ダイスケ-2-
ダイスケ 第2話
「オレ、この先生好き!」
そう思えたのは、交換日記の返事を読んだ時からだった。和美の返事はこうだ。
ダイスケさんへ
自己紹介ありがとう。ダイスケさんのこと、覚えましたよ。ノートに書かれていた名前もダイスケさんらしいこだわりではないでしょうか?私はそういうの大好きです。アイデアいっぱいです。自分の名前をこんなにも堂々と書ける人って素敵だと思います。それに、
「ダイスケと呼んでください」
と、あなたは書いてくれました。あなたのご両親もきっと、
「愛しい我が子の名前を多くの人に呼んでもらいたい。」
と願っていたことでしょう。あなたの気持ちと同じだと思います。
私もわあなたのこと、
「ダイスケさん」
と呼ばせてもらいますね。よろしく。
あなたの本音、了解しました。なぜ困ってるのかは、また教えてもらうとして、早速私の出番ですね。困ってるあなたの力になるのが私の仕事ですから。勉強が大嫌いなダイスケさん。私に何ができるか、一緒に考えてくださいね。嫌いなのは必ず理由があるはずです。理由がわかれば、きっと解決する方法は見つかります。ゆっくりやりましょ。
これからの一年がとっても楽しみになりました。私のクラスの生徒になってくれて本当にありがとう。
先生より
和美からの返事を見たダイスケは、名前一つのことでこんなにも褒められたことに驚いていた。そして、自分のこだわりを認めてくれた先生は、和美が初めてである。今までの先生からは注意や否定ばかりを受けてきていた。ダイスケなりのこだわりに気づいてくれる先生はいなかったのだ。それなのに、交換日記のたった数行の文章から、「本当のダイスケ」を見つけようとしてくれる先生。ダイスケは初めて「先生に聞いてもらいたい」と素直に思えたのだ。ダイスケも小さな声でつぶやいた。
「オレ、この先生好き」
ダイスケが困っているのは勉強であった。一年生の頃から、担任の先生を手こずらせるのは学校で一番。いわゆる「有名人」だった。ダイスケが入学して一番苦痛を感じたのは、「席につく」ということだった。保育園っ子だったダイスケは、毎日が発見の連続で、園内を駆け回る元気者だった。花壇に集まるチョウチョや蜂たちを気のすむまで観察したり、園庭に出て雲を眺めながら気に入った雲に名前をつけたり、ジャングルジムを誰よりも早く登れるように一日中猛特訓したりと、毎日が楽しみでいっぱいだったのだ。自由にしてはいたが、ダイスケなりのめあてがあって、
「今日は何して遊ぼうか?」
と毎日考えるのが楽しくて仕方がなかった。
しかし、小学校は違った。いったん学校の門をくぐると、ダイスケのやるべきメニューはとっくに決められてるわけで、「やりたいこと」はいっさいできないのである。「やりたいこと」は決められず、「やるべきこと」は先生が決めるのだ。こんなつまらない1日を、ダイスケはこれまで過ごしたことがなかった。ダイスケは理解した。
「学校はつまらないところ」
それを理解したら、ダイスケができることは、「我慢すること」と「抵抗すること」だけだ。ダイスケが選んだのは当然「抵抗すること」だ。やりたいことを我慢する?こんなもったいない1日を送るなんてまっぴらだ。ダイスケはダイスケなりの勉強を始めた。
一年生の生活科。学校探検が始まる。教室では、一年先に入学している2年生が、学校について説明してくれることになった。公立学校では一般的な学習であるが、ダイスケに言わせるとこれ以上のお節介はない。「学校探検」は探検しないと意味がない。自分で探検してこそ発見があり、疑問もわくのである。それ自体が楽しく、学びになるはずである。ダイスケはそうしたいし、きっとそれは正しいのである。しかし、担任の先生は、学び方まで制限してしまう。一年生が見たいもの、知りたいことより、二年生が教えたいこと、見せたいことを優先してしまったのである。他の友達は先生に言われるままに「お勉強?」ができるが、ダイスケには我慢ができない。二年生のお兄さんは、一年先輩らしく堂々と話し始めた。
「職員室は先生がお仕事するところです。」
「飼育小屋は楽しいよ。体育館の横にあります。ウサギが3匹います。鶏も2羽います。名前は…」
発表の途中でダイスケは我慢できなくなった。
「はいはいはい…」
「なんですか?ダイスケさん。」
「あの子が全部言っちゃったらつまんなくなるよ」
「ダイスケさん、そんなふうに言うものではありませんよ。せっかく準備してくれてるんだから。」
「先生、ぼく自分で見てきたいよ。だって先生、探検の勉強なんでしょ?」
教室がざわざわし始めると、先生はダイスケを黙らせるしかなくなってしまう。
「はいはい。ダイスケさん、もう直ぐ探検に行きますからね。我慢してね。」
