79 森の中の少女
国からの宣言とか関係なしに俺は森に入っていた。情報を遠くまで届けるには時間がかかる。しかも今は魔物の数が多い。馬を走らせて単独で移動するには危険だ。実際に情報を持って来た人たちは馬車に乗ってやってきてたので、王都でこの事が発表されてから3週間は最低でもかかっているはずだ。ならすでに勇者様も呼び出されている可能性が高い。
おそらく領主様なんかは勇者様の追悼のために王都に行くだろうけど、平民の俺達にしてみれば関係ない事だ。平民は発表を聞いた時に冥福を祈るくらいしかしないだろう。それよりも今の生活を続ける方が大事なのだから。
そんな訳で、俺も普段通りの行動を取ってる。さてそろそろ帰ろうか? なんて考えてると妙な感覚がした。
「なんだこれ? 魔力……? ん~……一応見て行こうか。何かあってからじゃ遅いし」
妙な感覚がする方向に移動している最中でそれは消えてしまった。消えてしまったが代わりに今までいなかったはずの気配を感じた。いや、本当に何が起こってるんだろ……。そして、その場所を目指してるのは俺だけではないと気配察知が教えてくれる。しかもナイトか……。急いで行かないとね。
急いだけれど距離が違いすぎて先に着いたのはナイト達だった。
「いやーーーーーー!!!」
近くまで来ていたのでその女性の悲鳴がしっかりと聞こえた。聞こえたが、
「なんでこんな森の奥に!? くっそ!」
急ぐがナイトがすぐに行動しようものなら助からないかもしれない。そう思ったが、偶然にも射線を遮る事のない場所が見えた、一縷の望みを託して抜いてあったライフルを放つ。1発撃つと少しの間打てなくなる為、剣を振り上げたナイトにこの1発が届かないとあの剣の餌食になる。
結果は及第点。防がれて倒せはしなかったものの、攻撃はさせなかった。その間に最後の距離をつめて……そのまま突撃した。
「全力全開ランスナックル!」
イメージするの時間も惜しかったために音声による魔法発動。暗殺者スタイルだから久しぶりに声に出して魔法を使った。
ちなみにランスナックルはマジックナックルのマジックランス使用版になる。
だからしっかり当たればナイトでも問題なく倒せるが、当たり所が悪くそれなりのダメージを与えて吹き飛ばしたが倒せてはいなかった。まぁ、何も問題はない。再使用可能になったライフルで撃ちぬいて終わった。
ホッとしたが今は女性の状態確認が優先だ。振り返りその女性を見ると、服装は……ブレザーって言ったっけ? 勇者様がこの世界にやって来た時の衣装が確かこのタイプの服だった気がする。黒髪で白いリボンでポニーテールを作っていた。とりあえず声をかけながら手を差し出してみる。
「大丈夫だった?」
「……桜井君?」
「ん? 俺の名前はユリトだけど……」
「え? あ、ごめんなさい」
「気にしないで、それより立てる?」
「あ、うん、手、借りるね」
手を取ってくれたのでそのまま引っ張り上げた。誰かと勘違いしたみたいだけどそんなに似てるのだろうか? それはいいとしてちゃんと立てる事は立てるみたいだ。
「それであの、ここどこでしょうか?」
「話し方は気にしないで普段通りでいいからね。ここは森の奥だね。まさかこんな所で人と会うなんて思いもよらなかったよ」
「あ、うん。森の奥って……。私さっきまで学校にいたはずなのに……。それにさっきの化け物もいったい何?」
「あれはオークナイトだね。俺はあれを狩るためにこの森の中を動き回ってるんだけど、君の方は……心当たりはなさそうかな」
「よくわからないけど、動けなくなって、足元に何か出てて桜井君が助けようとしてくれたんだけど吹き飛ばされちゃって、私は光に包まれてそれで……気がついたらここに……」
「……もしかしなくても勇者様?」
勇者様が着ていた服を着ていて、状況がよくわかっていなくて、足元に何か出たって召喚した時の魔法の形跡っぽいし……でもなんでこんな所に出て来るんだ?
