71 始まりを告げる者
光の月、土の週、土の日
オークの様子見は他の人が受け持ってくれることになり、俺はポーラ姉さんの指導の下で自分にできる事を徹底的に洗い出しできるようにしてきた。無茶の代償に補助スキルが成長した。おかげで1人で魔力草も採りにいけるようになった。ポーションなどの備蓄も順調に増えた。
オークの数も増えて暴走が起こる事への危機感は高まり、町の中も緊張した雰囲気が漂っていた。
そんな中、最近マリーナ義姉さんの暗い気がする。
それと冒険者ギルドで兄さんの話を聞く機会が増えた。態度の悪い警備隊員がいてそれが兄さんなのだという。例の武器屋のおじさんにも話を聞くと、やっぱり最近は態度が悪いと聞かされているみたいだった。
それでマリーナ義姉さんも暗いのかもしれない。妊娠して大変な時に旦那がそれでどうするのかと思う。
活性化と暴走の違いは上位種がいるかどうか。つまり上位種が見つかれば、その時から暴走が起こっていると領主や冒険者ギルド、警備隊が言えるようになる。
そしてまたゴブリンの時のように、俺が暴走の開始を報告する役目を負う羽目になってしまったのである。
オークの様子見を他の人がやってくれるようになったとはいえ、俺も週に1度くらいは様子を見に来てる。何が起こってもいいように十分に警戒しながら走っていると500mほど先で気配察知にひっかかるものが街道にあった。
「街道に反応って、オークが森を出てきたのか! ってちょっと待ってなんかオーク以上の気配もないかこれ? それにこれ絶対に誰か襲われてるよね」
オークの気配は12、更にオークっぽく反応が2つあって、オークよりも強い気配とそれよりも更に強い気配がある。襲われてる方は数はたぶん8人。オークの気配7と人の気配4人がたぶん戦っていて、オーク5と人1人が戦ってるかな?
強い気配はオーク達の後方にいる。指揮官のつもりか、いたぶるのを楽しんでるだけか……。残りの人は動かない。どういう状態なのか……。隠れてるだけならいいんだけど……。
これ逃げて報告するべきじゃないだろうか? と思う。正義感振りかざして助けに入ったとしても俺だけじゃどうにもならない。それでも俺は突っ込んでいった。無謀な賭けに出た訳じゃない。襲われてる方に明らかに強い気配を持ってる人間がいるのだ。俺が隙を作ればこの人がきっとある程度なんとかしてくれるはず! という人任せな作戦だ。ダメだったら恨まれてもいいから情報を掴めるだけ掴んで全力で逃げる。
隠密行動全開で、強い気配の後方へ回り込むように走る。走りながらマジックポーションを空間収納から取り出して1本飲んでおく。まずいが我慢だ。
オーク姿が見えた。弓持ちのオークと鎧を着てるオークがいる。あの鎧はどこから手に入れた物かとかどうでもいいことを考えたが、さっさと次の事を考える。
弓持ちは1人に対して矢を放って攻撃してる。6対1でも動けてるよあの人……。ここまでくれば気配の強さからこの人はBランク以上の実力があるはずだ。弓も鎧も俺には気がつかず前だけに集中してる。気が付かれるかもしれないので一気に後ろから近づく。
狙ったのは鎧のオークだ。あの人がいくら強いとはいえ、この鎧に勝つには万全の用意をしてないときっと勝てないだろうと思ったのだ。だから最初の不意打ちで一気に決める。決められなかったら逃げる。絶対に逃げる。
だから……だからこそ、全力全開の1撃で仕留める! 俺は左手を伸ばし鎧のオークに触れる。人間でいう肩甲骨のあたりだ。
「マジックランス!!!」
今までに感じた事ない強い抵抗を感じるけどそんなものは知らない。今願うのはただ1つこの攻撃を通す事。貫く事。
「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
その叫び声に答えた訳ではないだろうけど、抵抗がなくなり頭が無くなった鎧のオークが立っていた。この結果にここにいた者たちはこちらを向き動きを止めた。でも、この状態で止まる訳にはいかない。魔力を一気に消費した疲労を抑え込んでこの止まった時間の中を動く。
弓持ちに近づいて攻撃するには間合いが遠い。マジックアローを撃つには魔力が怖い。だから左手は空間収納からマジックポーションを取り出し、右手は同じく空間収納からデリンジャーを引き抜き、弓持ちの弦を狙い撃つ。こちらを向いていたから狙えたのだ。
当たったかどうかなど気にせずに後ろに飛び距離を稼ぐ。飛んでる最中は敵から目を離さないけれど、デリンジャーをしまってマジックポーションの蓋を開ける。左手だけで蓋を外せればもっといいのだが、それができないので一旦右手を開ける必要があるのだ。しかもバラバラに入れてあるから1本ずつしか取れない。不便だけど今はそんな事を言ってる場合じゃない。
弓持ちは弓を捨てた。おそらくちゃんと弦に当たって切れたのだろう。そして鎧の方に走っていく。多少の時間は稼げそうなのでさっき蓋を開けたマジックポーションを飲む。追加で更にもう1本飲む。今は味など気にしてる暇はない。不味いから気にしたくもない!
