83 穏やかな日々は続かず
その後、色々サオリに教えながら日々をすごした。
サオリが巻き込まれてこちらに来たのだったら、おそらく魔物も大人しくなるはずと森の奥に行くのもしばらくは控えていた。それでもさすがに行かないという訳にはいかないので、サオリが生活にある程度なれて、使用人の人達にもなれ、昼間はマリーナ義姉さんの手伝いをするようになってから森に入るようになった。
森の様子はだいぶ静かになったと思う。街道近くはもうオークばかりでウォーリアーも出てこない。森の奥でもナイトを見かけなくなり、メイジを見かけなくなり、アーチャーも見かけなくなり、今ではウォーリアーが1回森に入ると1回会うかどうか? という所にまで落ち着いた。その為、俺の森へ行く回数も減る事になった。
どうやら、世界的にこの流れになってるようだとアレックさんが言っていた。
それに合わせるように国から勇者召喚を行い成功した事が伝えられた。一般には勇者の名前は出されなかったが、レーリックおじさんからの連絡で勇者の名前がシンジ・カザオカだと言うのを聞いた。サオリが言ってた名前通りだった。その勇者のお披露目も王都で行われるらしく、領主様なんかはすごい大変だろうなと思った。追悼と召喚両方で会いに行ったり、贈り物を贈らなければならないのだから。
それでも、なんとか日々静かに暮らしていたけどその日々を続けるには避けては通れない障害があるようだった。
「ユリト君、こんなに大きくなってお姉さんうれしいわ!」
「ポーラ姉さん、久しぶりですってまともに挨拶したかったです」
今現在、ポーラ姉さんに抱き付かれております。グレンさん、そんな微笑ましそうにこちらを見ていないでください。助けてくれないのは十分承知しておりますが、それでも助けてほしいのですよ?
「見た目だけならまだまだ若いお姉さんに抱き付かれて嬉しくないの?」
「自分で言いますか? 嬉しくない訳ではないですけど、あんまりされると困ります」
「そっかそっか、ちゃんと男として成長してるようで嬉しいわ。 相手はいないの? 例の子は?」
「サオリとは仲良くやってますけど、サオリはまだこっちに慣れるのに精いっぱいだと思いますよ。むしろこっちに馴染めるのかどうか……」
「私が言うのもなんだけど、人間なんとかなるものよ」
「そういうものでしょうか?」
馴染もうとしてるのは見ていればわかるけど、無理だと言われても帰りたい気持ちはあって当然だと思ってる。ここにいたい理由ができれば違うだろうけどできるだろうか?
「そんなものよ。それでそのサオリちゃんは?」
「うちの店で事務やってますよ。魔物とはいえ生き物を殺すのはきついみたいですし、町中で生活できるように仕事をしてもらってます」
「巻き込まれたとはいえ能力高そうなのに残念だわ」
「巻き込まれたからこそ、相手の事情を考慮する必要があると思いますけどね」
「そうかもね。だからこそ今回私たちがここに来たんだしね。これでレーリックからの仕事は終わりになるからまぁいいけどね」
やっぱり何かあったのかと思った。落ち着いてきたからポーラ姉さんやグレンさんが戻って来るのはおかしくはないけど、それでもどれだけの人を救ったのかわからない。そんな人達を簡単に手放すとは思えなかった。ポーラ姉さんなら無理やりにでも来るかもしれないけどね。
「何があったんですか?」
「ここに巻き込まれた召喚者がいるって話が勇者の耳に入ったみたいでね。お迎えに来てるのよ。勇者本人がね」
「よく本人が出て来れましたね」
「友人を保護してくれたお礼を直接言いたいからって王に言ったみたいよ」
「許した王も王ですけど、それをなんでポーラ姉さんが知ってるんですか?」
「勇者に対抗するための手札は私が預かって来たからよ。レーリックも色々とがんばってたわよ。お礼言っておきなさい」
