって素敵です。『嬉しい』が独り言じゃなくて『ふたりごと』になるんだもん。」


和美は心の中で何度も大好きなあの言葉を繰り返すのだった。

「みんなになる」


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