68 全力疾走
グレンさんの仕事ぶりはすさまじかった。アルムさんもけっして手を抜いていたわけではないだろうけど、本職とはやはりすごいものだった。
……元Sランクの冒険者がどういう経緯で使用人をしているのか不思議でしかたがなかった。
そしてポーラ姉さんはというと、こちらもすさまじかった。そして明かされるここに来た本当の理由……、のおまけ話。そのおまけの方が俺にとっては衝撃的だった。
その話を聞いたのはみんなが旅立った後、暴走が始まったら手を貸してもらえるかどうかと質問した時だった。
「通常発生する程度の暴走なら私たちが出る事はないわね。強い存在が駆逐するのは簡単だけどそれだけでは次代が育たないから。それでも、後方での治療の手伝い位ならするわよ。ただ、上位種の中でも強力な個体、もしくはそれ以上の個体が発見されれば私達も参加するわ。そんな訳で今回は私たちが参加する案件になりそうなのよねぇ」
「え? ガリックスさんが暴走が起こるかもしれない。を、起こるだろう。にギルドの意見を取りまとめた段階のはずですけど、それなのに強力な個体が出てくるってわかるんですか?」
「レーリックが嫌な予感がするとか言ってたから、冒険者ギルドで情報集めに行ったらマスターがタブスじゃない。ここぞとばかりに情報根こそぎ吐かせたわ。こうゆっくりジワジワと暴走が近づいてくる場合って初期段階で潰さないと規模が大きくなりやすいのよね」
ギルドマスターに情報根こそぎ吐かせたっていったいどういう力関係なんだろうか? ポーラ姉さんマジ最強ってことでしょうか? でも、ガリックスさんは規模が大きくなるなんて言ってなかったけどなぁ。
「ガリックスさんはそんな事一言も言ってませんでしたよ? 暴走はこの町じゃ何度も起こってる訳ですし、そういうのわかるんじゃないんですか?」
「この町の記録があるけど、この町で起こった事のないものならわからないって事でしょ。他の地域の情報も集めるなんてそうそうできるものじゃないし、仕方ないといえば仕方がないと思うけれどね」
「それって……、この町で今まで1度も起きた事のない規模の暴走が起こるって事ですか?」
その質問をしながら、俺は恐怖を感じていた。未だかつて起こった事のない規模なんていったいどれだけの被害が出るのか……。
「起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。そもそも暴走が起こる原因もよくわかっていないんだからね。だけど、経験則から可能性を見つける事ができる。一応ギルドには報告しておいたけど、不用意に情報を流すと混乱するからね。事情を知ってる人間が必死になって働かないといけないわけ。そう、私やユリト君みたいな人間がね」
「そうは言っても俺に出来る事なんて、オーク狩りに行った時に様子がどんなか調べる事とポーション作るのが精いっぱいですよ」
「情報収集に道具の充実、だけどそれよりも先にしなければならない事がある。それが何かわかるかしら?」
考えてみる。オークを狩り情報を集め、ポーションを作る。これが今俺にやってほしい事だってガリックスさんは言ってた。
それ以上の事ではなくて、それよりも優先しなきゃいけない事があるらしい。短期間で魔力を上げることはできないし、マジックポーション使って短時間で回復ならできるけど、魔力草を確保できないし……。
採ってきてくれるのかな? それならそれを母さんに渡して作ってもらうのもありかな? 自力でもできるけど、錬金術使ったらたぶん回復量の方が少ないから、今魔力を確保するという意味ではダメだ。調剤を自分でやるのは時間がかかるんだよね……。
「魔力確保の為にマジックポーション作るんですか? 素材は自分ではまだ採りにいける場所じゃないんですけど、採ってきてもらえるんですか?」
「20点くらいかしらね。やらねばならない事、それは……、戦力強化と魔力の確保よ! ちなみに魔力草は自分で採りにいけるようになりなさい」
「短期間で出来るものですか?」
「大丈夫よ! 聞けばユリト君は基本的な事は習ったけど後は独学らしいわね。だから私が応用を徹底的に叩き込んであげるわ」
「ちなみにその情報はどこから……」
「レーリックから大まかに聞いて、アレックから詳細を聞きだしたわ。明日から覚悟してね」
きれいな笑顔が非常に怖かったです。ちなみにここに来た本音は前にも言った飽きたからだそうです。
そして本日、ただ今南門を出た所にいます。果たしてどんな風に教えてくれるのか……。
「まずはこれを渡しておくわね。ユリト君にあげるからちゃんと使ってね」
渡されたのは縦横30cmくらいの大きさの袋だった。なんだろう? 魔力を多少感じるからただの袋じゃない事はわかるんだけど、効果がさっぱりわからない。もしかしてアイテムバック?
「これはクロノバックね。見た目通りの容量しかないけど便利よ」
「家にクロノボックスってありますけど、それと同じものですか? そうするとものすごい高価な物だと思うんですけど……。それに魔力をもつものを入れると確か変質して使い物にならなくなるんじゃないんですか?」
「一般で売られてるものならそうね。これは聞いた話が本当なら昔、ギフト錬金術で作られたものらしいわよ。嘘か本当かはわからないけど、効果自体は本物でなんでも入れられるわよ。たとえ生き物でも時間を止めるわよ」
この大きさだから問題ないのかもしれないけれど生き物が入るって……。え? 中でどうなるの? なんかすっごい怖いんですけど!?