「うまいことすべてが運んだらお礼の手紙をアレックさんに頼んで送りますよ。とりあえず、相手の手札とこちらの手札を教えてください。それとそろそろ離してください」
グレンさんはもうすでにここにはいない。自分がいない間の家の状態を見に行ったようだ。そしてポーラ姉さんはずっと抱き付きっぱなしだ。かなり真面目な話になるのでそろそろこの状態から解放してもらいたい。
さすがにここからの話をこのまま話すのはどうかと思ってくれたようで、離してくれた。
「それじゃ話すわね。相手は勇者本人と騎士団の副団長で現王の弟、騎士が何人かと冒険者で栄光の軌跡ってAランクパーティがついてるわね。教会のそれなりの立場にいる人の信任も受けてるらしいわ」
「勇者と国と教会、全部があって武力もあるって完璧な布陣じゃないですか?」
「普通ならね。でも今回は相手が悪すぎるわね」
何やら悪い笑顔をしてるポーラ姉さんだけど、いやまぁポーラ姉さんが相手じゃなぁ……。勇者なら対抗できるのかな? ポーラ姉さんが負けるところを全く想像ができない。
「ポーラ姉さんがいるならね」
「何言ってるの。今回相手はユリト君だから悪すぎるのよ」
「俺だからですか?」
「そうよ。そうでなかったら勇者の1人勝ち決定よ。ユリト君だからこそよ」
「いやその……なんで?」
「こちらの手札を紹介するわね。まず武力は私とグレンね。国に対しては、向こうが王族ならこっちは元、前、現国王3人の署名入りで今回の事に関しては巻き込まれた少女の判断をもっとも重要視するって手紙があるわ。ついでにオレストの立場は気にしなくていいって。それから、教会は教皇自ら今回の事には関与しないって手紙を預かってる。後は勇者をどうにかすれば問題ないわよ」
「……」
俺は言葉を失った。それはそうだろう。レーリックおじさんはまぁいいとしてもなんで王様経験者がそろって勇者側につかないのさ! 教会もなんでトップがそんな決定して中立の立場っぽいの? 意味が意味がわからないよ。
「王様たちは今回来てる副団長の件でユリト君には借りがあるからね……。教会は教皇はレーリックとは親しい関係でギフト錬金術復活に手を貸してたらしいわね。ただ、あくまでも個人として支援だったみたいだけど、それでも今現在、王都で出回ってる錬金ポーションのおかげで教会も色々と助かってるからそのお礼らしいわ」
「……俺の味方って訳じゃないけど、どうして勇者側につかないのかがわからないのですが……」
「協力してくれない召喚者は初めてなんだそうよ。だから最大限便宜を図ってあげたいけど、教会にしろ国にしろどっちも勇者と関わりがあるから、勇者を止め切れないのよ。その点ユリト君だと国も教会も接点があるし、信用もそこそこある。そして勇者と接点がないから保護先としては最適って判断らしいわね」
「ありがたいんですけど、色々信じられないし胡散臭いんですけど……」
「それじゃぁもう1つ教えてあげるとね。近くにいて帰りたいってその子がいった場合、その子を返してあげてほしいって言われたらものすごい困るし、やっぱり自分たちも帰りたいって言われたら尚更困るから離しておけるならしておきたいんだろうってレーリックが言ってたわ」
「そっちの方が納得しやすいです」
彼女の意志を尊重するって裏側に、離れててくれるならその方がいいって思惑があるって方が、それっぽい理由よりよっぽどわかりやすい。サオリは勇者とは一緒にいたくないって言ってたし後は勇者をどう説得するのかか……。何か絶対的な手段があるといいけど……そう都合よくはないよね……。
「勇者も近いうちに町につくはずだからしっかりと対策を練っておかないとね。その子の事もちゃんと紹介してね」
「これから一緒に暮らすんでしょ? だったらちゃんとしますって」
「そうね。ユリト君」
「はい?」
「大事なものはしっかりと近くに置いておかなきゃダメよ?」
「……わかりました」
これから3日後、勇者が到着した。決戦の場所は教会の一室となった。