やっぱり。学校は我慢するところでしかなかった。しかし、それで我慢できるダイスケではなかったのは言うまでもない。ダイスケは「勉強」したくて仕方がないのである。ダイスケにとっての「勉強」は、「自分の目で見て確かめる」ことから始まらないと意味がない。自分で確かめるから「楽しい」のである。「不思議」に出会い、「なぜ?」を考えていくのが面白いのである。保育園のときにもダイスケはそんなふうに「勉強」してきたのだ。
小学校に入学して以来、ダイスケは不満を持っていた。ダイスケの知りたいことは学ぶことができず、興味のないことばかりを学ぶことに耐えなければならない。耐えられないときにはダイスケは教室を抜け出した。そんなことが3年生まで続いた。「担任に反発する大変な子」というレッテルを貼られるのは当たり前だが、ダイスケがどうして教室にいられないのか、ダイスケがどうして指示に従わないのか、ダイスケの側に立って考えてくれる担任は一人もいなかった。少なくとも6年生になり、和美に出会うまでは。
ダイスケは4年生になった。ダイスケが教室を抜け出したある日のこと。校庭のジャングルジムに登って空を眺めていた時だった。風が優しくダイスケの頭を撫でてくれた。空に浮かぶ入道雲に名前をつけてお話を作ったりするのがダイスケは好きだった。
「あの雲は、けんちゃんちのチロに似てるなぁ。」
「こっちのは、日曜のお祭りで食べた綿菓子みたいだな」
「あれ?あれは雲じゃないよなぁ。チョークで書いた線みたい…線が太くなってきたみたい…?」
と、のんきにつぶやいて、白いチョークのあとをたどっていると、線はだんだんと細くなりながらヒコーキへと案内してくれた。ダイスケは目をいっぱいに見開いて思わず、
「ヒコーキだ!」
と叫んでいた。
「かっこいいなぁ」
また静かにつぶやきながら、自分とヒコーキを重ね合わせるダイスケだった。
「オレも空に行きたい!」
自由のないダイスケが、何もしばられることなく、大空で翼を広げ飛んでいるヒコーキへの憧れ。
「自由が欲しい」
ダイスケの心の叫びである。声にはならない叫びが、こんなふうに言葉にできたなら、ダイスケの気持ちに寄り添ってくれる大人もいたのかもしれない。しかし、ダイスケ自身も自分がなぜ教室にいられないのかをうまく言葉で表現できないでいたのだ。
「もっと近くで見たいなあ。」
それからというもの、ダイスケはヒコーキ見たさに学校の図書室で図鑑を開いたり、パソコンルームに行っては自ら検索してヒコーキの画像を楽しんだりしていた。見れば見るほどダイスケは、
「乗りたい。空を飛びたい。」
と思うのであった。思ったらやり遂げないといられないダイスケの性格。パイロットになるためには何をすればいいのか?調べ始めたダイスケは、夕食のときに何気なく母親に聞いてみた。
「母ちゃん、オレ、ヒコーキのパイロットになりたいんだけど、どうやったらなれるのかなぁ?」
ダイスケは、きっとどこかに就職するような感じだと思っていたから、何か会社名を教えてくれるくらいにしか考えてなかった。母親は呆れた顔をして、手を横に振りながらこう言うのであった。
「なれるわけないだろうよ。あんた勉強しないんだから。いい大学入って難しいこといっぱい覚えるんだよ。だいたい、教室にいられない人がどうやって大学入るんだい?英語も話せなきゃいけないらしいじゃないの。」
ダイスケは息が止まるかと思った。
「どうして空を飛ぶのに勉強するんだろう?」
そんなことを考えても仕方がない。それが現実ならなんとかしなければいけない。まずは大学に入るためにはどのくらいの勉強をするんだろう?そもそも勉強ってどんな勉強?ダイスケは深呼吸して再度母親に聞いてみた。
「母ちゃん、大学ってどうやったら入れるの?」
母親は目を丸くしてダイスケを見ながら答えた。
「あんた、本気なの?パイロットの話。」
「本気だから聞いてるの」
ダイスケはきっぱりと言った。
「一番わかりやすく言うとねぇ。通信簿あるでしょう。ダイスケはいつも何がついてるの?」
「えっ?1ばっかり。」
「1ばっかりじゃあ大学は入れません。」
母親は急に真面目な顔をして言った。ダイスケは結論から言ってよと言わんばかりに、
「いくつがついてれば入れるの?」
「ダイスケは1の他にいくつまであるか知ってるのかい?」
「知らんけど。」
ダイスケはイライラしてきた。
「1から5まであるの。大学に入るような人は、1と2があったらダメで、パイロットみたいな夢持ってる人は、そうねぇ。4か5ばっかりじゃないとね。」
ダイスケにはピンとこない。どうやったら4か5が取れるのか?とりあえず、教室を抜け出してはいけないことだけは確からしい。
「母ちゃん、4か5ってどうやったら取れるの?」
母親は明快に答えた。
「100点ばっかりなら5が取れるよ。」
さあ大変です。ダケスケは決意しました。100点を取るために戦闘開始です。いや、勉強開始です。ダイスケに言わせると簡単なことです。100点を取れるように勉強すればいいんですから。でも、それがどれだけ大変なことかは、ダイスケが身をもって体験することになる。ダイスケ、4年生の夏。