弓持ちだった奴の目的は鎧のオークから剣を奪うためだった。剣を持って俺に相対する。相手が動かないので泣きそうだけどマジックポーションを更に飲む。動き出したらバックステップでがんがん逃げる予定だったけどまったく動かない。剣を持ったのはいいけど、その後どうすればいいのかわからないのかもしれない。でも動かないならチャンスなのでもう1本飲んで魔力を回復させる。
俺は一気に加速して、相対してたオークを置き去りにして5対1で戦っていた人の所へ走った。元弓の……、今は剣だから剣持ちは追い抜かれたことにびっくりしたようだが、すぐに追いかけてこようとした。
だからいつも通り慌てず騒がずプロテクションを設置して転ばせた。押さえつけは魔力が勿体ないのでやらない。でも転べばそれだけでも十分な時間が稼げる。
「助太刀するよ! マジックアロー!」
本来なら、無詠唱でも撃ちこめるけど声をかけた方が相手も理解しやすいと思い声を出した。オークにも気が付かれるが、今までの経験上びっくりしてこちらを振り向くことはあっても、すぐに迎撃行動がとれるほどの敏捷性も頭もないのだ。
だからこれは1人で戦ってる人の援護にもなる。全力のマジックアローを3体の頭に叩き込み戦闘不能にする。その間に隙をついて2体が倒された。
「助かった! 防御主体で組まれてて攻めきれなかった」
「まだ終わってないんで行きましょう!」
「あぁ!」
剣持ちは何度も転ばせて時間を稼いだ。動かなかった2人はどうやら馬車の中にいるらしい。剣持ちが馬車の方に行ったら相手しにいかないとならないけど、どうやら怒っているらしく。こっちに向かってくる。好都合だ。
4人は必死に戦っているようだった。だけどオークの攻撃を防ぐのに精いっぱいで攻撃がまったくできていないようだった。
そこに俺がマジックアローを撃ちこんで1体戦闘不能になった所で強い男の人が一気に攻め込んだ。それを好機とみて4人も一気に攻勢をしかけて、7体のオークは瞬く間に倒された。怒りに狂った剣持ちは、俺のマジックアロー顔面で受けてのけぞってできた隙に強い男の人が勝負を決めた。この人本当に強いね。
「君のおかげで助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、でもちょっと待っててください」
そう言って俺は水筒を取り出して口をゆすいで吐き出して、今度は水を飲みこんだ。口の中のまずい後味がようやく消えた。もうこんなに飲みたくない。気持ち悪くなりそう……。飲む必要がある場面はこれから増えそうだけどね。
「失礼しました。マジックポーションがまずくて……。俺はユリトです。ケガはありませんか?」
「俺はジルベルトだ。ケガは問題ない。俺よりもそっちの4人だな。そっちはどうだ?」
ジルベルトさんが他の4人に声をかける。たぶん向こうも大きなケガはなさそうだけど、実際はどうなんだろうか?
「助けていただきありがとうございます。手持ちでなんとかなりそうです」
「そいつはよかった。正直、アーチャーとナイトが一緒にいてもう諦めてたんだがな。遊んでてくれたおかげで援軍がきてこうして命を長らえる事ができたよ」
「鎧のに攻撃が通って良かったですよ。あれが通らなかったら速攻で逃げようと思ってましたし、弓持ちも頭悪かったので本当に助かりました」
今回はすべてがいい方向に転がったと思う。特に弓持ちがわざわざ待ってくれたのが助かった。
「それで、馬車の方々は放っておいていいんですか?」
「あ、忘れてた! ちょっと行ってくる!」
4人のリーダーっぽい人が声をかけて馬車の方へと向かった。けどジルベルトさんは残ってる。依頼主放っておいていいのか?
「ジルベルトさんは行かないんですか?」
「俺は今回ただの客だからな。それよりこのオークどうするべきか」
「このままにしておくわけにもいきませんしねぇ……。仕方ない。今からやる事は内緒にしてくださいね」
「それはいいがなにするつもりだ?」
俺はオークに触れて解体を発動させて魔石のみにしていく。ジルベルトさんが唖然としてるけど無視してさっさとオークを片付ける。他の人達が向こうで話をしてる隙にすべて終わらせるのだ! ただこの鎧のと弓のはどうするべきか。
「ジルベルトさん。鎧のと弓のはどうします?」
「鎧のと弓の? あぁナイトとアーチャーか武器と防具があればいいだろう。俺はBランクだし、ギルドに報告するにしても信じてもらえやすいだろ」
「では、そのように」
俺の証言があれば、十分信用してもらえるけど、補足があるのはありがたい。アーチャーもナイトもさっさと解体で魔石に変えて武器と防具を回収して空間収納に放り込んでおいた。
「それにしても今のはいったいなんだ?」
「人には見せたくなかったんですけどこういう事態ですしね。ギフトだとでも思っていてください」
「そうか……、わかった。向こうと合流するか」
「ですね」
冒険者たるもの手の内を晒すものではないと言われてるけど、町では父さん含めてみんなに晒されまくってるんだよね……。冒険者の常識はどこへ行った。そんなことを考えながら他の人達と合流した。
「今回は助けていただきありがとうございます」
そういって来たのはこの丸い人はたぶん商人だと思う。いやだって丸いんだもん。よく町の外に出るね。
「たまたまですから気にしないでください。で、さっさとここから移動するべきだと思うんですけどどうなんですか?」
「馬車自体は大丈夫なのですが、馬がやられてましてね……。ここで馬車も失うと生きていけません……。この体型ですし移動も……」
もう悲壮感全開だった。放っておくわけにもいかないし仕方がないか……。
「ならゆっくりにはなりますけど、俺が馬車をひっぱりますからそれで行きましょう。ここで時間を使う訳にはいきませんし」
「よ、よろしいのですか!?」
「やりますから移動しましょう」
こうして俺は馬車をひっぱりながら町を目指した。マジックポーションを今日だけでいったいどれだけ消費しただろうか……。