「生き物まで……。ってそれじゃこれ高価な物どころじゃない値段がつきそうなんですけど?」
「値段なんて知らないわ。貰い物だし、それに私はもう使わないからってずっと空間収納に入れっぱなしになってたものなの。だからユリト君が有効に使いなさい。道具なんてものは使わなければ意味がないんだからね」
「それでも、これだけ高い物を渡されるのはちょっと……」
「いいのよ。先生から生徒への贈り物よ。大事にしなさい。それに久しぶりに人にものを教えることなんてするから楽しみなのよ。そのお礼も兼ねてね。だから途中で脱落なんて許さないからね」
「わ、わかりました。大事に使わせていただきます」
自分でやってた時はもうこれ以上強くなるなんてと思ってたけど、少しでも強くなれるならがんばってみようと思う。少しでも暴走が起こった時に役に立てるようにね。
「よろしい。私がBランク程度なら余裕で相手にできるくらい強くしてあげるわ!」
「いや、さすがに近接戦闘ができなくて、魔法も無属性しか使えないのでそれは厳しいのでは……」
「やってやれないことはない! ……はず! 気合よ気合!」
気合で俺が勝てるようになったら、他の人達はどれだけ気合が足りないのか? という事になってしまうのですが……。心構えでそうなれるようにがんばりましょうって思っておこう。
「それじゃ、今日の実益を兼ねた訓練を始めます。走って魔力草を採りに行きます。以上。それじゃ行くからちゃんとついてくるのよ? 大体の場所は聞いてあるからまかせなさい」
そういうと静かに力強く力が動くのを感じた。あのこれって……。そんな事を思い質問しようとしたけど、にっこり笑って走り出した。って早い!? 慌てて追いつけるような速度が出るように身体強化と気功を混ぜて発動して追いかけた。なんとか距離を詰めて追いついた。
「ポーラ、姉さん、いきなり、すぎます!」
「追いついたわね。良い反応、本当にいいわ。フフフ」
俺はこの速度で話すなんてしたことがなかったので、言葉が切れてしまう。だけどポーラ姉さんはまったく気にした様子もなく普通に話してる。すっごい余裕そうですね! 俺はけっこう大変なんですけど!
「ユリト君、今は私がいるの。だから帰りの事とか余裕とか考えなくていいのよ? あなたならこの意味わかるわよね?」
「けっこう、すでに、大変、なんです、が!」
意味は理解した。つまり、後先考えずに今をひたすらがんばれ。無理をしてもまかせろ。って事だと思う。確かに俺は基本1人で行動するから余裕のある行動を心掛けていた。ポーラ姉さんはそれが成長の邪魔をしてるといいたいのだろうか? そうだとすれば、俺がこれからやらされる事は自分でやってきた限界だと思ってたラインを強制的に踏み越えさせるってことでしょうか? 俺死なないよね?
「どこまで理解できたかわからないけど、きっと理解してくれたと期待して行くわよ。安心しなさい。今はただひたすら私についてくるだけでいいから」
そういうと移動速度が上がる。引き離されないように必死でついていく。話をしなければまだついていける。普段よりはきついけどこれならまだなんとかなるはず。
「まだ余裕がありそうね。若いのにけっこうがんばってるわね。この速度で移動できる子なんてユリト君と同じ年代の子ならまずいないでしょう。でも、この程度で満足してちゃダメよ。私が教えるんですもの。今のあなたの本当の限界から蹴り出してあげるわ」
本当の限界を見せてくれるのではなくて、蹴り出してくれるらしい。どんな世界が待っているのかわからないけど、1つだけわかってることがある。ポーラ姉さんがノリノリだ。
そして、さらに速度を上げるポーラ姉さん。一気に速度を上げたわけじゃないのでほんの少しずつ離されてる。今の状態だと確実に置いていかれる。ただ、移動距離を考えると今の状態を崩すと森の中で魔力も体力もきれる。でも、現状維持だと確実にポーラ姉さんがキレるだろう。
だから、ここからが本当の訓練だ。まずは安全策の中から出る事、そしてそこから必要な物を必死でかき集めるのだ。
速度を上げるために身体強化を強くする。相対的に気功が弱くなるのを必死に食い止めて体力が持つようにする。魔力の消費が上がるから、呼吸やらなにやらからで魔力を取り込む量を増やせないかやってみる。魔力回復が早くなる方法がないか考える。もっと効率よく、魔力、体力を使う方法がないかを探る。
今見るのはポーラ姉さんだけでいい。周りなど気にしない。ただひたすらついて行けばいいのだ。道はポーラ姉さんの動きが全部教えてくれる。早くなればそれに合わせる。追いかける以外の意識はすべて自分の中の調整に回した。どんどん息苦しくなっていく。体が重くなっていく。でも今はそんな情報はいらないのだ。目の前の存在にただ必死になってついていけばいいのだ。
まさかここまでついてくるとは私は思っていなかった。この速度でこれだけの時間進んでいればすでに魔力か体力どちらかが切れているはずだった。森にも入っているし普通に走る以上に大変なはずなのに……。
それでもユリト君はついてくる。すでにこの速度はやりすぎだと思うがやってしまったものはしょうがない。そのまましばらく走っていると、ドゴン! と大きな音がした。
慌てて後ろを見るとユリト君の姿が見えない。何かが転がった跡が残っていた。
「ユリト君!?」
探せばすぐに見つかった。木の前で大の字になっていた。おそらく滑って転んで転がって、最後には木に激突してあの音だったんだろう……。って分析してる場合じゃない!
「ユリト君、大丈夫?」
ついてくるからと、調子に乗ってやりすぎた結果だ。とりあえずしばらくはここで休もうと思う。もっと早くに、限界です。ってなんで止まってくれなかったのかなどと考えてしまった。




