80 移動しましょ
「えっと、おはよう」
「おはようサオリ。もう少しで焼きあがるからもう少し待っててね」
「朝から肉……重くない?」
「いつもの事だからそんな事もないかな。むしろこれから長い距離走るからこれくらいは食べないとね」
「私きつそうだからあんまり食べたくないんだけど……」
「少しは食べておいた方がいいと思うよ。たぶん想像以上にお腹すいてるだろうし」
「そんな事は……」
その時タイミングよくお腹がなった。名誉の為に誰がとは言わないが、サオリは顔を真っ赤にしたので一目瞭然だ。俺は黙って水を差しだした。寝起きだしほしいだろうしね。
「うぅ……なんでこうタイミング悪く……。それにしてもなんだろ。体が軽い?」
「昨日はナイト倒した時に近くにいたし夜も夜でオークが来てたからそれでレベル上がったんだと思うよ」
「レベルってゲームじゃあるまいし……。あるの?」
「あるよ。寝て起きると体に力が定着して強くなるんだよ」
「本当にゲームみたいな世界ね……。と言う事はエルフとかドワーフとか獣人とかいるの?」
「なんか、そんな事昔言ってたな。確かファンタジーの人型種族だっけ? それなら人間しかいないよ」
「そうなんだ……。でもなんで知ってるの?」
「その子曰く、僕は転生者なんだって言ってたな」
「会えるかな?」
「どうだろう、今すぐは無理だけどね。もう何年も会ってないし、王都に活動拠点移した後の事は知らないし」
「そっか、残念」
もしかしたら自分と話が合うかもしれない相手がいるのだったら会いたいと思うものだろう。しかしまたなんで勇者様であろうサオリはこんな所にいるのやらね。焼きあがった肉を更に移してサオリに他の保存食と一緒に渡す。なんか微妙な顔をしながら食べていた。
「まずい?」
「焼いたお肉は想像以上においしいけど、他はまずいね……」
「他は保存食だしなぁ……肉は昨日の夜手に入れたばっかりだからおいしいのかな?」
「私を放って狩りに出かけてたの?」
「違う違う、向こうから来たから退治してお肉にしただけだよ」
「……ちなみに何の肉なの?」
「オーク」
「……食べなきゃダメ?」
「おいしいんでしょ? それに町に戻っても普通に食卓に上がる食材だよ?」
「さすがファンタジー……」
何がさすがなのかさっぱりわからないが、朝はいらないと言ってた割によく食べる。レベルが上がると無性にお腹がすく時があるんだよね。追加で焼きながら話を続ける。
「しかし、勇者召喚は国と教会の一大事業なのにその本人をどうしてこんな所に飛ばすかね?」
「たぶんだけど、私は巻き込まれただけなんだよ」
「そうなの?」
「たぶんね。だって足元の何かは風岡君を中心に広がってたしね」
「それじゃ2人こっちに来てるって事か……」
「ううん、風岡君の近くには2人いたからたぶん私も含めて4人は召喚されたんじゃないかな?」
「最悪の展開だなそれ」
「召喚された人間みんな最悪だと思うよ……」
「それはそうだ……なんかごめんな、こんな世界のせいで……」
「あははは……でも、戦いとかしたくないし……帰りたいよ……」
昨日も戦うのは無理だって言ってたしな。まぁ戦い自体はする必要はないと思うけど帰る手段はどうなんだろうか? 帰りたいって気持ちは理解できるしな……。彼女の顔を見てるとより一層なんとかしてあげたいと思った。
「戦いたくなければ戦う必要はないと思うよ。戦ってくれれば国としてはありがたいんだろうけどさ」
「そうなの? 魔王と戦え! って言われるんじゃないの?」
「それは昔の話だね。今は魔王を復活させないために勇者様を呼び出してるからね」
「それってどういう意味?」
「そのままの意味だよ。勇者様がいると魔王はなぜか復活しない。それに勇者様が聖剣をもっていることで魔物も大人しくなるみたいだし予防の為の召喚なんだよね」
「安心したような。ふざけるなよって感じのような……。そんなので本当に協力するものなのかな?」
「今までの勇者様は協力的だったって話だよ。平民には情報がちゃんと届いてるかわからないけどね」