「勇者様って私が? もしかしてあなたが呼んだの!?」
「俺じゃないよ。でも国と教会がするって言ってたからそうじゃないかなって」
「もしかして戦えって言うの? む、無理無理無理だよ! そこで転がってる様なのと戦わなきゃいけないなんて無理! それに生き物を殺すのだって……殺す……? うっぷ」
混乱してた状態で気が付いてなかったみたいだけど、彼女の方を優先したせいでナイトから血の匂いが流れてきてた。長時間いるのは危険だなと思いつつも、吐いてしまってる彼女を放置する訳にもいかないので、ナイトを解体で処理して、コップを取り出して水をいれて落ち着くのを待った。
「落ち着いた?」
「ごめんなさい……」
「気にしない気にしない。新人だとゴブリン相手にした後とかによくやるからね。ほら水。口ゆすいだ方がいいでしょ?」
「ありがとう」
彼女は口をゆすいだりしている。本当ならちゃんと自己紹介したり、もう少し話を聞きたいのだがそうも言ってられない。血の臭いを嗅ぎつけた連中がどうやらいるらしくこちらに向かってきてる。庇いながら戦うよりはさっさと逃げるべきだろう。
「悪いけど急いで、時間をかけると魔物がこっちにつく」
「え? ど、どうすればいいの!?」
「落ち着いて俺の背中に背負われてればいい。ほら早く」
「う、うん……大丈夫だよね?」
「問題ない。人1人背負ったくらいなら余裕で逃げられる足がある」
「倒せるわけじゃないんだ……」
「倒せるけどまた吐くぞ?」
「逃げてください。お願いします」
「素直でよろしい」
そんな訳でひたすら走った。できれば今日中に森を出たい。町に戻るのは無理なのでせめてオーク狩りの野営地までなんとか行きたい。それにしてもギュッと落ちないように俺に抱き付いて来てる感触がなんとなく懐かしくなった。子供の頃は心配かけて母さんに、その後はなにかあるとエレナさんが、ミュースさんが、そしてポーラ姉さんが脈絡なく抱き付いてきた。なんとも懐かしい感覚を覚えながら、男として成長したため背中に当たる胸の感触も楽しみながら走り続けて、太陽が沈む頃に野営地に到着したのだった。タイミングが悪く誰もいなかった。
「死ぬかと思った……」
「森の中で夜を明かす方がよっほど危険だったと思うけど?」
「あなたは平気なんじゃないの?」
「俺はユリトだよ。俺の場合は木の上で気配消しながら寝て、何かが近づいて来れば起きれるけど、君はできないだろ?」
「そもそも野宿の経験がないわよ……。それにしても自己紹介もしてなかったっけ。私は宮原沙織。現役高校生なんだけど、意味わかる?」
「まったくわからん。ただ、その服がブレザーっていう勇者様が元々いた世界の衣装だって事は知ってるよ。似合ってるよ」
「制服で似合ってるって言われてもね……。まぁその……ありがとう。でもそういうことさらりと言えるなんて女ったらし?」
「姉のような人に叩き込まれたんだよ……。さらりと言ってるように見えるのはそう見えるように努力してるから」
「苦労してるんだね」
「色々な」
一応と思って空間収納に突っ込んであったテントを組み立てて、料理をしながらそんな話をしていた。なんとなく本当に聞きたいことを聞かずにいる気がした。まぁ……俺には答えきれないからアレックさんに聞きにいかないとならないけどね。
「身の危険を感じるかもしれないけど、今日はもう寝た方がいいと思うよ。明日も背中に乗って移動だからね」
「それは決定事項なんだ」
「半日くらいずっと歩き続けるよりはいいと思うけどね。歩く速度によっては明日中に町にたどり着けないかもしれないよ?」
「それならおんぶしてもらうね。お願いします。それでその最後に聞きたいんだけど……」
「何?」
「帰る方法知ってる?」
「少なくても俺は知らない。それと勇者様が帰ったって話も聞いた事が無い」
「……そうなんだ。テント私が独占しちゃっていいの?」
「俺は元々使わないからね。何かに襲われても俺が対処するから安心して寝て」
「うん……おやすみなさい」
「おやすみ」
サオリは果たして何を思って眠るのだろうか? いや、本当に眠れるのだろうか? 帰る手段があってほしいとユリトは切実に願った。
その日は何度もオークの襲撃があり、ユリトは仮眠すらまともに取る事ができなかった。