勇者様が協力的って思ってるのはそう教えられたからだしね。食事も終わったしちゃっちゃと片付けて出発しようかな。
「食事も終わったし、準備して町に行こうか。ここにいるよりは休めるし、情報を得るためにも会わないといけない人がいるしね」
「その人はその……大丈夫なの?」
「大丈夫の意味がわからないけど、ずっと俺がお世話になってる人だから信頼できるし、王族とも繋がりのある教会の偉い人だよ」
「それって完全にアウトな気がするんだけど……」
「権力がほしいなら王都に戻った方がよっぽど力を持てるのに権力闘争めんどくさいってこんな所にいついてる人だから大丈夫だよ。そのまわりにいる人がどうかはさすがにわからないけどね」
「本当に頼っていいか心配になって来た……」
「アレックさん以外に伝手はないし、いずれにしても教会か国に接触しないと情報は得られないよ?」
「それはそうだけど……」
「まぁ時間はあるしゆっくり考えればいいよ。幸い1人くらい養うのは楽勝だしね」
そんな風に話をしながら帰るための片づけをちゃっちゃと進めていた。とりあえずうちで保護するのは決まりだ。
本来であれば俺が保護する必要なんてまったくない。事情が事情だから教会にでも預ければいい。アレックさんも色々言いながらも預かってくれると思う。
だけど、俺はこの子の手を放したくない。もしかしてこれが恋か? なんて思いもしたけど、そうでもない気がする。自分の気持ちが理解できないけど、それでも保護するという意志だけは変わりそうにない。
片付け終わって、またサオリを背負って走り始めた。障害物がないので速く移動しようと思えばできるが、さすがにサオリがきついかなと思って昨日くらいの速度で走っていた。
「昨日よりも遅い?」
驚いたことにサオリが話しかけてきた。昨日はしがみついてるのに必死って感じだったのに……レベルが上がったとはいえここまで変わるものか? それに昨日だったらたぶん声を俺に届かせる事さえできなかった気がする。
「昨日と同じくらいだよ。だいぶ余裕ある?」
「かなり余裕があるよ。なんでだろ?」
「いくらナイトとオーク倒したからってそこまで変わるのかな? って思うけどレベルが上がった以外に考えられないよ」
「レベルアップって便利ね……」
「野ウサギやゴブリン倒すだけでもそれなりの訓練が必要なんだけどね」
「レベルアップは便利だけど、上げるための行為ができる気がしない」
「生き物を殺すのに慣れないといけないからね」
「そんな事に慣れたくはないかな……」
「それならそれで生きてく方法もあるから大丈夫だよ」
「本当に?」
「俺に任せておいて、ちゃんと色々と面倒見るからさ」
「ごめんなさい、お願いします」
「謝る必要はないよ。任せて」
帰れるかわからない不安、帰れなかった時の不安、帰れるとしてもそれまでの不安、不安だらけだろう。だったら俺が支えてあげようと思う。なんでこんなに肩入れしてるんだかね?
俺は速度を少しずつ上げながら、サオリが耐えられる速度を割り出しながら町まで走って行った。
町に入る時にいくつか質問されたけど、俺の連れならまぁいっかと適当な扱いで通された。俺としては楽ができていいけどそれでいいのか門番。
いや、わかってる。今では俺もこの町の主力戦力だ。しかも、下支えするポーションの供給源でもある。しかも、他の地域は暴走で困ってるのにこの町が比較的楽で来てるのは、供給源になる場所に俺が出向いて狩ってるからだ。
もちろんウォーリアーは街道近くでも出て来るから正確に言えば暴走状態ではあるんだけど、ウォーリアー程度ならなんとでもできるのだ。
話がずれたが、俺の存在はこの町にとって大きい。だからある意味で特権みたいなことが知らず知らずのうちに出来上がってこういう事が起きるのだ。良くない事だとは思いつつも今回は俺だけの都合じゃないから甘えさせてもらう事にした。
サオリが町の様子をキョロキョロしながら見るのはなんとなく微笑ましかった。そして我が家についた。さて……なんて報告しよう……。




